哲学は踊る、されど進まず
哲学は踊る、されど進まず
「会議は踊る、されど進まず」という19cのウィーン会議に対する皮肉をもじったものですが、哲学というものが、科学技術のように「進歩」するものなのか、どうかきわめて謎です。
哲学は踊りのようなもの、皮肉ではなく真面目にそう思ってこんなタイトルをつけてみました。
パスカルにおける自己
学部の卒業論文です。ちょっと重いファイルですみません。読んでみるとお恥ずかしいこと限りないのですが、「少女」がこの論文の冒頭と最後に出てきます。内なる「少女」へのこだわりってなんなんだろう。こういう書き方するとおっさんとかに妙に喜ばれちゃうんで一時期、「少女」という言葉を口にすまいとすらしたんですけど。フランス語が変換できなくて、アクサンやシルコンフレックスが現時点で抜けています。追々変換していきますのでおゆるしください。パスカルの『パンセ』について考察しているつもりです。
シモーヌ・ヴェイユにおける接触の概念--言葉がないということ
これは修士論文です。同意という認識ことをもう少し深めて考えてみたい今日この頃。これまたファイルが重いです。
シモーヌ・ヴェイユ『根を持つこと』を読みなおす
--サバルタンという概念が照らすもの--
カルチャー・レヴュー16号に掲載させていただいたものです。