冗談宗教

冗談宗教について一通り調べてみた。なお、ここで言う冗談宗教とは、冗談「みたいな」宗教の意味で、パロディ宗教とは少し異なる。つまり、一見冗談としか思えないが、一応宗教としても機能できるもの、である。

空飛ぶスパゲッティ・モンスター教

これは日本語版ウィキペディアでも紹介されているので、ここで繰り返し紹介はしない。その本来的な聖典は有料の本だが、聖書を模したより本来的な聖典は無料で読める。ただし英語 (以下、特に明示しない限りは同様) で、著作権保護下にあるので勝手に翻訳はできないのであしからず。なお、般若心経のマントラ「ギャーティ、ギャーティ、ハラギャーティ、ハラソウギャーティ、ボーディスヴァーハ」が、「ゲッティ、ゲッティ、スパゲッティ、そらスパゲッティ、ボール 2、ソースなし」(英語なら Ghetti, ghetti, spaghetti, flying spaghetti, balls two, sauce I have とするべきだろう) へと読み替えられるのは公然の秘密であろうか。この場合、舎利子は調理師、五蘊はご飯、色は食器とすべきと思う。ご飯無い心境からついに空飛ぶスパゲッティ・モンスターを見い出すに至る過程を語るものであろうか。

タルヴ教

リンク先は当方による教義の翻訳ページ。上と類似した傾向のものだが、教義 (Tarvupedia) がオープンライセンス (CC-BY-NC-SA) なため、非営利目的なら翻訳も自由であるのでこれも紹介しておく。イギリスのお笑い系プロデューサーであるロバート・ポッパー (Robert Popper) とコメディアン (日本では、ダース・モールの声担当の方がいくらかでも有名か) のピーター・セラフィノイス (Peter Serafinowicz) が 2008 年頃に作ったため、先行の冗談宗教の良いところを取り入れつつ、モンティ・パイソンのような英国風ナンセンスに包んだ割と上品なテイストになっている (凝りまくったダジャレもないようなので、翻訳もほかのに比べれば簡単そう)。頭足類 (特にイカフライ) と炭酸水の飲食禁止という縛りがちょっとキツいが、同時にタルヴの祈り (タルヴ・タルヴーティ、アブヌー・クトゥティ、ミミン・オティビ・ヌーナ、ムドフィティ・フィティ・ヌーナ、アルヴ・イメンティバルヴ、タルヴ) を毎日朝の目覚め、夜寝る前、およびトイレを出た後に唱えさえすればそれだけで誰でもタルヴ教徒である、ともされているので、絶対厳守の縛りというわけでもないようだ。

亜天才教会

リンク先は英語版ウィキペディアである (以下、特に明示しない限りは同様)。聖典をはじめ、ほとんどどんな事からも金をせしめんとする教義だが (伝説上の教祖がセールスマンなので)、幸いにもマニフェストが事実上のパブリック・ドメインとして無料で読める (本家サイトにあるマニフェストは、もはやパブリック・ドメイン相当ではないようだ)。とはいえ、このような冗談系はスラングやダジャレ多用の上に聖書やキリスト教会の書式などの表現を真似ているので、たいてい翻訳はかなり難しい部類になる。いずれ、亜天才教会は冗談系では最も過激で、過去に何度か警察沙汰すらおこしているようなので、アナーキー万歳な人でもなければ関わらない方が無難なようだ。

見えざるピンクのユニコーン崇拝

リンク先は日本語版ウィキペディアである。FSM (Flying Supaghetti Monster すなわち空飛ぶスパゲッティ・モンスターの略称。その宗教自体をも指す) や SubGenius (亜天才。その教会自体をも指す) に比べると信者はおおよそ半分にも満たない程度だが、それらに次ぐ第三勢力として、特にアンチ FSM の急先鋒としてときどき現れる。

七色いもむし教

上に似るが、オープンライセンス (CC-BY-SA) であることが明示されているので、これも紹介しておく。翻訳自由なわけで、内容もシンプルで短いので当方で翻訳しておいた。実際のところ、翻訳の考察で示したように理解すれば、これは一切の問題に一応の解答を与え得る万能的宗教ですらある。

ディスコルディアニズム

ディスコルディアは不和母神の意味なので、私はこれをファボ教と呼んでいる。911 絡みで日本では最も危険視されているようだが、ケイオス・マジック系の人がときどき背景思想として採用しているせいだろうか、ファボ教自体は、最も知的で、かつ冗談系の中では最も有意義なものである。不和を持ち込む人々の集団ではなく、「調和は理想すなわち幻想としてしか存在しないすなわち無であり、従って不和こそが有である」という教義なので、不和な世界にさらに不和を持ち込んでも意味がないのだから、ファボ教徒が為すのは「不和の直視と共存」であり、またその見地から「非現実へと暴走する理想主義」を批判することである。臨済録の不条理問答を理想としている点でも、根本的な思想はむしろ日本人に最も馴染むのではないかと思う (ただし、やはり聖書の形式を真似たりしている部分は分かりづらいだろう。この意味から、日本に取り込む場合は、最終的には日本独自のファボ教として再構築されるべきものと思う)。All Rights Reserved (版権保有、版権留保) をひねった All Rights Reversed (版権浮遊、版権流布) という表現を愛用するため、聖典プリンキピア・ディスコルディアは完全にパブリック・ドメイン相当である。

コピミズム伝道教会

リンク先はアメリカ支部 (About のページは英訳ミスが多い。後述する聖典の方を直接読む方がよい)。誰が作ったのか日本支部もあるが、そのリンク先は本家スウェーデンなので、アメリカ支部の方が使いやすいと思う。日本では一笑でスルーしてしまう人が多いようだが、「生命の本質は DNA による情報の複製と頒布であり、ゆえにそれらは聖なる行為である」という根本義から分かるように、実はかなり真面目で、ファボ教ほどではないが意義ある宗教である。聖典はコピミスト憲法で、その教義からもちろんパブリック・ドメイン相当である。なお、教義などが最もミニマルな宗教ではあるが、組織規定が無駄に真面目過ぎることと、この教義の実践は明白な違法行為となる場合もあるので、ファボ教よりもいくらか危険で入りづらいように思う。

独身協会

独身の身の上を互いに慰めつつ協力して相手を探そう、という趣旨のサイトだが、その信条がコンパクトな神学の体裁を取っているので、一種の冗談宗教として一応紹介だけはしておく。

ウランティアの書

UFO 宗教のうち、聖典が最も一まとまりで充実している (本にして 2000 ページ以上、語数にして 1153000) 上に、完全なパブリック・ドメインである。アメリカ系 UFO 宗教の常として、宇宙人を聖書を補完し完成させる至高知性と見なしているため、いわばキリスト教版真言密教教義というべき内容だが、まさしくその意味で受容するならば十分に意義深い本だと思う。Urantia で YouTube を検索してみれば分かると思うが、これが記述するところの宇宙は壮大な曼荼羅そのものである。また、(少なくともアメリカ人にとっては) それっぽい固有名が無数と言えるほどに出てくるので、SF 創作などのネタ本にも使えそうだ (この本の宇宙語は開音節傾向が強いらしく、日本人にとっては微妙な名前が多いが)。なお、2008 年から本家で和訳プロジェクトが始まっているので、2010 年代の後半には日本語版も出るかもしれない。

オアフスペ

ウランティアの書に近いが、その半分ほどの量のもの。アメリカ版竹内文書の趣きで、ウランティアの書よりずっとクレイジーだが、フィクションとしてはむしろこちらの方が面白そうな感じ。ただし、これとウランティアの書とあと ACIM (英語のオリジナル版はパブリック・ドメインだが、日本語版は有料) は、ニューエイジのいわば三大難解書のようなものとして名高く、少なくとも英語版はネイティブにとっても非常に読みづらいらしい。

不朽の福音

アメリカ系 UFO 宗教ではもう一つ、これも著作権者を神としているために (少なくとも The Everlasting Gospel は) 事実上のパブリック・ドメインである。ウランティアの書が戦前どまりのやや古風な感なのに対し、こちらは 1970 年代と新しめであり、そして (まだ) ウランティアの書よりも軽いという点で意義がある。ただし、全世界同時ストの呼びかけやキッシンジャーは悪魔の手先説など、教義は一層非現実的ではある。コンタクターかつチャネラーであるアレン・ミカエル (素直に英語読みだとマイケルだが、本人は天使ミカエルのチャネラーすなわち代理人と主張している (というかしていた。故人である) ようなので、ミカエルと読んだ方がよいだろう) はまた、芸術家 Allen Noonan でもあり、その作風からも分かるように、どちらかと言えば穏健な方である (1960 年代、The One World Family Commune を率いていた頃は性的タントラも取り扱っていたために性的カルトにも分類されたりしているが、それはおそらくに時代的なものだろう)。そのコミューンのメンバーだった人が支援サイトを立ち上げているが、これ以外ではまったくと言ってよいほどに無視されているようで、少なくともグーグルではまったくヒットしない。非アメリカ系 UFO 宗教ではラエリアン・ムーブメントがあるが、こちらは日本語版ウィキペディアにあり、また最初の本の日本語訳も無料で読めるので (それ以外の日本語訳もログイン・アカウントを作れば無料で読めるようだが、そこまでして読みたいとは私は思わない)、このページではこれ以上の紹介はしない。

太霊道

もっと簡単ではあるが、ウランティアの書的なもの、すなわち幾何学的宇宙論な教義を持つものとして、日本の太霊道の書「太霊道の本義」と「太霊道及霊子術講授録」が無料で読める。組織自体はもうないし、また神的存在も抽象的力程度のものなので、カルト的な不安はおそらくにないはずである。

一神教学会

いわゆる (冗談) 宗教作成キットである。インターネットとともにオープンソース宗教と呼ばれるものがいくつか出てきているが、それに近いものと言えるかもしれない。ただし、後者が「ユーザーによって常に変化し続ける教義」にこだわるのに対し、こちらは各人各様ということで、変化し続けることには特にはこだわっていないようだ。

地球平面協会

リンク先は日本語版ウィキペディア。彼らは、水平線という現象は、地球が丸いからではなく「人間の視覚における遠近法認識に問題がある」からそう見えるのだ、と主張する点において、はからずも人間の認識能力そのものが問題の一因と見なされるに至った量子力学を先取りしており、ひいてはまた科学そのものが壮大な宗教にすぎない可能性をほのめかすものとして、大いに示唆的である (現に、科学の最も根本的な概念のいくつかは実はいまだ「科学的には」解明されていない)。地平線が見えるような広いところにまっすぐ一本の道があったとして、その道の消失点は望遠鏡を使えばいくらか伸ばすことができるわけだが、彼らは水平線に沈みつつある船もやはり望遠鏡を使えば、裸眼では沈んで見える部分もまだ沈んでないように見える、と主張し (この主張が正しいのかは私には分からない)、これをもって上記の問題提起、すなわち地球が実際に丸いのではなく、人間の視覚が遠近法認識ゆえにそのように錯覚してしまうのだ、という自説の根拠とする (アインシュタインの相対性理論では、宇宙空間を直進するとやがては出発点に戻ることが明らかとされているが、それと同じことが地上レベルで生じていると主張している点でもまた先取り的である。つまり、結果的に相対論的現象を認識能力の限界点における振る舞いの記述へと普遍化し、そしてそれが遠近法的消失点という視覚の限界点にも適用される、と言っているに等しい)。