旅のショート・エッセイ 144
『シチリアの血が熱く燃えるオペラを観て』
 
緑の葉陰にオレンジは香り
  友人からカリフォルニアのオレンジが届いて、何故かイタリア・オペラ《カヴァレリア・ルスティカーナ》をふと思い浮かべました。
 あのオペラの冒頭、前奏曲が終わって幕が上がると、「緑の葉陰にオレンジは香り、花畑でひばりが歌う・・・」とシチリアの村の女たち男たちが合唱する場面になります。カリフォルニアのそれとは違って、シチリアのオレンジは“サングイノーゼ(Sanguinose “血まみれ”)と呼ばれ、文字通り血のように真っ赤な果肉をしています。
 ピエトロ・マスカーニが19世紀末に書いた、《カヴァレリア・ルスティカーナ》は、あの真っ赤なオレンジにも似たシチリア人の熱い血が燃えて噴き出すようなオペラです。
 シチリア島で実際に起こったという事件を題材にしているこの作品、いわゆる“ヴェリズモ・オペラ(写実的な歌劇)”の代表格と言われ、美男美女が繰り広げる非現実的な夢のようなオペラではなくて登場人物はごく普通の男や女たち、いや、ヒロインはむしろ不美人の田舎娘という設定で、物語も不倫、嫉妬、痴話げんか、そして陰惨な殺し合いによって主人公の若者が命を落とすという、いかにもシチリアならばありそうだと思わせる筋立てのオペラです。
 そんな救いの無い物語をリアルに描きながら、作曲者のマスカーニは一生分の旋律のほとんどをつぎ込んでしまったのではないかと言われるほど、美しい曲の数々をこれでもかとばかり劇中に散りばめて、私たち観る者を魅了するのです。
 この大好きなオペラ《カヴァレリア・ルスティカーナ》と接する機会が、昨年後半から今年の初めにかけて三回もありました。
 最初は昨年の10月、東京・初台のオペラシティで行なわれた『グローバル・クラシックコンサート』。“アジア3大テノールが奏でる〜がんばれ日本〜”と題したこのコンサートに、ゲストとして出演したソプラノ歌手の木下美穂子さんがプログラムの冒頭で歌ったのが、このオペラの中の一曲“主は甦られた”。オペラの舞台では村人たちの合唱をバックに主役のサントゥッツァという村娘が歌う名曲です。オーケストラを従えた木下さんは東日本大震災の犠牲者への鎮魂の想いを籠めて絶唱して、聴く者の目頭を熱くしました。
 年が明けてからすぐ、NHKテレビの『ニューイヤー・オペラ・コンサート』で、再び同じ曲“主は甦られた”と出会いました。歌ったのは新進メゾ・ソプラノの清水華澄さん、オペラの場面と同様に合唱をバックにした壮麗なアンサンブルを、木下美穂子さんとはまた一味違った雰囲気で楽しませてくれました。

映画《ゴッドファーザー3》のクライマックス、
シチリア島パレルモのマッシモ劇場
 このオペラを語るとき誰もが絶賛するのは、劇中の場面転換に使われる間奏曲。オーケストラによって美しい旋律がドラマティックに詠われる詩情溢れる名曲です。
 フランシス・コッポラ監督の映画《ゴッドファーザーPART3》では、最後のクライマックス・シーンが《カヴァレリア・ルスティカーナ》が上演されているシチリア島のオペラ劇場に設定され、この間奏曲が非常に効果的に使われていたのが忘れられません。
 ロマンの香りに満ちた美しい間奏曲を聴くためだけに、《カヴァレリア・ルスティカーナ》を観に行くというオペラ・ファンも少なくないようです。
  《カヴァレリア・ルスティカーナ》との三回目の出会いは、テレビで放送されたミラノ・スカラ座公演の舞台中継でしたが、この公演で主役の若者トゥリッドゥを歌っていたのが、ついこの間、昨年の8月末にシチリア島でスクーターを運転中に事故死を遂げたテノール、サルヴァトーレ・リチートラ。その死の半年前に踏んだ舞台の映像だったというのが衝撃的でした。
 リチートラは、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場で、あのパヴァロッティの代役として《トスカ》のカヴァラドッシを歌って大好評、一躍脚光を浴びて将来を嘱望されていたシチリア系イタリア人歌手です。そのニューヨーク・デビューから僅か9年、43歳の若さでこの世を去ってしまったリチートラですが、彼がこのオペラで演じている役名が村の若者トゥリッドゥ。
 実はこの“トゥリッドゥ”というのはリチートラの名前でもある“サルヴァトーレ”をシチリア地方で呼ぶときの愛称だとか。英語でロバートをボブと呼ぶのと同じです。
 シチリアの血を受け継ぐ歌手サルヴァトーレ・リチートラが、シチリアを舞台にしたオペラで自分と同じ名前の役を歌う。しかも彼は名前が同じその役の若者同様に、シチリアの大地を血に染めて命を散らした・・・因縁めいたものを感じると言うのは穿ち過ぎでしょうか。
40万分の1の地図で
シチリアの旅に
 シチリアに旅をしたら、《カヴァレリア・ルスティカーナ》の舞台と言われる村を訪ねてみてください。島の東側の都市カターニアからおよそ50キロ南西にある、小高い丘の上のヴィッチーニ(Vizzini)という古い村です。
 村の中心には石造りの教会があり、その前の広場にはローカル色に溢れた酒場のテーブルが置かれている、そんなオペラの舞台そっくりな風景が見られます。
 更に南へ30キロほどの町ラグーザ(Ragusa)の郊外にあるモディカ(Modica)という村が、サルヴァトーレ・レチートラの亡くなった事故現場です。
 合掌。

 
 
 
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