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事件と「リーダー論」/はじめに
八甲田山雪中行軍遭難事件がリーダー論になる要因/2つの連隊の比較/なぜ受講するのか/映画と史実/事件は吹雪の山中で、研修は空調の効いた室内で・・・
「八甲田山」とリーダー論/キンコによるまとめ
だんだんとわけがわからなくなってきたキンコによるリーダー論まとめだにゃ
実在の人物でも、小説や映画化には「キャラ化」が必要なんだにゃー
どうしてわざわざ「リーダー論」するのかにゃ?
※リーダシップ論、危機管理論、リスクマネジメント論、組織論などを「リーダー論」の表記で一括。
※『』内は参考文献からの引用。
八甲田山雪中行軍遭難事件がリーダー論になる要因/2つの連隊の比較/なぜ受講するのか/映画と史実/事件は吹雪の山中で、研修は空調の効いた室内で・・・
「八甲田山」とリーダー論/キンコによるまとめ
だんだんとわけがわからなくなってきたキンコによるリーダー論まとめだにゃ
実在の人物でも、小説や映画化には「キャラ化」が必要なんだにゃー
どうしてわざわざ「リーダー論」するのかにゃ?
| リーダー研修に縁のない管理人キンコの総括<ケーススタディ編> |
| 児島大佐と津村中佐の立ち話/山田少佐が案内人を追い払う/帰営すべきか前進か会議/進藤特務曹長de田代行き/倉田大尉の初発言/神田大尉、夜中の出発具申/反省できる能力 |
| リーダー研修に縁のない管理人キンコの総括<人物スタディ編> |
| 山田少佐と方位磁石/徳島大尉と倉持見習士/案内人さわから学んだこと |
| リーダー研修に縁のない管理人キンコの総括<総括の総括編> |
| 「リーダー論」は自分に活かす糧だよ/自分のいるところは・・・/身近にいるはずのさわ |
※リーダシップ論、危機管理論、リスクマネジメント論、組織論などを「リーダー論」の表記で一括。
※『』内は参考文献からの引用。
八甲田山雪中行軍遭難事件が「リーダー論」になる要因

なぜ受講するのか
私の上司は、私の組織は・・・。
働いている人ならば、「自分」と「上司」と「組織」との関係に悩む毎日を過ごしています。
「研修」とは、日常と違う場所と時間と、講師の博識に触れて、自分をリフレッシュさせる「機会」です。
職場の期待・・・「研修を受けて、より良い管理者や企業人になって、より良い成果(売上げ)を出して欲しい」
受講者の期待・・・「研修を受けて、明日からの自分の行動や、考え方の糧にしたい」
映画と史実
映画(小説)と史実は、ちょっと違います。
例えばドラマ「水戸黄門」の中で、水戸光圀公が遭遇する事件が、史実の徳川光圀公の実体験だとは誰も考えないわけです。大河ドラマだってそうです。これらは史実をもとにした「創作」なのです。わたしたちは史実の不足部分を「想像」で補って、史実の深みを味わっているのです。

「史実=リアル」を伝えるには、「リアリティ」にするための脚色が必要です。そのため小説家や脚本家は、素材(史実)に「脚色」をほどこして、「リアル」にします。脚色とは、素材の風味を失わない味付けです。このような能力は人間の英知のひとつかもしれませんね。具体的な違いはこちらをご覧ください。「Q&Aコーナー」
事件は吹雪の山中で、研修は空調の効いた室内で・・・
吹雪の八甲田山を彷徨している隊員が、100年後に研修の「題材」にされるなんて想像できなかったでしょう。
これからの私たちの「決断」が、100年後に研修の「題材」になるかも知れません。
コップが倒れることを知っていてミルクを注ぎ込む人はいません。私たちに貴重な「失敗例」をあたえてくれた青森隊の将校、その失策のために犠牲になった隊員に感謝して、同じような失敗をしないようにしましょう。
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- 実際にあった事件
- 小説や映画がヒットしたので誰でも多少は知っている題材
- 対照的で極端な2つの事例
弘前第31連隊
|
青森第5連隊
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なぜ受講するのか
私の上司は、私の組織は・・・。
働いている人ならば、「自分」と「上司」と「組織」との関係に悩む毎日を過ごしています。
「研修」とは、日常と違う場所と時間と、講師の博識に触れて、自分をリフレッシュさせる「機会」です。
職場の期待・・・「研修を受けて、より良い管理者や企業人になって、より良い成果(売上げ)を出して欲しい」
受講者の期待・・・「研修を受けて、明日からの自分の行動や、考え方の糧にしたい」
映画と史実
映画(小説)と史実は、ちょっと違います。
例えばドラマ「水戸黄門」の中で、水戸光圀公が遭遇する事件が、史実の徳川光圀公の実体験だとは誰も考えないわけです。大河ドラマだってそうです。これらは史実をもとにした「創作」なのです。わたしたちは史実の不足部分を「想像」で補って、史実の深みを味わっているのです。
「史実=リアル」を伝えるには、「リアリティ」にするための脚色が必要です。そのため小説家や脚本家は、素材(史実)に「脚色」をほどこして、「リアル」にします。脚色とは、素材の風味を失わない味付けです。このような能力は人間の英知のひとつかもしれませんね。具体的な違いはこちらをご覧ください。「Q&Aコーナー」
事件は吹雪の山中で、研修は空調の効いた室内で・・・
吹雪の八甲田山を彷徨している隊員が、100年後に研修の「題材」にされるなんて想像できなかったでしょう。
これからの私たちの「決断」が、100年後に研修の「題材」になるかも知れません。
コップが倒れることを知っていてミルクを注ぎ込む人はいません。私たちに貴重な「失敗例」をあたえてくれた青森隊の将校、その失策のために犠牲になった隊員に感謝して、同じような失敗をしないようにしましょう。
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| 映画の製作意図 |
橋本忍(脚本家)による「製作意図」『この映画は耐寒演習などを行う軍隊の非人間性とか、命令指揮の乱れとか、成功した隊の指揮官の用心深さ、周到さ、誤らない処置とか、また一糸乱れずにそれに応えた隊員の勇気とか、そんなことを対比して描くのが目的ではない。』 映人社『映画「八甲田山」の世界』よりしかし、両隊は徹底的に対比され、その「目的」の題材にされてしまった。制作者の意図がどうであれ、両隊は比較せずにはいられないのですな。
これじゃ比較したくなるにゃ〜 |
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| キャラクター設定 | 物語の登場人物には、それぞれメリハリがあります。メリハリとは登場人物の「劇中での役割」であり、それを「キャラクター設定」と呼んでいます。 キャラクター設定は、オーバーで、ステレオタイプっぽくなるのが世の常。それが観る人に登場人物を分かりやすくする「工夫」なのだ。 |
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| キャラクターイメージ | キャラクターにふさわしい役者が配役され、さらに演出家と役者がキャラクターのイメージを作り上げます。長丁場のTVドラマと違い、映画は登場した瞬間にどんな人物なのか観客に知らせる必要があります。 山田少佐は、高圧的な態度の悪役キャラ。 徳島大尉は、ちょっとコワイけど頼もしい上官キャラ。 神田大尉は、頼りになるけどちょっと優柔不断な上官キャラ。 登場人物が多く、みんな同じ服を着て、雪まみれになる「八甲田山」では、特にビジュアル的に分かりやすいキャラクター設定と配役になっているみたいです。 |
| 山田少佐(三國連太郎) | 「悪役」の山田少佐。 会議室でひとりタバコを吸い、神田大尉の行軍計画を撤回し、案内人を断り、指揮権をうばい、将兵を窮地に追いやった。 |
| 徳島大尉(高倉 健) | 「イイ男」のイメージの徳島大尉。 高倉健が演ずることでさらに「イイ男(人)」ぶりは高まり、上官に自分の意見を通すところや、案内人の女性を紳士的に扱うことで、さらに「イイ男」なキャライメージは増大した。 案内人たちに「八甲田で見たことは、一切しゃべってはならぬ」と厳しい態度をとるシーンは、徳島大尉の人物像の解釈が変わる部分なので、カットの理由は「上映時間の都合」だけではないと思われる。 |
| 神田大尉(北大路欣也) | 神田大尉は、上司と部下と仕事環境と命令と責任感と約束にゆれる30代男子を代表しているキャラクター。 恵まれない境遇から苦労してのし上がった神田大尉が、追い込まれるほど、応援したくなる。不潔さや下品さが無い神田大尉は、どこか理想的なものを観客に感じさせるのかもしれない。 |
| 誰でも感じてしまう不始末 | 小説「八甲田山死の彷徨」を読んで、映画「八甲田山」を観て、 山田少佐ら青森第5連隊将校の無知さと不始末を感じるのは当然です。 誰だって感じるはずです。なぜならこれはそうゆうドラマだからです。 |
| 講師の資質 | 誰でも感ることに対して、講師はわざわざ講釈します。 あなたもあたりまえに感じたことを、わざわざ聴講しにゆくのです。 100年前の軍事演習を、現代のビジネスに結びつけるユニークさと、講師自身の豊富な知識と経験を聴きに行くのが受講者の求めていることであり、これが講師の技量です。 |
| 人間行動科学(?) | リーダー論とは、研究対象の人物の「行動や思考」を科学することだと思います。なぜ悩んだのか、なにで判断したのか、なにを決断したのか、どうやって伝播したのか。などなど。 史実をもとに戦国武将なんて分析されつくしています(プレジデントとかね)。 ノンフィクションでも「踊る大捜査線に学ぶ組織論入門」なんて行動科学の書籍が発行されています。(読んでみたい気も) |
| 誰を分析するのか | 科学なのですから、「科学する対象」を決めなければなりません。 史実か、小説か、映画か。 KEIO BUSINESS SCHOOLのように、史実と小説をもとに講師が作り上げたケーススタディをもとに、受講者がディスカッションする分析方法もあります。 |
| なぜ無能に? | よくある「無能な指揮官によって…」という感想。 200人者の将兵が凍死したのですから、酷評されて当然、事実そうだったかも知れません。でも、なぜ「指揮官」は「無能」になったのでしょうか? 「指揮官」が「無能」になる過程を知ることが科学なのです。 なぜ政治家やお役人は世間に疎くなるのか? なぜ経営者は現場を知らないのか? これは「読書感想文」ではありません、「リーダー論」や「リスクマネジメント」などどいう「普遍的な科学分析」なのです。 |
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児島大佐と津村中佐の立ち話
児島大佐は、「弘前と青森の双方から出発して、八甲田山中ですれ違うのはどうか?」と提案。
津村中佐も、「それがいちばんいいでしょう」と同意しました。
会議室ではなく、立ち話で決まってしまった約束です。
友田少将は、「八甲田山を歩いてみないか」とほとんど命令な提案をしました。
中林大佐は、「弘前31連隊は31連隊、青森5連隊は5連隊らしく」実施せよと付加しました。
まぁ、平たく言えば、とにかく適当な時に行ってきて、とにかく成功して来いという命令です。
しかし、児島大佐と津村中佐の立ち話によって、雪中行軍の様相は一変します。
二人の会話は「友好」な雰囲気ですが、同時期に出発するという条件を作ってしまったのです。
地図を知らんのか?とばかりに、徳島大尉は「我々は貧乏くじだ」と発言したのです。
ほとんどのリーダー論で触れられていませんが、これは結構モンダイがあると思うのです。
会議室では机上の空論のような「目標」が発表されることがあります。
それを実のあるものに仕立て上げるために現場責任者は工夫します。
会社のヒラリーマンならぬ部下にとって迷惑なのは、会議で下されるメチャクチャな命令ではなく(部下たるもの、そんなのは覚悟済みである。ガハハ)立ち話で決まったヘンな「決まり事」なのではないでしょうか。
山田少佐が案内人を追い払う
神田大尉は村人に案内役を頼んでいません。案内役が必要だと判断した村人から声をかけてきたのです。
しかもたまたま山田少佐に・・・。
山田少佐は「案内人は必要ないし、金が欲しいのだろう」と追い返してしまいます。
神田大尉が騒動に気付いて来たものの後の祭りでした。何も言えません。
これを山に無知なくせに追い返してしまったと結論してもオモシロくありません。これは「リーダー論」なのですから以下のようなことをこのケースから考えるべきでしょう。
・神田大尉はどうすれば案内人を同行できたのか?
・案内人はどうすれば山田少佐を説得できたのか?(営業研修ですな)
帰営すべきか前進か会議
永野軍医は神田大尉に「天候が急変しそうなので帰営しましょう」と進言しました。
神田大尉は永野軍医に同意し、一緒に山田少佐へ「帰営」の具申をしました。
山田少佐は独断せずに、各小隊長を呼んだ会議で、特務曹長たちの意見により「前進!」を決定しました。
上司に何もいえない雰囲気があると思われている青森5連隊ですが、そうでもなさそうですよ。
今西、進藤の両特務曹長の意見で、山田少佐は「前進」命令したのです。
行軍の指揮官である神田大尉が同意したのですから、その時点で帰営は決定したのです。
会議する必要がそもそもないのです。ですが山田少佐によって会議が開かれました。
さらに驚くのは、会議で指揮官の決意に対して部下が反論したことです。
・・・軍隊なのに・・・。以外と青森第5連隊は自由な気風ですね。
企業で責任者がなにかを決定したら、反論するよりも、どうすれば実行できるかの方法を、部下たちは意見するのではないでしょうか?それがスキルってもんです。
・上司の重大な決断に反論する部下にどのように対処すべきか?
・このとき神田大尉は誰に何といえば帰営できたのでしょうか?
進藤特務曹長de田代行き
露営してたのに、真夜中に「帰営」出発命令する山田少佐。
初の凍死者が出て、沈んだ雰囲気をどうにかしようと思ったのか、進藤特務曹長の「田代までの道を知っている」を信じて、今度は一転して「田代」前進命令の山田少佐。これさえなければー!と八甲田山ファンが地団駄を踏むシーンです。あとから思えば、バカな決断です。
あの決断(?)をした山田少佐の心理を、しっかりと科学することが必要なのではないでしょうか?これを「無能な指揮官のバカな決断」で済ませてしまっては(リーダー論的には)何もなりません。自分だって、もしかして、こんな決断を下してしまうかも知れないのです。こんな結果になるとは知らずに。
・良かれと思ってしたこと、言ったことが裏目に出たことはないか?
・前言をあっさりと撤回する上司に何と言えばよいのか?
・道を知っているという甘い誘惑にどうすれば自分の信念を貫けるのか?
倉田大尉の初発言
不確定な情報に踊らされての田代行きは失敗しました。
しかも川の谷底にはまってしまい身動きが出来ない状態になります。
再び召集された会議で、山田少佐は責任を感じたのか一言も発せず、代わりにはじめて発言した倉田大尉の「即刻帰営すべき」に黙って従います。
出たーっ!倉田大尉!格好良すぎます。でも早く発言してほしかった気も〜。
神田大尉より先に将校になった倉田大尉(しかも士族出身)は、編成外の随行員が余計な発言をすることは、指揮権をゆるがすことになると配慮したのでしょう。
しかし、編成外仲間(?)の山田少佐が重大な判断違いを犯したからには、倉田大尉は、事態の収束に積極的に勤めようとしたようです。
・自分が山田少佐なら、田代前進失敗会議でどのような態度をとったか?
・自分が倉田大尉なら、田代前進失敗会議まで発言せずにいられたか?
神田大尉、夜中の出発具申
露営2日目。気力体力ともに消耗し切っている士兵たち。神田大尉は山田少佐に夜の出発を具申する。
しかし山田少佐は、「昨晩は夜中に出発したのが間違いのもとだった。同じ過ちを犯してはならない」
さらに倉田大尉は、「興奮するな。明日になれば風や雪も少しは収まるだろう」と神田大尉に言った。
立派な反省ぶりです!山田少佐。・・・しかし犠牲は多すぎました。
山田少佐の反省は、神田大尉の全身の叫びにも耐えました。
・自分が山田少佐なら、このときの神田大尉に対してのどのような態度をとったか?
反省できる能力
反省して当たり前じゃ!いまごろ反省したって遅せぇよ!・・・と思った方たち。わかります。その通りです。
ですがどうやら比較的めぐまれた組織や上司に属していると拝察いたします。
なぜなら、ヒドイ上司はどんなヒドイ事態になっても絶対に反省しないのです。
信じられないかも知れませんが、「反省」という能力が完全に欠落しているのです。
反省をしない能力を有していると言うべきでしょうか。
大失敗(一度くらいの失敗じゃ会社はつぶれない)しても、まったく懲りりずに同じような失敗を繰り返すのです。さすがに今回は反省するのかなと思いきや、反省しない能力保持者は、反省しないだけでなく、裏で「保身」にパワーを注ぎ込んでいるのです。
この能力(?)は非常に凶暴です。
「反省できる」能力者には、「反省しない」能力者の保身パワーが見えないのです。
気が付いた時にはすべてが終わっています。
社員全員をほぼ退職金なしで解雇し、会社を事実上の倒産(していないのがズル賢い)にするのです。
弁護士に法律的なことはすべて相談済み(会社の経費で)なので、どうにもなりません。
将兵を200人凍死させた指揮官の責任の重さは途方もないですが、失敗を反省して、独善的な行動をまったくとらなくなった山田少佐はマトモに感じられます。ですがせっかくマトモになっても、吹雪の八甲田山では、すべてが遅すぎました。
会社では、まだどうにかなります。
会社と吹雪の八甲田山での軍隊活動はまったく違う環境のはずです。それを一緒にすることには、若干の無理があります。でもそこから何らかの教訓を得るのが叡智ってものです。
なお便宜上、反省という言葉を使いましたが個人的には好きではない言葉です。
・さてあなたは反省できますか?
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山田少佐と方位磁石
「軍には地図と、こういう磁石という物がある、案内などはいらないのだ!」
山田少佐は案内を申し出る村人を追い返します。
案内人をつける是非を弘前第31連隊との比較で論ずるなら、たいして(リーダー論的に)意味がありません。
問題は、山田少佐が(映画を見るかぎり)地図の見方、方位磁石の扱い方を熟知してなかったことです!これは非難されるべきです。挙句には磁石を凍らせてしまい、進藤特務曹長の具申(愚申?)を地図で裏づけせずに、行動にうつしたのです。
もしくは磁石を熟知していない自分をしっかりと認識して、磁石を熟知している人物(神田大尉)に判断をまかせて、行動の号令をかけるべきでした。
・自分が信じる機器の扱いは充分か?
徳島大尉と倉持見習士
徳島大尉と倉持見習士の確執は、小説だけの描写です。
作者の新田次郎は倉持見習士に、徳島大尉への『批判の眼』を向けさせています。
1)案内人に礼金の50銭をあたえる時と場所。
2)無駄口を叩いた者の名前を記録した。
3)たった2日間の研究結果を3日目には採用した。
4)軍人を泊める民間人の多大な出費についてどう思っているのか。
などなど。これは新田次郎さんの軍人にたいする思いが含まれているのでしょうか? 八甲田山中突入とともに倉持見習士の描写はなくなってしまいます。徳島大尉に納得したのか、それどころではなくなったのか。
倉持見習士の描写は徳島大尉の成功の秘訣を知るうえでもっとも重要な部分ではないでしょうか? 徳島(福島)大尉のイイ所だけ取りだけして、彼の「偉業」を評価してもなにもなりません。
・たいした検証も無く、現地採用する上司を自分ならどう感じるか?
・部下に批判の眼をむけられたらどのように対処すべきか?
案内人さわから学んだこと
十和田湖近くの村・宇樽部からの犬吠峠越え。
案内人は宇樽部村に嫁いできた女性のさわ。
狂乱する吹雪の中、彼女はふわりふわりと風雪をかわして進み、弘前第31連隊員たちはどうにか追いついているありさまです。村に着いてさわを先頭に行進し、ほんの数時間の同行なのに隊員たちはさわと離れ難く、別れ際にさわへ敬礼を捧げました。ホッとできる唯一(?)のシーンです。素晴しいです。
弘前第31連隊は、「自然に逆らわず、克服するのではなく、生きるための妥協点を強い勇気で合理的に求め」ました。結果は大成功ですが、それは行軍前から備わっていた「資質」では無く、行軍中に完成されたものではないでしょうか?
隊員たちの周到な準備と知識を、風雪が試し、案内人たちが不足している部分を補った。
もし青森第5連隊が案内人を同行したとしても、案内人から得る時間的な余裕なしに八甲田山中に突入しなければならなかったのです。成功のリーダーから何かを学ぶのではなく、成功のリーダーは何を学んだのか研究をするべきではないでしょうか?
徳島(福島)大尉の成功を讃えるリーダー論に、そのような視点がないことが残念です。(あったらスマヌ)
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「リーダー論」は自分に活かす糧だよ
「歴史の勉強会」や「読書感想文」じゃないんだから、青森第5連隊を「無能な無知な指揮官」による遭難だと解釈しちゃってお終いにするのは、実〜に薄っぺらで残念! 自分が無能で無知な人にならないようにするにはどうしたらよいのか、自分でもしっかりと考えて、経験豊かで博識な講師からそのためのヒントをいただきましょう。
自分のいるところは・・・
会社は一度くらいの準備不足や命令のミスでは倒産しないもの。人の信頼も一度の大失敗くらいでは、なかなか世間は見放してくれないけど、懲りずにくり返せば信頼を完全に失うハメに至るのです。
山田少佐は田代行きの判断間違いで、しっかりと反省しています。
せっかくの反省も、100年前の冬の八甲田山では、すべてが遅すぎました。
この事件の恐ろしいところは、「有能な指揮官が判断ミスを犯し、反省したけど、観測史上最悪の天候が反省に及ばず、致命的な結果に至った」ということです。
でもあなたのいるところは、観測史上最悪の天候が襲っている八甲田の軍事演習ではないのです。
身近にいるはずのさわ
そうならないための予防策としてリーダー研修があるのではないでしょうか?
そうならないために映画を観たり、小説を読んだ後に、私たちは何かを感じているのではないでしょうか?
自分とって「さわ」とは? 自分は「さわ」から何を学ぶのか? 自分は「さわ」から得た何かを活かせる人間なのか? 「さわ」は毎日、自分の周りのあらゆるものかも知れません。弘前31連隊隊員のように必死でいれば、吹雪の八甲田を越えられる何かを得られるのかも知れませんね。
おたがいガンバろうにゃ!
<了>