Media 「本・小説創作」ページメニュー
創作描写があったり、二次創作的な「本」をここに分類。
|
■小説 新田次郎
八甲田山死の彷徨・・・映画「八甲田山」原作 八甲田山・・・初代「八甲田山死の彷徨」 小説に書けなかった自伝・・・新田次郎エッセイ 白い花が好きだ・・・新田次郎エッセイ Death March on Mount Hakkoda・・・英訳本 名作朗読CD八甲田山・・・「八甲田山」朗読CD ■小説
吹雪の惨劇 第一部、第二部・・・実録小説 八甲田死の雪中行軍真実を追う・・・実録小説 雪中行軍始末・・・捜索活動を描いた小説 日露戦争1・・・日露戦争を描いた長編小説 白兵・・・事件の真相究明を命じられた将校 八甲田山死の誘い・・・八甲田山の殺人事件 樹氷・・・それぞれの視点の遭難事件 |
小説 新田次郎
「八甲田山死の彷徨」
映画「八甲田山」の原作
著/新田次郎、発行/新潮社、ハードカバー版1971(昭和46)年9月20日、文庫版1978(昭和53)年1月30日
新田次郎を代表するベストセラーであり、八甲田山雪中行軍遭難事件の存在を世間に知らしめた長編小説。史実を元にしているが、小説であるため、創作描写が含まれている。登場人物は仮名だが、史実のモデルが誰であるのか明らか。著者の趣味が登山であり、気象台職員であったこそ、力強いリアリティのある描写が、読者を吹雪の八甲田山の世界に誘う。読むたびに発見がある作品。
新潮社の恒例夏のキャンペーン「新潮文庫の100冊」に選出(9回目)
コピーは「愚かだ。断罪するのはたやすい。だが、男たちは懸命に自然と闘ったのだ。」
新潮社HP「八甲田山死の彷徨」のページ
新潮文庫の100冊HP
Amazon「八甲田山死の彷徨」のページ
1)
2)
3)
1)と2)ハードカバー版の表紙と帯(帯のデザインは何パターンかある)、3)文庫版表紙(旧版)
著/新田次郎、発行/新潮社、ハードカバー版1971(昭和46)年9月20日、文庫版1978(昭和53)年1月30日
新田次郎を代表するベストセラーであり、八甲田山雪中行軍遭難事件の存在を世間に知らしめた長編小説。史実を元にしているが、小説であるため、創作描写が含まれている。登場人物は仮名だが、史実のモデルが誰であるのか明らか。著者の趣味が登山であり、気象台職員であったこそ、力強いリアリティのある描写が、読者を吹雪の八甲田山の世界に誘う。読むたびに発見がある作品。
新潮社の恒例夏のキャンペーン「新潮文庫の100冊」に選出(9回目)
コピーは「愚かだ。断罪するのはたやすい。だが、男たちは懸命に自然と闘ったのだ。」
新潮社HP「八甲田山死の彷徨」のページ
新潮文庫の100冊HP
Amazon「八甲田山死の彷徨」のページ
1)
2)
3)
1)と2)ハードカバー版の表紙と帯(帯のデザインは何パターンかある)、3)文庫版表紙(旧版)
「八甲田山」
初代「八甲田山死の彷徨」
短編集「強力伝・孤島」に収録。「吹雪の幻影」(1955年9月発表)から「八甲田山」に改題。
著/新田次郎、新潮社、1965(昭和40)年7月30日
「遭難始末」を入手した新田次郎氏が執筆欲にまかせて書き上げた作品。弘前隊は登場せず、青森隊の雪中行軍を後藤伍長の視点で描いた作品。
新田次郎「八甲田山」「凍傷」読書会
平成22年2月21日(日)、山梨県立文学館、定員40名、無料(事前に「八甲田山」「凍傷」を読んで参加)文学館常設展示の文学者を中心に、その作品を読み、感想を述べ合う。
短編集「強力伝・孤島」に収録。「吹雪の幻影」(1955年9月発表)から「八甲田山」に改題。著/新田次郎、新潮社、1965(昭和40)年7月30日
「遭難始末」を入手した新田次郎氏が執筆欲にまかせて書き上げた作品。弘前隊は登場せず、青森隊の雪中行軍を後藤伍長の視点で描いた作品。
新田次郎「八甲田山」「凍傷」読書会
平成22年2月21日(日)、山梨県立文学館、定員40名、無料(事前に「八甲田山」「凍傷」を読んで参加)文学館常設展示の文学者を中心に、その作品を読み、感想を述べ合う。
「小説に書けなかった自伝」
「八甲田山死の彷徨」の書き出し
著/新田次郎、新潮社、1986(昭和51)年9月10日
『私は(中略)良い上役、同僚や、優秀な編集者とおつき合いができたから今日まで書き続けることができた』という著者が、『作家としての私と編集者がいかに密接なつながりを持っていたか』を書いたエッセイ。
どうしても長編小説で八甲田山の雪中行軍事件について書きたかった新田次郎さんは、青森を取材し、資料を入手して、執筆をはじめた。
小説の書き出しが決まらず4日間が過ぎていた新田次郎さんは、缶詰めしていた三浦海岸の新潮社の施設で起きた「ボヤ騒動」にインスピレーションを感じ、「工場の火事」を冒頭シーンとする長編小説を、『関車が轟音を上げて走り出した感じ』で150枚を10日ほどで書き上げた。・・・ということが分かるエッセイ。
著/新田次郎、新潮社、1986(昭和51)年9月10日
『私は(中略)良い上役、同僚や、優秀な編集者とおつき合いができたから今日まで書き続けることができた』という著者が、『作家としての私と編集者がいかに密接なつながりを持っていたか』を書いたエッセイ。
どうしても長編小説で八甲田山の雪中行軍事件について書きたかった新田次郎さんは、青森を取材し、資料を入手して、執筆をはじめた。
小説の書き出しが決まらず4日間が過ぎていた新田次郎さんは、缶詰めしていた三浦海岸の新潮社の施設で起きた「ボヤ騒動」にインスピレーションを感じ、「工場の火事」を冒頭シーンとする長編小説を、『関車が轟音を上げて走り出した感じ』で150枚を10日ほどで書き上げた。・・・ということが分かるエッセイ。
「白い花が好きだ」
新田次郎氏が短編小説「八甲田山」を書き上げるまで
「白い花が好きだ」―八甲田山死の彷徨 『遭難始末』との出会い―
著/新田次郎、光文社、1987(昭和62)年11月20日
新田次郎氏は、古書店で偶然手にした「遭難始末」をもとにして、短編小説「八甲田山」を書き上げた。さらに長編小説として書き直すときに研究家の小笠原弧酒氏の案内で現地取材をし、さらに独自の取材を経て「八甲田山死の彷徨」を書き上げた・・・ということが分かるエッセイ。
「白い花が好きだ」―八甲田山死の彷徨 『遭難始末』との出会い―著/新田次郎、光文社、1987(昭和62)年11月20日
新田次郎氏は、古書店で偶然手にした「遭難始末」をもとにして、短編小説「八甲田山」を書き上げた。さらに長編小説として書き直すときに研究家の小笠原弧酒氏の案内で現地取材をし、さらに独自の取材を経て「八甲田山死の彷徨」を書き上げた・・・ということが分かるエッセイ。
「Death March on Mount Hakkoda」
新田次郎小説「八甲田山死の彷徨」英訳バージョン
翻訳/James Westerhoven、STONE BRIDGE PRESS、1992年9月1日
James Westerhoven氏は、弘前大学教育学部英語教育講座教授。あの名シーンが英語で蘇る。本書を入手するため都内の洋書店を探しまわっていた管理人。アメリカに行かなきゃダメか・・・と本気で思ってたら、灯台もと暗し!Amazonで簡単に買えるのだ。便利になった。
翻訳/James Westerhoven、STONE BRIDGE PRESS、1992年9月1日James Westerhoven氏は、弘前大学教育学部英語教育講座教授。あの名シーンが英語で蘇る。本書を入手するため都内の洋書店を探しまわっていた管理人。アメリカに行かなきゃダメか・・・と本気で思ってたら、灯台もと暗し!Amazonで簡単に買えるのだ。便利になった。
朗読CD「強力伝/八甲田山」
短編小説「八甲田山」の朗読CD
著/新田次郎、新潮社、2002(平成14)年2月20日、朗読/渡辺 徹
朗読は「ラガー刑事」の渡辺徹さん。彼は文学座所属の舞台経験も多い実力派俳優なのだ。渡辺徹さんが『八甲田山』を演じるなら伊東中尉役かな?
聴く文学としての「朗読CD」は現在130余タイトル。新潮社「朗読CD」ページ
著/新田次郎、新潮社、2002(平成14)年2月20日、朗読/渡辺 徹朗読は「ラガー刑事」の渡辺徹さん。彼は文学座所属の舞台経験も多い実力派俳優なのだ。渡辺徹さんが『八甲田山』を演じるなら伊東中尉役かな?
聴く文学としての「朗読CD」は現在130余タイトル。新潮社「朗読CD」ページ
小説
「吹雪の惨劇 第一部」、「吹雪の惨劇 第二部」
孤高の研究家・小笠原弧酒
「吹雪の惨劇 第一部」(前夜編、行軍編)・・・著/小笠原弧酒、自費出版、1970(昭和45)年9月1日、1050円
「吹雪の惨劇 第二部」(遭難編、葛藤編)・・・著/小笠原弧酒、自費出版、1974(昭和49)年9月1日、1050円
小説か研究誌かよくわからない本。著者はノンフィクション(実録)のつもりで書いたはず。「拾い物情報」が何気なくあるのであなどれない。情報のニュースソースが不明なのが困ったものだ。銅像茶屋にて購入可能。
小笠原弧酒氏は元新聞記者で、私財を使い切って雪中行軍遭難事件を取材した。映画「八甲田山」ブームのときは研究家としてテレビに出演していたが、後年は必ずしも恵まれなかったようだ。雪中行軍遭難事件研究の最大の功労者だが、研究を「後世の者に引き継ぐ」発想が無かっただの。無念。(気持ちは分からないでもない)
「吹雪の惨劇」は、青森隊と弘前隊の行軍を「比較する」という画期的な体裁の本だ。「八甲田山死の彷徨」執筆前に取材で小笠原弧酒氏に会った新田次郎は、『まことに奇妙な体裁の本』と、ややネガティブな評価をしているが(「白い花が好きだ」にて)、両隊を同じテーブルに乗せて論ずる思考は、大きなヒントになったはずである。
上段が青森第5連隊、下段が弘前第31連隊→
「吹雪の惨劇 第一部」(前夜編、行軍編)・・・著/小笠原弧酒、自費出版、1970(昭和45)年9月1日、1050円
「吹雪の惨劇 第二部」(遭難編、葛藤編)・・・著/小笠原弧酒、自費出版、1974(昭和49)年9月1日、1050円
小説か研究誌かよくわからない本。著者はノンフィクション(実録)のつもりで書いたはず。「拾い物情報」が何気なくあるのであなどれない。情報のニュースソースが不明なのが困ったものだ。銅像茶屋にて購入可能。小笠原弧酒氏は元新聞記者で、私財を使い切って雪中行軍遭難事件を取材した。映画「八甲田山」ブームのときは研究家としてテレビに出演していたが、後年は必ずしも恵まれなかったようだ。雪中行軍遭難事件研究の最大の功労者だが、研究を「後世の者に引き継ぐ」発想が無かっただの。無念。(気持ちは分からないでもない)
「吹雪の惨劇」は、青森隊と弘前隊の行軍を「比較する」という画期的な体裁の本だ。「八甲田山死の彷徨」執筆前に取材で小笠原弧酒氏に会った新田次郎は、『まことに奇妙な体裁の本』と、ややネガティブな評価をしているが(「白い花が好きだ」にて)、両隊を同じテーブルに乗せて論ずる思考は、大きなヒントになったはずである。上段が青森第5連隊、下段が弘前第31連隊→
「八甲田死の雪中行軍真実を追う」
孤高の記者・小笠原弧酒
著/三上悦雄、河北新報出版センター、2004(平成16)年7月
著者は元毎日新聞記者。赴任先で小笠原弧酒氏と出会い、小笠原弧酒氏が亡くなると、小笠原弧酒氏の意思を継ぐように、雪中行軍遭難事件の研究をはじめた。著者も亡くなると、著者に代わって記者仲間が本書を出版した。
私財を使い果たして雪中行軍遭難事件の取材をした小笠原弧酒氏の情熱は、この事件を「広めたい」気分と、「ひとり占めにしたい」気分で相反していた。小笠原弧酒氏の不器用な生き様は、読んでいて辛くなる。
『八甲田山死の彷徨』を書くための新田次郎氏の現地取材に、積極的に協力した小笠原弧酒氏は、「同じ時期に雪中行軍していた弘前隊がいた」ことを新田氏に教える。たぶん、この「情報」がなければ、小説の内容は違っていたはずである。
雪中行軍遭難事件と、研究者・小笠原弧酒氏と、作家・新田次郎氏の関わりが分かる良書であるが、創作描写があるので、「小説」として分類した。
著/三上悦雄、河北新報出版センター、2004(平成16)年7月著者は元毎日新聞記者。赴任先で小笠原弧酒氏と出会い、小笠原弧酒氏が亡くなると、小笠原弧酒氏の意思を継ぐように、雪中行軍遭難事件の研究をはじめた。著者も亡くなると、著者に代わって記者仲間が本書を出版した。
私財を使い果たして雪中行軍遭難事件の取材をした小笠原弧酒氏の情熱は、この事件を「広めたい」気分と、「ひとり占めにしたい」気分で相反していた。小笠原弧酒氏の不器用な生き様は、読んでいて辛くなる。
『八甲田山死の彷徨』を書くための新田次郎氏の現地取材に、積極的に協力した小笠原弧酒氏は、「同じ時期に雪中行軍していた弘前隊がいた」ことを新田氏に教える。たぶん、この「情報」がなければ、小説の内容は違っていたはずである。
雪中行軍遭難事件と、研究者・小笠原弧酒氏と、作家・新田次郎氏の関わりが分かる良書であるが、創作描写があるので、「小説」として分類した。
「雪中行軍始末」
三神少尉とアイヌ捜索隊のその後の雪中行軍
著/小田原金一、津軽書房、1981(昭和56)年1月23日/発行
小田原金一氏は大正6年生まれで、青森幸畑で幼少時代を過ごし、祖父や父親から事件当時のことを伝え聞いていた。本書は、自殺を図りかねない倉石大尉、見守る三神少尉、民族の英知を活かすアイヌの「捜索活動」が描かれている。津川連隊長が悪者役になっている。
「雪中行軍始末」は入手困難で、復刊ドットコム「雪中行軍始末」復刊リクエスト投票で復刊活動が細々と行われている。数年前に版元の津軽書房の経営困難が伝わったが、どうなったのだろう。
小田原金一氏の「北辺の嵐」は、第75回(昭和51年上半期)「直木賞」候補になった。
直木賞非公式サイト(選考員による評言も載っている)
小田原金一プロフィール_青森県近代文学館の調査員による報告
著/小田原金一、津軽書房、1981(昭和56)年1月23日/発行小田原金一氏は大正6年生まれで、青森幸畑で幼少時代を過ごし、祖父や父親から事件当時のことを伝え聞いていた。本書は、自殺を図りかねない倉石大尉、見守る三神少尉、民族の英知を活かすアイヌの「捜索活動」が描かれている。津川連隊長が悪者役になっている。
「雪中行軍始末」は入手困難で、復刊ドットコム「雪中行軍始末」復刊リクエスト投票で復刊活動が細々と行われている。数年前に版元の津軽書房の経営困難が伝わったが、どうなったのだろう。
小田原金一氏の「北辺の嵐」は、第75回(昭和51年上半期)「直木賞」候補になった。
直木賞非公式サイト(選考員による評言も載っている)
小田原金一プロフィール_青森県近代文学館の調査員による報告
「日露戦争」第1巻
司馬だけじゃない日露戦争本
「日露戦争」第1巻 『八甲田山の悲劇』、『死の彷徨』、『天に見捨てられる』
著/児島 襄、文春文庫、1994(平成6)年1月10日(文庫版)
自民党の機関誌「月刊 自由民主」に連載されていた小説で、『八甲田山の悲劇』は1982(昭和57)年8月号に掲載された。絶版だが古書店など入手可能。図書館にも置いてある。読みやすい。
「日露戦争」第1巻 『八甲田山の悲劇』、『死の彷徨』、『天に見捨てられる』著/児島 襄、文春文庫、1994(平成6)年1月10日(文庫版)
自民党の機関誌「月刊 自由民主」に連載されていた小説で、『八甲田山の悲劇』は1982(昭和57)年8月号に掲載された。絶版だが古書店など入手可能。図書館にも置いてある。読みやすい。
「白兵」
黒溝台に消える山口少佐の死の真相
著/北上秋彦、講談社、2001(平成13)年2月28日
舞台は日露戦争の激戦地、黒溝台。八甲田山雪中行軍遭難事件を調査する津上少尉(架空の人物)は、当事者の倉木(倉石)大尉や鮫島(福島)大尉から真相を聞きだそうとするが・・・というストーリー。著者はファンサイトの小説を参考にしたらしいが、ともあれ、事件をネタにした小説がもっと書かれると良いなと思う。
著/北上秋彦、講談社、2001(平成13)年2月28日舞台は日露戦争の激戦地、黒溝台。八甲田山雪中行軍遭難事件を調査する津上少尉(架空の人物)は、当事者の倉木(倉石)大尉や鮫島(福島)大尉から真相を聞きだそうとするが・・・というストーリー。著者はファンサイトの小説を参考にしたらしいが、ともあれ、事件をネタにした小説がもっと書かれると良いなと思う。
「八甲田山死の誘い」
八甲田山で起きた登山パーティー遭難事故
著/梓林太郎、済堂出版、1992(平成4)年10月1日
冬の八甲田で登山パーティーが遭難。たった一人の生還者も刺殺された。はたして遭難事故と刺殺事件の因果関係はあるのか?八甲田が舞台なので雪中遭難事件についても触れられている。テレビドラマ化された。
著/梓林太郎、済堂出版、1992(平成4)年10月1日冬の八甲田で登山パーティーが遭難。たった一人の生還者も刺殺された。はたして遭難事故と刺殺事件の因果関係はあるのか?八甲田が舞台なので雪中遭難事件についても触れられている。テレビドラマ化された。
「樹氷」
青森隊それぞれの視点で描かれる遭難事件
著/高野眞造、自費印刷?、1977(昭和52)年1月20日
青森第5連隊の雪中行軍が、後藤伍長、神成大尉、倉石大尉、山口少佐、長谷川特務曹長、村松伍長、捜索隊それぞれの視点のエピソードで語られてゆく小説。記述が素朴だが、かえってそれが、生還者の独白を聞いているようである。入手は困難。希望者は江刺市立図書館にて閲覧可能
筆者は自衛隊任官中に遭難事件の研究をして小説を書き上げた。作品自体は昭和39年に仕上がっていたが、10年後にようやく印刷・発行された。誰よりはやく本格的(?)な小説を書いたことは評価してよいのではないか?生還者・小原忠三郎さんの感想(!)あり。なお、入手にあたってM氏にご尽力いただいた。感謝!
著/高野眞造、自費印刷?、1977(昭和52)年1月20日
青森第5連隊の雪中行軍が、後藤伍長、神成大尉、倉石大尉、山口少佐、長谷川特務曹長、村松伍長、捜索隊それぞれの視点のエピソードで語られてゆく小説。記述が素朴だが、かえってそれが、生還者の独白を聞いているようである。入手は困難。希望者は江刺市立図書館にて閲覧可能
筆者は自衛隊任官中に遭難事件の研究をして小説を書き上げた。作品自体は昭和39年に仕上がっていたが、10年後にようやく印刷・発行された。誰よりはやく本格的(?)な小説を書いたことは評価してよいのではないか?生還者・小原忠三郎さんの感想(!)あり。なお、入手にあたってM氏にご尽力いただいた。感謝!
児童書
「おはなし歴史風土記2」
小原忠三郎伍長の視点の絵本
「おはなし歴史風土記2」―ふぶきの八甲田山―
著/青森県編・歴史教育者協議会、岩崎書店、1983年2月10日
児童書。小原忠三郎伍長視点の8ページの郷土史。
「おはなし歴史風土記2」―ふぶきの八甲田山―
著/青森県編・歴史教育者協議会、岩崎書店、1983年2月10日
児童書。小原忠三郎伍長視点の8ページの郷土史。
「日本の怪談8」
子供向けの都市伝説本
「日本の怪談8」―八甲田山の雪中行軍―
著/小暮正夫(児童文学者)、画/阿部公洋(画家)、岩崎書店、1995年2月10日
昔から伝わる怪談から、人面犬・口さけ女など最近の都市伝説までを掲載しているシリーズ本。
冬の満月の夜になると、『凍死した兵士たちのものがなしい声が聞こえてくる』ので、村人は火を燃やし食べ物をそなえて霊をなぐさめた・・・。史実の名前を使っているが、史実と違う部分がある。
「日本の怪談8」―八甲田山の雪中行軍―
著/小暮正夫(児童文学者)、画/阿部公洋(画家)、岩崎書店、1995年2月10日
昔から伝わる怪談から、人面犬・口さけ女など最近の都市伝説までを掲載しているシリーズ本。
冬の満月の夜になると、『凍死した兵士たちのものがなしい声が聞こえてくる』ので、村人は火を燃やし食べ物をそなえて霊をなぐさめた・・・。史実の名前を使っているが、史実と違う部分がある。
戯曲
雪と背嚢 八甲田山の歌
プロレタリアート風味のラジオドラマ化戯曲
「井上光晴戯曲集 蜘蛛たち」―雪と背嚢―
著/井上光晴(小説家)、潮出版社、1978(昭和53)年
兵卒が主人公のプロレタリアート的作品。この戯曲は1961年(月日は不明)にNHKでラジオドラマ化された。
登場人物は、老夫婦、兵卒、花街の女、故郷の母と娘(むすめ)など
雪中行軍の準備でバタバタしている青森歩兵隊。銃の掃除がよくないと下士官になぐられる兵卒たち。彼らの楽しみは兵役満期後の生活について話し合うことだ。
雪中行軍当日。橇隊が遅れ、隊列が乱れる行軍隊。
目的地に着かないうちに暗くなって雪の八甲田山で露営。夜中に再出発したが、猛吹雪で目的を失う。帰営か前進か?どこに向かって自分は歩いているのか。・・・わからないままに兵卒たちは歩き続ける。
上官が倒れ、眼がみえなくなる。神成大尉が「凍傷の者は銃をこの場に残すように」と通達したが、兵卒たちは銃を手放さなかった。――「武器は汝ノ生命ナルゾ」――と上官に教えられてきたからだ。
「井上光晴戯曲集 蜘蛛たち」―雪と背嚢―
著/井上光晴(小説家)、潮出版社、1978(昭和53)年
兵卒が主人公のプロレタリアート的作品。この戯曲は1961年(月日は不明)にNHKでラジオドラマ化された。
登場人物は、老夫婦、兵卒、花街の女、故郷の母と娘(むすめ)など
雪中行軍の準備でバタバタしている青森歩兵隊。銃の掃除がよくないと下士官になぐられる兵卒たち。彼らの楽しみは兵役満期後の生活について話し合うことだ。
雪中行軍当日。橇隊が遅れ、隊列が乱れる行軍隊。
目的地に着かないうちに暗くなって雪の八甲田山で露営。夜中に再出発したが、猛吹雪で目的を失う。帰営か前進か?どこに向かって自分は歩いているのか。・・・わからないままに兵卒たちは歩き続ける。
上官が倒れ、眼がみえなくなる。神成大尉が「凍傷の者は銃をこの場に残すように」と通達したが、兵卒たちは銃を手放さなかった。――「武器は汝ノ生命ナルゾ」――と上官に教えられてきたからだ。
マンガ
「ふぶきの戦記 八甲田山」
「ジャンボ特選読み切り100ページ」特別企画作
画/阿部兼士、協力/和田としあき、秋田書房、原作/新田次郎「八甲田山死の彷徨」(新潮社刊)
前編・・・週刊少年チャンピオン1973(昭和48)年3月12日号、50ページ(巻頭カラー7ページ)
後編・・・週刊少年チャンピオン1973(昭和48)年3月19日号、50ページ
阿部兼士氏は、1970年代にチャンピオンやマガジンで活躍。『銭っ子』なつかしい
この作品の素晴らしい所は、映画「八甲田山」が作られる前のマンガなのに、映画「八甲田山」の猛吹雪がそのまま誌面に再現(?)されていることなのだ。阿部兼士氏は映画を観てから描いたのでは?と疑いたくなるキャラクターデザインと、迫真の吹雪シーンなのだ。同じ号に連載の『ドカベン』はまだ柔道部編。
■前編
画/阿部兼士、協力/和田としあき、秋田書房、原作/新田次郎「八甲田山死の彷徨」(新潮社刊)
前編・・・週刊少年チャンピオン1973(昭和48)年3月12日号、50ページ(巻頭カラー7ページ)
後編・・・週刊少年チャンピオン1973(昭和48)年3月19日号、50ページ
阿部兼士氏は、1970年代にチャンピオンやマガジンで活躍。『銭っ子』なつかしい
この作品の素晴らしい所は、映画「八甲田山」が作られる前のマンガなのに、映画「八甲田山」の猛吹雪がそのまま誌面に再現(?)されていることなのだ。阿部兼士氏は映画を観てから描いたのでは?と疑いたくなるキャラクターデザインと、迫真の吹雪シーンなのだ。同じ号に連載の『ドカベン』はまだ柔道部編。
■前編
津村中佐からプレッシャーを受ける山田少佐。■後編
大峠の「帰営するかどうか会議」で下士官の「帰営反対」に同調して「前進」号令を出す山田少佐。
山田少佐は「独善的な堅物」のイメージがあるけど、実は「人に左右されやすい」のかも。
津村中佐 「案内人は必要か?」
- プロローグ(巻頭カラー7ページ含む)
- 「冬の八甲田を歩いてみないか」会議
- 弘前の徳島大尉宅に神田大尉が訪問・・・スーツ姿の神田大尉。着物姿で独身設定の徳島大尉。
- 弘前隊・・・徳島大尉、上官に行軍計画を説得
- 青森隊・・・山田少佐と津村中佐の会話(意訳)
山田少佐 「現地(戦地)で案内人がたてられるでしょうか?」
津村中佐 「弘前連隊に遅れては我が隊の恥になる」
山田少佐 (「恥」の言葉にかなりのショックを受ける)
山田少佐が村人の案内を断る→天候悪化→永井軍医が中止を神田大尉に提言→「帰営するかどうか会議」→ほぼ帰営(山田少佐もその気)→下士官は帰営せず→態度を豹変し「出発」号令する山田少佐
- 青森隊・・・予行演習により、雪中行軍は大隊編成にすることを決定
- 青森隊・・・長谷部一等卒が外出許可願い(兵舎で、徳島大尉からの封書を神田大尉に渡しながら)
- 両隊出発
- 青森隊・・・大峠の「帰営するかどうか会議」
後編は終始遭難シーン。50ページしかないので、弘前隊の行軍シーンや、案内人さわのエピソードがカットされている。山田少佐の救助から自決までの描写が1コマしかなく残念だが、一方で、神田大尉の最期を丁寧に描写している。最期まで上層部から与えられるプレッシャーが脳裏をよぎる神田はあわれである。
徳島大尉「もうだいじょうぶだ。全員、31連隊が救助しましたぞ」
神田大尉「ご苦労をおかけしました・・・自分がいたらぬばかりに」幻想の徳島に頭を下げる神田。これを読んだ少年たちは、どう感じたのでしょうか?(後編の本文より。秋田書店さまスミマセン)
←後編の表紙
←そのアップ
「ドラえもん」
国民的マンガでの映画「八甲田山」パロディ
■「ドラえもん」第17巻 「あちこち引越そう」
著/藤子・F・不二雄、小学館(てんとう虫コミックス)、1979(昭和54)年7月
「引越ししたい!」のび太くんのためにドラえもんが取り出したのは「ひっこしセット」。ボタンひとつで映画館裏の空き地へ野比家の引越しは完了。映画館が隣になって喜んでいたのもつかの間、空き地を駐車場にする工事がはじまった・・・。引越し偵察機「ミニハウス」が飛ぶシーン。映画館の看板が「十甲田山」と「やさい戦艦トマト」。
■「ドラえもん」第18巻 「ドライブはそうじ機に乗って」
著/藤子・F・不二雄、小学館(てんとう虫コミックス)、1980(昭和55)年1月
スネ夫のいとこのスーパーカーに乗れなかったり、なにもかもうまくいかないのび太くん。そこでドラえもんが取り出したのは「無生物さいみんメガフォン」。無生物な物体が催眠術で変身しちゃう機械なのだ。スーパーカーに変身した掃除機に乗って、怒っているママから逃げ出したが・・・。「神さまはぼくを見はなした」と大泣きするのび太くん。「そんな大げさなものでもないけどね」とクールな反応のドラえもん。
■「ドラえもん」第17巻 「あちこち引越そう」
著/藤子・F・不二雄、小学館(てんとう虫コミックス)、1979(昭和54)年7月
「引越ししたい!」のび太くんのためにドラえもんが取り出したのは「ひっこしセット」。ボタンひとつで映画館裏の空き地へ野比家の引越しは完了。映画館が隣になって喜んでいたのもつかの間、空き地を駐車場にする工事がはじまった・・・。引越し偵察機「ミニハウス」が飛ぶシーン。映画館の看板が「十甲田山」と「やさい戦艦トマト」。
■「ドラえもん」第18巻 「ドライブはそうじ機に乗って」
著/藤子・F・不二雄、小学館(てんとう虫コミックス)、1980(昭和55)年1月
スネ夫のいとこのスーパーカーに乗れなかったり、なにもかもうまくいかないのび太くん。そこでドラえもんが取り出したのは「無生物さいみんメガフォン」。無生物な物体が催眠術で変身しちゃう機械なのだ。スーパーカーに変身した掃除機に乗って、怒っているママから逃げ出したが・・・。「神さまはぼくを見はなした」と大泣きするのび太くん。「そんな大げさなものでもないけどね」とクールな反応のドラえもん。
その他
「VOW(バウ) 11」
下世話物件サブカル誌
製作総指揮/古矢 徹、宝島社、1999年7月12日
チラシのVOW(バウ)物件
投稿人コメント 「八甲田山なのでしょうか・・・・・・」
編集人コメント 「八甲のおいしい水・・・。なんか陸軍部隊の怨念がこもっていそうな・・・。」「六甲」に反応しちゃうのは「八甲田山」ファンの基本です
製作総指揮/古矢 徹、宝島社、1999年7月12日チラシのVOW(バウ)物件
投稿人コメント 「八甲田山なのでしょうか・・・・・・」
編集人コメント 「八甲のおいしい水・・・。なんか陸軍部隊の怨念がこもっていそうな・・・。」「六甲」に反応しちゃうのは「八甲田山」ファンの基本です
「霧の密約」
日英同盟をめぐる創作時代小説
著/伴野 朗、朝日新聞社、1955年10月1日
1901年ロンドンで、日英同盟を阻止すべく、もと京劇の女形「朱雀」の暗躍を描いた小説。この小説のなかで、八甲田山雪中行軍遭難事件は、『日英同盟締結前夜の出来事であり、ともにロシアを意識下においての行動であった。』として、事件を報じた朝日新聞の記事を抜粋して紹介している。事件については史実だが、創作小説に書かれているというわけで「その他」に分類しました。
Amazon「霧の密約」(伴野 朗)
著/伴野 朗、朝日新聞社、1955年10月1日
1901年ロンドンで、日英同盟を阻止すべく、もと京劇の女形「朱雀」の暗躍を描いた小説。この小説のなかで、八甲田山雪中行軍遭難事件は、『日英同盟締結前夜の出来事であり、ともにロシアを意識下においての行動であった。』として、事件を報じた朝日新聞の記事を抜粋して紹介している。事件については史実だが、創作小説に書かれているというわけで「その他」に分類しました。
Amazon「霧の密約」(伴野 朗)
後編は終始遭難シーン。50ページしかないので、弘前隊の行軍シーンや、案内人さわのエピソードがカットされている。山田少佐の救助から自決までの描写が1コマしかなく残念だが、一方で、神田大尉の最期を丁寧に描写している。最期まで上層部から与えられるプレッシャーが脳裏をよぎる神田はあわれである。
←後編の表紙
←そのアップ