1967年 和歌山県生まれる。
      和歌山市立雑賀小学校
      和歌山市立西浜中学校
      和歌山県立桐蔭高校を卒業。
1986年 京都大学法学部に入学。
       京大現代法学研究会を立ち上げ
   日本民主青年同盟に加盟。
   日本共産党に入党。
■水俣病訴訟支援!
 「社会正義の実現」めざし、弁護士を志望。水俣病訴訟を支援する京大学生連絡会をつくって、学業とともに患者さんの支援の運動に飛び込む。
戦争で苦労した母親は、決して戦争する日本にしてはならないと繰り返し私に教えました。
■日本共産党
 社会正義と平和に献身する姿にあこが日本共産党に入党しました。
<学生時代に書いた手記です>

水俣病第三次訴訟の支援活動に参加して

 環境省を埋め尽くした「ノーモアミナマタ」ののぼりと大漁旗と200人の人々の前に運命の時がやってきた。最初に「国を裁く画期的判決」とかかり、続いて「全面勝訴」の垂れ幕がかかり、人々がどよめいた。3月30日午後1時ころだった。

 今回特に印象に残ったのは、2回目の交渉だ。中山さんの、静かだが怒りに満ちた言葉は、胸に響いた。切々と、時には大声を張り上げて訴える患者さんの姿に涙をながした。

 「ここにいる人たちは、患者さんなんですよ。あなたがそうやって逃げている間に、シヌかもしれないんですよ。」と叫んだ女性の弁護士の言葉はショックだった。

 さすがに、チッソ本社の副社長は、声もだせなかった。

  支援の人々のやさしさ
   たたかう水俣病患者の人の強さ
  困難に立ち向かう人の美しさ

   もうひとつ、

    公害根絶への希望が見えた

それは、労働者の真剣な支援の広がりと、公害根絶を求める世論の広がりだ。大変力強く感じた。

■学生の権利を守ろう!
 教養部自治会常任委員、自治会連絡協議会事務局長として、学生の生活と権利を守る活動に取り組む。
1991年 京大法学部を卒業
      日本民主青年同盟の専従スタッフに
1995年阪神大震災発生
 支援ボランティア活動に参加。
1999年 日本民主青年同盟中央副委員長
18歳選挙権の実現をもとめる提言を発表し、青年の政治参加を広げようと運動。
2002年 日本共産党京都府委員会
         憲法平和運動部長に
憲法9条を守る市民の共同づくりのために地域や大学を歩き回る毎日。
2003年11月 衆議院選挙に立候補。
          日本共産党京都2区代表
イラク戦争反対のピースウォークや平和集会などに積極的に参加。
こんな学生でした!
原としふみ
日本共産党/京都2区代表
1996年 民青同盟京都府委員長