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管理人キンコの八甲田旅行とオフ会のご報告。※旅行の参考に(名称・金額など当時のものです)
その1 八甲田デビュー ・・・1泊2日の雪中行軍物件精力的観光
その2 弘前と鷹巣 ・・・岩木山登山と神成大尉のお墓参り
その3 鷹巣と八甲田 ・・・傷心みちのくひとり旅。
その4 冬の酸ヶ湯 ・・・オフ会1回目。夜間「雪中ドライブ」と工事中資料館
その5 夏の田代元湯 ・・・オフ会2回目。田代元湯とリニューアル資料館と青森屋台村
その6 冬の馬立場 ・・・オフ会3回目。プチ雪中行軍
行動計画 |  青森市周辺 |  八甲田山・太平洋側
八甲田山・日本海側 | 弘前市周辺 |  日本のあちこち

その1 八甲田デビュー

映画見て2ヵ月後に行ってしまった八甲田山、初青森。1泊2日の雪中行軍三昧の旅。
時期 2000年6月の週末
目的・注意点 青森県デビューなので、なるべく多くの史跡を訪ねて、青森の自然も楽しみたい。弟に運転してもらうので充分に道を調べておくこと。
東京−青森 カタログ「JASで行く東北」の「レンタカーでお気軽東北2日間」で申込み。
2日間3名1室で34,300円(1人分、往復の航空運賃・宿泊費・レンタカー料金込み)
同行人 母と弟(運転手担当)
羽田空港 7:50初、JAS161便。ほとんど寝ずに、初の八甲田、初の青森、キンチョーしますだ。
青森空港 9:00着。空港の指定レンタカー営業所から出発。道に迷って(当時まだカーナビは装備されていなかった)、道を尋ねながらどうにか進行。
青森駐屯地「防衛館」 青森駐屯地「防衛館」
初の青森訪問場所が、陸上自衛隊青森駐屯地。
いきなりハードな資料見学。土曜日だから説明人がつかないので、2ヶ月間で得た知識で、母と弟に資料解説。この建物が青森第5連隊兵舎を移築したものだと聞き、身が震えるカンドー!
青森高校 青森市内を通過して5連隊営門(現青森高校)を見学。
ここから行軍ルートの田代街道を走って八甲田山系に入る計画なのだ。こだわってます。
幸畑資料館(旧) 幸畑・雪中行軍資料館(旧)知ってたけど、建物が古くて驚いた!しかも母と弟はすごいトイレに驚愕していた。どんなんだったのか。でも、いま思えばとても貴重な旧資料館での見学。 映画の衣装(帝国陸軍軍服)を着た西洋人マネキンさんが怖かった〜。
幸畑墓地 ボーボーに茂っている草が怖くって、なんとなく写真を撮らなかった。
田代街道 地元のドライバーが猛スピードでとばすものだから、道をゆずることしばしば。途中で「送電線工事殉職の碑」とかかれた看板があって、「今でもたいへんな所なんだね」と家族で会話。路上駐車はキケンなので、せっかくの露営地の看板も、通過しながら車窓から見学。
銅像茶屋 食堂で名物「雪中そば」を注文。からだが冷えていい気持ち。
鹿鳴庵 売店で「遭難始末」を購入してチョーウレシイ。
後藤伍長像 後藤伍長像馬立場の丘までゆるやかな階段を登る。青森第5連隊と同じ地面を踏んでいるんだ〜!と感動のワタシ。後藤伍長に会えてさらに感動!

天気の変わりがはやくて、晴れたり曇ったり。はっきり見えてた八甲田や、目の前の後藤伍長像さえも、あっという間に濃霧で見えなくなって、神秘的。
田代湿原 田代湿原平らな地形の濃霧は怖いぞ。なにしろ対向車のヘッドライトが寸前になってようやく見えるのだから、冷や冷やのドライブなのだ。
田代湿原の1周1時間弱の散歩ルートでも、たびたび濃霧に囲まれて、自分の周りが白一色になって怖いぞ。あちこちに「窪地のガスに注意」の看板があって怖いぞ。
城ヶ倉ホテル 銅像茶屋方面にもどって、道路を左に進んで、左折すれば城ヶ倉方面。
城ヶ倉の夕食の八甲田牛がウマイ!お酒がすすんで、明日の予定を組んでいるうちに爆睡。
酸ヶ湯周辺散策(地獄沼、まんじゅうふかし) ホテルをチェックアウトして酸ヶ湯へ。
近くの「地獄沼」まで徒歩8分。(もっと歩いたような気が・・・)。湖面(沼面?)が白い湯気(?)で充満してて硫黄臭な地獄沼は、いかにもヤケドしちゃいそうな沼であった。

さらに歩いて「まんじゅうふかし」へ。
木製のベンチに腰掛けると、ベンチの下に充満している温泉の蒸気で、じんわりとお尻があたたまる仕組み。饅頭の売店があると勝手に期待してた家族は勝手にガッカリしてたけど、お尻のぽかぽか感が心地よくて満足してくれました。
城ヶ倉大橋 城ヶ倉大橋渓谷からの深さ最大122メートル!上からのぞくと「ひえーっ!」ってなもんです。あまつさえ風が強くてコワー!
八甲田ロープウェー 八甲田ロープウエー「山頂公園駅」を降りて、約1時間で手頃に歩ける散策路「八甲田ゴールドライン」を歩く。いくら手頃な散策路でもハイヒールやサンダルはいてる女性はいかがなものか?

ここで私の時計のバンドが突如切れた!お家でお留守番している父に何かあったのでは?と心配して電話してみると「なんともない」との答え。・・・我らはケータイの素晴しさを知ったのであった。
萱野茶屋 萱野茶屋でお茶休憩。ここのお茶は「1杯飲むと3年長生き、2杯飲むと6年長生き、3杯飲むと死ぬまで生きられる」がキャッチフレーズ。

このまま国道103号をまっすぐ進めば青森市内にもどれる。

この周辺の「萱野高原」は見晴らしがよく、広〜い芝生の上で、BBQやフリスビーして休日を楽しんでいる人たちを、車窓からぼぉっと眺めていたら、ワシの心が「違う!この道じゃない!」と叫んだので急遽、「Uターンして田代街道で青森に帰ろう!」とドライバーの弟に命令した。
田茂木野 国道103号をやめて田代街道で山を下る。すると行きには見つけられなかった「死体安置所跡」のカンバンを発見。安置所跡の碑に手を合わせた。
アスパム 湾岸にそびえる(?)三角形の建物がアスパム。食事したり、お土産を買ったりしてたら駐車料金が無料になった。アスパム近くに大きなテントがいくつも建っていて、中をのぞくと製作中の「ねぶた」があった。
ガソリンスタンド レンタカー返却前に給油満タンにしたいのに、ガスリンスタンドが休日で開いてない。どうにかみつけて給油。2,000円弱。レンタカーってお徳なのね。
青森空港 家族集合写真レンタカーを返却。ちょっと名残惜しい気分。
かなり早めに空港に着いたから、展望デッキでぶらぶら。夕暮れ時、正面にひろがる北八甲田連峰をながめながら「いやはやまことに雪中行軍な旅であった」と回想した。
駆け足の充実「八甲田山雪中行軍ツアー」。みなさんもどうぞー。

その2 弘前と鷹巣

映画見て1年後の2度目の青森旅行、第31連隊の地・弘前&お墓参り。
時期 2001年4月のGW
目的・注意点 初めての弘前、はじめての秋田県。
桜シーズンの弘前を満喫して、翌日は神田大尉のモデル「神成大尉」のお墓参り。タイムスケジュールの管理と、道の下調べをしっかりすること。
東京−青森 カタログ「JASで行く東北」の「レンタカーでお気軽東北2日間」で申込み。
2日間3名1室で30,000円(1人分、往復の航空運賃・宿泊費・レンタカー料金込み)
同行人 母と弟(運転手担当)
羽田空港 7:50初、JAS161便。またも睡眠1時間。初の弘前、初の秋田県、キンチョーしますだ。
青森空港から弘前へ 今回のレンタカーはカーナビ付き!我が家において初のカーナビ体験である。カーナビ様が弘前まで懇切丁寧に誘導してくれるのであったが(それがカーナビの仕事なんだけど)、弘前公園付近の空き駐車場までは把握してないので、30分ほど駐車場さがしするハメに。
弘前城 弘前の桜と岩木山とワシなんと素晴しき弘前城の桜!
空気がわずかにゆれただけで、桜吹雪がドワーと乱舞。
東京上野公園の花見客のゴミ山積を知る身には、奇跡のような園内のウツクシさ。売店がどこにあるのかわからず腹が減った・・・。
岩木山 岩木山とワシ弘前市街を出て、りんご畑の道を岩木山に」向かって走行。
「津軽岩木スカイライン」の手前の売店で餅を食った。

スカイラインは8合目までなので、駐車場からリフトに乗り換える。リフトで岩木山の9合目に到着すれば、たった1合分を自力で登って頂上なのだ。すげー楽チン!

登ってみたら・・・うぬぬこんなはずでは・・・限界になった母を弟にあずけて、せめてワシだけでも山頂を制覇すべく登り続けた。んがしかし、ぱらぱらな火山灰に足をとられて、トレッキングスーズに小石が侵入しまくって、どーうにもならないのだ。しかも、リフトの営業終了時間がヤバイ!下山できなきゃチョーヤバイ!

というわけで、徳島(福島)大尉が雪中行軍した岩木山(登山したわけではないんだけどね)頂上から八甲田山をながめたいっ!という野望は断念したのであった。また来てやる!!
鯵ヶ沢プリンスホテル 弘前方面位置関係
いそいで下山して、岩木山沿いに走って、今夜の宿「鯵ヶ沢プリンスホテル」に到着。つめたく吹き付ける岩木山おろし(?)が我らを歓迎してくれました。食事がウマクて飲みすぎちゃって明日の計画をする間もなく爆睡。
鷹巣 カーナビ様の指示にしたがい国道7号線で鷹巣へ。

鷹巣では神田大尉のモデルとなった神成(かんなり)大尉のお墓参りをするので、まずは地元で案内をしてくださるIさんに会いに行く。

Iさんの薦めもあって近くの「創作郷土料理米澤屋」さんで昼食。きりたんぽ鍋と比内地鶏(となりが比内町だ)を注文。きりたんぽ鍋は鶏ダシが濃厚での鼻血がマジ出そう。比内地鶏は噛むとパリッと音がして肉汁がじゅわー。

昼食後は、Iさんの案内でお墓参り。しかも神成家のお墓を守ってらっしゃる御当主がご同行してくださいました。ものすげーキンチョーしました。(悪いことはできないものだ)
神成大尉のお墓に、鷹巣の商店街で買ったお花を捧げました。私にとってピンク色は神成大尉のイメージカラーなのです。

Iさんは、ご自身でまとめられた研究資料をお見せしてくれました。
Iさんは、神成大尉のお墓のちかくを通るとき、かならず手を合わすのだとおしえてくれました。
帰り道 東北自動車道を使って秋田から青森へ。国道も空いていた。レンタカーを返却して、早めに着いてしまった青森空港の展望デッキで、今回は行けなかった八甲田山をながめて、「青森命!」した。

同行の母弟と、現地の方にお世話になった「八甲田山雪中行軍ツアー」でした。

その3 鷹巣と八甲田

前の旅行から2年が過ぎて、3年ぶりの八甲田山。しかもみちのく一人旅。
時期 2003年7月
目的・注意点 2年ぶりの鷹巣、3年ぶりの八甲田。アポなし、運転手なし、自力の「八甲田山ひとり旅」
東京−秋田 飛行機は往復とも、バースデー割り。宿はインターネット予約。
現地では公共の乗物を使用。(時刻表持参)
同行人 ワシだけ。
羽田空港 ANK445便にて初の秋田へ。
大館能代空港 「大館能代空港」なのに最寄は鷹巣町。だから空港から近くて便利です。名を取らずに実を取ったということか?
鷹巣役所 昼食は鷹巣役所の食堂で、冷やし中華を食べました。役場の女のかたに写真を撮ってもらって、恥ずかしーヤツ。
食後は商店街でお花と、駅のキオスクで「いぶりがっこ」をお買物。
神成大尉お墓参り 前の鷹巣訪問から2年がすぎて、しかも今回の訪問はアポなしなのに、Iさんにお会いできてとてもラッキー。職場の方にも親切にしてもらって恐縮です。

ひとりで神成大尉のお墓参りをすませた私を、Iさんは仕事の合間の時間をつかって、神成家につれていってくれました。Iさんと神成さんの秋田弁(?)の会話はぜんぜん分からなかったな(笑)。神成さんはこころよくお宅に上げてくれました。ほんとうに恐縮です。
鷹巣の街 神成家をあとにして、鷹巣町立図書館(現・北秋田市立鷹巣図書館)へ。神成大尉に関する特別な資料はないけれど、静かな空間で神成大尉のことだけを考えている時間は幸せだなぁー。

夕食は2年ぶりの「創作郷土料理米澤屋」さんで「ぶっかけソバ」を注文。大量の大根おろしと共にワシワシとソバをかき込んで、「比内鶏の焼き鳥」に食らいつくと、肉汁がじゅわぁーーっ。じつにじつにしあわせなのだなぁ。

自分が徳島大尉になって、映画みたいに神田大尉と晩酌できたら何てしあわせなのだろうと、お茶をすすりながら、ひとりニヤニヤと妄想するのでありました。

ホテルにもどる途中に、暗い墓地を歩いて、神成大尉のお墓に「お休みなさい」。
青森へ 朝、Iさんが駅まで送ってくれて、さくらんぼをいただきました。奥羽本線に乗って青森に向かう車窓に、雲に見え隠れする岩木山。これが映画の神田大尉が見た風景なのだと感激しました。

数週間前に会社が社員を全員解雇しました。不安だけど、サバサバした心地よさもありました。でも、ぎこちない笑顔をIさんや神成さんにしてたんだろうな。

青森駅に着いて、大好きなブランドの青森店や、雑貨屋さんをのぞいたりしました。
酸ヶ湯温泉旅館 青森駅からバスで酸ヶ湯へ。

むし暑い車内なのに冷房がないので窓を開けてたら、走って間もなく八甲田山系に入った途端に冷たい空気が吹きこんできました。あわてて窓を閉めたけれど、窓の隙間から入る風がやたらと冷たくて7月なのに寒さで震えました。

酸ヶ湯ではのんびりと湯治気分を味わおうと決めていました。名物「千人風呂」の女性タイムに湯に浸かり、部屋でざらついた映像のテレビをみて過ごしました。
後藤伍長像 バスで青森市内にもどる予定だったけ、ここまで来て後藤伍長像に会わないのもどうかと思い、急遽、旅館前にあるタクシーに交渉しました。

運転手さんは「昨日も雪中行軍に興味があってやって来たご夫婦を乗せた」と言ったので、なんだか会ってみたくなりました。

「ゆっくりしてていいよ」と言う運転手さんに甘えて、鳴鹿庵や後藤伍長像をゆっくりと見学。萱野茶屋のバス停で料金を払い、バスで青森市内にもどりました。
青森市内 空港へのバスが出る時刻まで、青森市民図書館で過ごしました。
帰り道 青森空港から17:15発、JAS168便。
往復ともバースデー割だったし、自分への良いプレゼントになったかな?
「♪みちのく〜ひとりーたび〜」

その4 冬の酸ヶ湯

初の「雪中行軍オフ会」、初の「冬の八甲田山」
時期 2004年1月23日(!)
目的・注意点 「山の神様の日」の雪中八甲田オフ会。
衣服の寒冷地対策と、冬期の交通事情をしっかりと計画すること。
東京−青森 カタログ「ふらり 東北・北陸」の「自分でつくるぴったりの旅」で申込み。
3日間1名1室で37,800円(1人分、往復の航空運賃・宿泊費)行きは三沢空港、帰りは青森空港で計画。
同行人 TOSHIBOさん、ごんちゃん
羽田空港 7時40分のJAS221便で三沢空港へ。
数週間前から飛行状況をチェックして、三沢空港の雪の欠航は無いと判断。三沢空港は自衛隊のスクランブル基地だもんね。「ファントム無頼」の知識(?)が役に立ったかな?(むしろ濃霧で季節関係なく欠航になることがあるらしい)
三沢から青森へ 三沢空港からタクシーでJR三沢駅へ。
三沢からJR東北本線で青森へ。
三沢は雪が少なかったけど、車窓をみれば外は吹雪いているではないか!大量に降る雪を見るは初めてだ。
森林博物館 雪だらけの青森駅前をどうにかホテルまで歩いて行って、お出かけ服(スキー服)に着替えてお散歩に出かけた。

道に迷いながら歩いて「森林博物館」へ。ここの2階の部屋が映画「八甲田山」の撮影で使われたのだ。暖房がなくてキーンと冷たい室内で、震えながらひとりで感動にひたっていると、胸が熱くなって涙が出てきてしまった。
青森市内 雪が多いほうが歩きやすいのだと発見。東京の少しだけ降る雪は道が氷になって滑ってあぶないんだよね。
歩道の柱の先の土偶がカワイイな。
青森市民図書館 総合ビル「アウガ」へ。ここにある市民図書館は開放的で、蔵書が多くてすばらしい空間なのです。そこの「郷土資料」コーナーで八甲田山雪中行軍の資料がワシを待っているのです。 夕方になったのでお腹が空いたのでホテルにもどってカップラーメンを食べて、また図書館に行って21時の閉館時間まで本を読み続けました。
ホテルサンルート青森 申し分ないビジネスホテルでしたが、寝るだけの利用でした。
青森駐屯地「防衛館」 仙台から夜通し走ってきた(マラソンじゃないよ自動車でね)TOSHIBOさんと合流。朝からいっしょに吉野家の牛丼を食べて、青森駅でごんちゃんと合流して「防衛館」へ。

防衛館の室内は外気温より確実に寒い!!寒くて寒くて生命維持だけで精一杯!・・・なもんで、TOSHIBOさんが自衛隊員さんと興味深い話しをしていたのにほとんど脳ミソに記憶されなかった…。
酸ヶ湯へ 八甲田山系に入ったとたんにエライ雪道!
自動車に疎いワシは、このときはじめて自動車のタイヤにFFとかいう種類があることを知った。それにタイヤチェーンって意外と入手するのが大変なのだとか、種類もいろいろとあるのだとか。装着するのがタイヘンなのだとか。

とにかく苦労(ほとんどTOSHIBO氏)して、真っ暗な道を、酸ヶ湯まで走ったのであります。
酸ヶ湯温泉旅館 食事をして、温泉に入って、酒盛りをして、ばか笑いをして、ぐっすり寝て、朝食をとって、気分爽快!
疲労と飲酒で撃沈しているTOSHIBOさんをたたき起こして宿を出発。
八甲田ロープウエー 冬のロープウエーの乗客はボードやスキー板を持った人ばかり、普段着で手ぶら姿は目立つ目立つ!頂上駅に降り立って、初めての「樹氷」にはしゃいでいると、我が頭上で雲がぐおんぐおん動いている。 白く煙ったような八甲田の空に日が差して山肌を照すと、ずっと向こうまですっきりと見渡せて、美しい、美しいぞ!馬立場の方向(たぶん)の写真を撮ったらまた、ぐおんぐおん雲が太陽をさえぎってしまった。
下りのロープウエーに乗るのはワシらだけで、恥ずかしかったなー。
幸畑資料館・墓地 山をくだって、青森駅でごんちゃんとサヨナラして、幸畑へ。
資料館の工事の進行状況などを確認しつつ、裏の幸畑墓地へ、ヒザまで雪にうもれながら将校ズの墓石まで行くと、そこには他の足跡があって、ここに来るのは私らだけじゃないんだなとうれしくなった。
帰り道 ラーメンを食べて、青森高校の旧営門をみて、青森空港でTOSHIBOさんとバイバイ。17時15分発、JAS168便で東京へ。
TOSHIBOさんの体力気力を最大限に利用しつくしたオフ会でした。おつかれさまです。

その5 夏の田代元湯

さらりとオフ会、はじめて会う方たち、田代元湯とリニューアル幸畑資料館
時期 2005年8月
目的・注意点 親戚の結婚式で盛岡まで行くからついでに青森へ。正直、結婚式のほうがついでだけど。
東京−青森 行きは親戚より支給(?)の新幹線。帰りは自己手配の新幹線。宿はインターネット予約。
同行人 元気クン先生、Jたろんさん、でこさん
盛岡で 盛岡でいとこの結婚式。ワシよか5歳も年下なのにゴールインだと・・・しあわせにな〜!
盛岡から青森へ 翌日は親戚一同で盛岡市内をかんたんに観光後してから、帰宅する段取りだが、ワシだけ朝から青森に向けて「しゅっぱーつ!」なのだ。青森の近くにいるとお尻がうずいてしまうのですな。

駅に着くと、改札で元気クン先生が「歓迎 キンコさま」のカードでお出迎え。恥ずかし〜というより分かりやす過ぎ!(笑)

画像は駅構内のポスター。ヒロシみたいに悩むなという意味か、悩みはヒロシに相談せよということか→
幸畑資料館・墓地 元気クン先生の自動車でリニューアルした資料館へ。後藤伍長像が出迎えてくれました。Jたろんさんとも合流。
露営地めぐり 田代街道を走行。よく考えてみれば田代街道は5年ぶりなのだ。露営のカンバンを見つけては駐車して、Jたろんさんが写真を撮ってくれました。すまんのー。
田代元湯 今回の目玉は「田代元湯」

斥候長Jたろんさんのナビゲートで街道を左に入り、わだちの道をさらに進んで、駐車してから山道を歩く。へびが出てこないように願いながら。

蒸し暑さを感じたら田代元湯に到着です。完璧な山中!ボランティアさんが(田代元湯ファンと言うべきか?)浴槽の掃除をしていました。貴重な休日を汗だらけになって作業した報酬は一番風呂に入れることでしょうか?すばらしいです。
青森の夜 夜は青森市内の屋台村「さんふり横丁」で飲み会。

おそるおそる食べたホヤがうまい!噛みおわったあとにフルーツ系のさわやかな甘みがのこるのです。屋台村といっても、むかし東京でも流行ったような貧弱なつくりではなく、ちょっとタイムスリップしたような小ぎれいレトロな作りの「街」になっています。トイレもきれい。女将にあきれ笑いされるくらいにべろんべろんに酔ってしまった。

気がつけば朝4時、ホテルのベッドの上で服のまま寝ていました・・・。
青森の朝 ホテルのとなりのアウガ地下市場で、ホタテやサンマを自宅に発送して、食堂でカレーを食べました。

飲みすぎの翌日だっつーのに、おじさんがウマソーに食っているもんだから釣られてしまった。この大盛りが普通サイズなんだな。どうにか完食したけど、まいりました。
幸畑資料館・墓地 でこさんと初対面。でこさんの運転で幸畑へ。じっくりゆっくりと展示をながめました。
銅像茶屋・鳴鹿庵・馬立場 朝のカレーのせいで、腹が激痛。すげーヤバイ。

しかも田代街道はやたらとカーブが多いので、車酔いも併発してもうた。
どうにかたどりついた銅像茶屋で山菜ソバをゆっくりと食して、まったりとして、鹿鳴庵を見学して、後藤伍長に会いに行きました。

雪中行軍好き女子と「萌え話」をしたことがあまりないので、とても楽しかった!男子とのお話も楽しいけど、女の子の「好き」の感情は(当たり前だけど)男子と違うんですよね。
帰り道 青森駅ででこさんとバイバイして、特急と新幹線で帰宅。

八戸駅購入の「海鮮小わっぱ」は、ウニ、イクラ、カニ、海草が入っている!・・・んだけど、各パーツ毎に食べちゃったんです・・・。これは間違いで、全部の具をぐちゃーと混ぜ混ぜして食べたほうがおいしかったはず〜。

すべてはあとのまつりだー。(泣)
あいかわらず食って飲んでばかり旅。これじゃダイエットは無理ですなー。とほほ。

その6 冬の馬立場

紅一点(?)オフ会。プチ雪中行軍。
時期 2006年1月21、22日
目的・注意点 リエナクター(※)のケロロ殿が参加表明してくれたからには、雪道を歩かねば!!
けど今は、雪より雪道を走る自動車の方がよほどオソロシイのだ。幹事(ワシ)は参加者の安全を最優先しなければならない。

・・・ということで、Jたろんさんを斥候させて、元気クン先生と念密な計画をしてもらって実現が可能になってきた。幹事から参加者へは万全な装備で参加されるようメールで要請したが、とても重要なのは「実行可能な天候」であることなのだ。

ちなみに女子の参加者はワシだけの「紅一点オフ会」。

※「リエナクト」とは、当時の装備を実際に使用して、当時の状況を研究すること。ケロロさんはさらに、山歩きで自然と触れ合い、適度な運動でいい汗をかき、おいしく食事をする「体に良い爽快な活動」としてリエナクトを発展させている。
東京−青森 行きは新幹線。帰りは関東組すべて青森空港からJAL便。宿は直接電話で予約。
同行人 青森組:元気クン先生、Jたろんさん 関東組:ケロロ殿、ひかわさん
青森へ 大雪の予報が出ている東京の早朝に出発。かなり寒い。
新幹線「はやて」で八戸まで、八戸から特急「スーパー白鳥」で青森へ。車内でひかわさんと初対面のあいさつ。大雪の影響が心配されたがなんのこともなく時刻どおりに青森に到着。(そのころ東京では雪で交通マヒで大騒ぎ)

11時過ぎにJR青森駅改札で、前日に青森入りしていたケロロ殿、青森組の元気クン先生、Jたろんさんと合流。参加者5人で元気クン先生の4WD車に乗って「しゅっぱぁーつ!」
青森高校(旧営門) まずは、旧青森第5連隊営門跡(現・青森高校)へ。
ケロロ殿がいちばん感動してたぞ。ここから田代街道を歩いて八甲田山をリエナクトしたいですなー。
銅像茶屋から馬立場まで「雪中行軍」
国道103号で八甲田山中へ。

国道はきれいに除雪されていて、しかも両脇の積み重なった雪の壁が、旨そうな豚バラ肉に見るではないか! ケロロ殿は「ボクにはミルフィーユに見える」とプリチィーな発言。・・・ワシは女の子失格である。
国道を左折して銅像茶屋方面へ。

青く晴れた空と霧氷(?)の白さのコントラストが美しい。104年前、天候に恵まれていたら、両隊はこの景色の中を爽快に行軍できたのだ。

銅像茶屋駐車場付近に到着して、準備にとりかかる。必需品のカンジキはJたんろんさんからお借りしました。
雪に埋れた銅像茶屋。

駐車場脇にある公衆トイレは雪の下のどっかにあるのだな。
雪降らず風吹かずの中の「プチ雪中行軍」
つい気張って大股で歩いていると息が荒くなってきた。「小股でゆっくりと歩こう」と元気クン先生の言う通りにするとようやく息が落ち着いた。

元気クン先生が「せっかくだから交代で先頭を担当しよう」とみんなに提案。けど女の子のワシには関係ないだろうと思ってたら「つぎキンコさんね」と選手交代。カンジキ隊はツライ!!高台の馬立場に向かっているのに、積雪で地形の特徴が分からい。どこを歩いているのか分からない。

軍装のケロロ殿。「平成版・八甲田山」の後藤伍長役はどうでしょう?
馬立場お天気に恵まれて馬立場に到着。
基本的に私は晴れ女なので、104年前の行軍に参加すればよかったかもしれませんな。馬立場頂上の雪は強風でカチカチに凍っていました。

←集合写真。元気クン先生の立ち位置が変だよ。
八甲田ロープウエー 八甲田ロープウエー山頂で下山(?)して、「八甲田ロープウエー」へ。

宿の駐車場から歩いて乗り場へ。ケロロ殿は軍装のままで恥ずかしそうなので「だいじょうぶですよ〜」と無責任に励ましたけど、ロープウエー内でスキー客や一般観光客に大注目されて写真会になるハメに・・・すまなんだ。

頂上駅を出れば、ホワイトアウト。

まずはJたろんさんのお母様お手製のおにぎり(具は鮭)と玉子焼きで空腹をみたして、元気クン先生がコップに酒をついでくれて、いざ外へ。顔に雪がびちびち当たって痛いけど、みんなで「雪中行軍に献杯!」。ひかわさんが下戸だったのは想定外でしたが。

横殴りの猛烈な風雪。100年前、こんな中を彷徨した彼ら・・・。
ホワイトアウトの中を軽やかにどこかに滑って行ったスキーヤーやボーダーたちに100年の時の流れを感じました。
八甲田山荘 暗さ再現画像男子参加者の部屋兼オフ会会場は「八甲田山荘」。ワシは2つとなりにある「ホテルフジサワ八甲田」に宿泊しました。

お風呂に入って八甲田山荘の食堂に集合して、シチューや自家製パンやパスタのウマーイ夕食と冷たいビールを堪能しました。

男子部屋兼オフ会会場の部屋で酒を飲みつつ話をしました。でもとても眠くなって、あんまり覚えてないです。

12時(だったか?)になってホテルまで戻ることにしましたが、道中は暗い雪の中。いちおう「ひとりでだいじょうぶ」と男子たちに言ったら、ほんとうに男子たちは闇夜の雪道をワシひとりで歩かせました!・・・ありがたいことです。
幸畑資料館・墓地 翌朝の出発時間は8時45分。だけどワシが起床したのは8時30分。ぬはははー!

30分で着替えて化粧して荷造りして「出発ぁーつ!」(あくまで山田少佐風に)会計はJたろんさんがすませてくれました。幹事失格ですな。元気くん先生がホテルからもらってくれたパンで空腹を満たしました。いやはや。

幸畑の資料館を見学。ケロロ殿、やはり軍装です。イカシます。
墓地は例年以上の雪で入れない状態なので、外から合掌をしました。
ねぶたの里 「ねぶたの里」のトイレのドア「ねぶたの里」には「ねぶた」もあるけど(あたりまえだ)、映画「八甲田山」の撮影で使用された「雪上車」があります。事前に「本当にあるのか」電話で確認すると「ああ、ありますよ」とあっさりしたお答え。

ねぶた見て、雪上車を見て、かまくらに入って、食堂で昼食。ここのお兄さんは、食堂のチケット売ったり、売店の接客したり、試食コーナーでリンゴむいたり、カワイくって働き者です。ヨメにして!

トイレ(寒い!)の扉だけがワシを女の子あつかいしてくれます(まだ根にもってる)。姫かぁ。
青森駐屯地「防衛館」 寒い「防衛館」展示室青森駐屯地の「防衛館」へ。
ケロロ殿にとって、自衛隊基地での軍装は正念場であったでしょう。

ひさしぶりの「防衛館」だけど、寒すぎて、気が遠くなってきて、せっかく来たのに、どうでもよくなってしまいます。ひかわさんが本当に真剣でした。
帰り道 観光客らしいことをと、アウガ地下市場でお魚を買って宅急便で自宅に送りました。アウガは他のフロアも人でいっぱい。

青森空港(駐車場がビルになっていた!)で青森組とバイバイして、3人してロビーの隅っこで着替えと荷造りをしました。ひかわさんはこのために装備をたくさん揃えて(衝動買い)たので、けっこうな荷物の量。ケロロ殿は軍装を宅配で送りました。

吹雪いてきた青森空港。飛行機に搭乗したものの、滑走路の整備や、機体の雪除去で45分が過ぎ、液体をかけて落ちた雪も、液体が接着剤になって雪が貼りつきます。離陸すると、雪がはがれ落ち、羽田に着いた時には、なめらかな機体をライトが照らし、雪の世界から来た飛行機だとはわかりません。

羽田で関東組はバイバイ。リムジンバスを待っていると、東京独特の寒さを感じました。昨日、東京の交通をマヒさせた雪が土のうえに残っています。

自宅付近にわずかな積雪でつくった雪だるまが2つ。青森で雪だるまを見たかなと記憶を巡りましたが思い出せません。
翌朝 荷物の整理もそこそこに眠った翌朝、1月23日。
104年前の早朝6時に、青森第5連隊は営門を出発した。
安全な運転をしてくれた元気クン先生、みごとな斥候と案内をはたしてくれたJたろんさん、ワシらだけで
なく一般のかたも楽しませて(?)くれたケロロ殿、豊富な話題と周到な準備で参加してくれたひかわさん、ほんとうにありがとう!!参加できなかったみなさんも、つぎに八甲田で会いましょう。