10月11日に退院してまず最初にした事・・・尿漏れパットを買いに行った。入院中一度だけ夜寝ていて下着とパジャマが、濡れていた事があった。漏らしたといっても、シーツまでは濡れていないくらいだったけど、家で漏らしたりして子供達に見られたら恥ずかしいと思ったし、パットのような便利な物があるのならどんどん利用した方が良いと思ったしね。3日間位は寝る時にあてていたけど、漏らす事もなかったのでやめてしまった。10月23日の外来日までは、ほとんど寝ていた。浮腫んだりは無かったけど、傷もまだ痛かったし、少し動くだけでくたびれてしまったし。10月25日は幼稚園のバザーがあった。この日を目標にしていたので退院していられて良かった。開会の挨拶もした。売り場を椅子に座ったまま少しお手伝いをしたけど、しばらくすると痛み止めが切れてきて退場。この後10月一杯は静かに静養したけど11月1日、2日と温泉に行ってしまいました。結構、傷跡は生々しくてジロジロ見られたけど、気持ち良かった!
11月(術後2ヶ月)
2週目にはほとんど普通に生活してた。役員の活動もしたしランチも行ったし、29日飲みも・・!
ただ、傷の方はまだだいぶ痛かった。走ったりは出来なかった。
12月(術後3ヶ月)
全く元気でした。車も自分で運転していたし。うつ伏せも出来るようになった。排尿は問題なし。排便はカマだけで調整出来ているけど、散々トイレにこもった挙句こんなちょっとを出すのに・・・って思う事も度々。みんなが心配するので結構食べるようになった。クリスマスイブを家族で祝っている時、夫の姉からお母さんが入院したと連絡があった。この時はそんなに大変な事とは思わずに25日から学校が冬休みに入るので26日にC県M市の実家のそばの病院に行く事にした。夫と病院に行くと人工呼吸器をつけたお母さんの姿があった。大腸がんの末期だった。私の手術の後、国立がんセンターに姉と来てくれたのに。緊急で人工肛門の手術もしたけれど、12月28日に亡くなった。29日、30日でお通夜と告別式。夫が泣いていた。両親ともがんで亡くすなんて、言葉かけられなかった。私はヒールのある靴を履いたり、ずーっと立っていたので浮腫みが出た。
1月(術後4ヶ月)
この頃になるとだいぶ落ち着いてきた感じ。相変わらず排便のコントロールは苦労してたけど。尿意はかなりたまった時は分かるようになってきた。1月は子供の入園や入学準備、歯医者さんに行ったり、役員の仕事も普通にしてた。月末は飲み会もあって朝帰りしてたし、痛み止めも全く必要なくなっていました。外来もあっさりと終ったし、術後以来やっと体調が戻ったという感じ。
2月(術後5ヶ月)
年度末の3月を前にいろいろまとめたり、打ち上げやランチが頻繁にありました。食欲も困ったなぁ・・と思うくらいあって体重も順調に戻ってきたし,子供達も落ち着いてきました。
3月(術後6ヶ月)
とうとう次男の卒園の月。夏に病気を告知されて入院、手術とあっと言う間のようなものすごく長い月日だったような・・・。入院中は卒園式なんて出られると思えなかった。支えてくれた家族や友人に感謝!PTAの最後の仕事の総会では、副会長のS本っちに感謝の手紙を突然読まれてしまい、笑って終ろうとしたけど、やっぱり号泣してしまった。だけど、会長という立場で病気になって2ヵ月近く何にも出来ずに、迷惑をかけてしまったけれど、大勢の前でマイクを持ってしゃべれる時に病気になったのはみんなに検診や体を大事にして言える訳で。なんかこの時を選んで病気になったような。うまく言えないけれど、私のようにがんなんてならないでほしい。みんな元気なお母さん達でいてほしいって心から思ってる。卒園式では司会とSMAPも踊り付きで歌った(世界に一つだけの花・・紅白バージョン)私は中居君をやった指に包帯付きで(苦笑)泣いてるんだか歌ってるんだかよく分かんなかったけど、燃え尽きた〜!!
4月(術後7ヶ月)
新年度が始まり、次男が小学校、三男が幼稚園の年少にそれぞれが新しい世界に飛び込んでいく。親子共々、楽しい日々になりますように。今はどこも痛いところも無いし、排尿、排便とも絶好調


