study notes


以下は、私が研究の過程で記した研究ノートです。いずれもやや長文ですがご容赦下さい(もっと気軽に読める小品集は Essay に、実際に論文として公刊された著作物や、学会にて発表したものは、archives に収録)。

私の専門は、「近現代フランス・イタリア哲学、特にその宗教哲学的側面」だと要約できます。現在は、リクールを中心として、アンリ、マリオン、ヴァッティモなどを研究しています。それらを中心として、様々な方面に雑駁に関心を持っています。

この研究ノートがいつか論文という形になればよいのですが、まぁ自分のための思索という一面が強いので、あまり気にしてはおりません。演習などで口頭発表したものが多いので、「本発表は ...」といった表現が見受けられますが、その辺りは御察し下されば幸いです。Fav. とあるのは、私が個人的に気に入っている文章です。

【目次】
■ 宗教哲学 / ■ 哲学・哲学史 / ■ 考古学と哲学 / ■ 歴史哲学 / ■ 文化論 / ■ 文学批評理論

■ 宗教哲学

Meine Religionsphilosophie: 私の現代宗教哲学
自分が考えている「現代宗教哲学」について、方法の面から、対象の面から、そして現代性という面から、自分なりに自分の言葉で平たく定義したものです。結論だけ引けば、「実定的宗教の内部において語られていた経験を、実定的宗教とは無関係の空間において、実定的宗教とは無関係の仕方で語ること」だと定義されます。
2004年5月 Fav.
分類 / 現代宗教哲学
働きを働く神 −「働き形而上学」試論
自分が考えている宗教哲学を、あくまで自分の言葉でできるだけ平明に綴ったものです。もちろん、様々な著作は参考としていますが、基本的には「私による私についての宗教哲学」です(そして、それを「働き形而上学」と名付けています)。「私の中で私を働かせる働き」を感じること、そこに全ては集約されます。
2003年6月 Fav.
分類 / 働き形而上学, 自我論, 存在論
Voie intérieure (内なる道) − ヨハネ、アンリ、現象学
フランス現象学の泰斗 Michel Henry が晩年に展開したヨハネ福音書解釈を、アンリの現象学理解(特にハイデッガー批判)を踏まえて解明しようと試みたものです。
2002年10月 (註などFav.
分類 / フランス哲学, 現象学, キリスト教哲学, ヨハネ福音書, ハイデッガー
Adieu à Charles E. Winquist − Charles E. Winquist 追悼
しばらく前に逝去したアメリカのポストモダン系神学者 Ch. E. ウィンクィストの思想に対する、短い導入的紹介文です。
2002年6月 / 8 KB
分類 / 神学, 精神分析
On Taylor(s) − マーク C. テイラーにおける解釈学評価の変貌を巡って
アメリカの現代宗教思想家 Mark C. Taylor の思想が1980年代から1990年代にかけて、大きな変化を見せていることを、彼の解釈学評価という点を素材として具体的に論じ、その思想の転回の意義を略述したものです。
2000年2月
分類 / 解釈学的哲学, 脱構築的哲学
【書評】 Jean Greisch, "Schleiermacher"
フランスの思想史家 Jean Greisch によるシュライエルマッハー論(『燃える柴と理性の光――宗教哲学の発明』(2002)に収録)についての書評です。
2002年10月
分類 / シュライエルマッハー, 宗教哲学史, 解釈学的哲学

■ 哲学・哲学史全般

対話の中の「わたし」 − わたしがわたしにもたらす揺らめきをめぐって
「わたし」という語を口にすることは、当のわたし本人に一体どのような作用を及ぼすのか、それをバンヴェニスト、リクール、アガンベンの三人の思想家を手掛かりとして考察したものです。 *なお、京大文学研究科のCOEプロジェクトの一環として、研究会にて発表したもので、そちらのサイトにて掲載されています。別ウィンドウにて開きます。後日、「対話の中の「わたし」 ――わたしがわたしにもたらす揺らめきをめぐって」 (『人文知の新たな総合に向けて (21世紀COEプログラム「グローバル化時代の多元的人文学の拠点形成」)』第二回報告書III, 京都大学大学院文学研究科, 2004)にて論文化
2003年10月
分類 / フランス哲学, イタリア哲学, 言語学, 言語行為論
ルキエの第一真理の探求 − 内なる経路の宗教哲学
19世紀フランスの思想家 Jules Lequier の思想を手掛かりとして、この私のうちにおいて起こる出来事としての「なすこと faire」「始めること commencer」「自由」の偉大さと不可解さを論じ、それを踏まえて私の考える哲学を引き出したものです。
2002年4月 (註などFav.
分類 / フランス哲学, 反省哲学, スピリチュアリスム, 実存主義
フランス反省哲学の分岐点 − P. リクールと M. アンリの cogito, ergo sum 解釈を巡って
フランス反省哲学という、あまり有名ではない思想の基本的構えを明らかにした上で、それが特権的に注意を向けるデカルトの cogito, ergo sum が、反省哲学の系譜を引くリクールとアンリによってどのように解釈され、また、どのような解釈の差が生まれたのかを論じたものです。
2001年5月 Fav.
分類 / フランス哲学, 反省哲学, 現象学, 解釈学的哲学, デカルト

■ 考古学と哲学

古くて綺麗なもの − 美と考古学的構想力
若手研究者による「美は、どこから、どこへ」という自主シンポジウムにて発表した痕跡論。考古学的構想力をフル活用して痕跡の動態を分析し、それを廃墟美へと結びつけてみた試論。 ※改訂のうえ、以下のタイトルで論文化しました。 「物質と時間――痕跡としての物質性(『美術フォーラム21』第20号: 特集「物質性/マテリアリティの可能性」, 醍醐書房, 2009, pp. 122-126)
2006年3月 Fav.
分類 / 考古学, 美学, 痕跡, 廃墟論
ぎゅうぎゅうですかすかの世界 − 痕跡論
考古学の雑誌に寄稿した論文「あとにのこされたものたち」を全面的に改訂した、「考古学から哲学する」試みとしての痕跡論。考古学的痕跡概念から世界の存在全てを捉え直したらどうなるかを綴ってみた試論。
2004年1月 Fav.
分類 / 考古学, 痕跡, 存在論

■ 歴史哲学・メタヒストリー

トレルチ、切ない信仰者 − トレルチ「『キリスト教の本質』の本質とは何か」の本質とは何か
19c-20c のドイツの歴史家・神学者・文化哲学者 Ernst Troeltsch の論文「『キリスト教の本質』とは何か」という論文を通じ、トレルチの歴史主義的思想の機軸にある「揺らぎ」を明らかにしようとしたものです。
1999年10月
分類 / 歴史の認識論, 歴史哲学
Metahistory − H. ホワイトの歴史の詩学
歴史学に言語論的転回をもたらした、歴史叙述論の古典と言える Hayden White の Metahistory (1973)の内容をまとめ、その意義と問題点を論じたものです。
1998年8月
分類 / 歴史叙述論, メタヒストリー
(Hi)Storia − 歴史の詩学の可能性と不可能性
「歴史叙述」論の可能性と限界や、その限界が持つ意義について、Hayden White の思想や、彼を批判する Carlo Ginzburg らの論考を手がかりに考察したものです。上の Metahistory の続編にあたります。
1999年2月 / 33 KB
分類 / 歴史叙述論, メタヒストリー, 歴史の認識論

■ 文化論

九鬼周造の閉じた日本論 − 「日本的性格について」における異文化摂取の可能性に関する一考察
九鬼周造の論文「日本的性格について」(1937)の精読を通じ、九鬼の論述の矛盾点を指摘し、彼の日本文化が「閉鎖性」を帯びてしまうことを指摘し、「文化論の難しさ」という現代的テーマへの予察としたものです。
2000年2月
分類 / 文化論, 解釈学的哲学, 日本思想

■ 文学批評理論

読書の自由と解釈の不自由と (1)
以前、文学科の方々に依頼されて、1950年代から80年代までの西洋の文学批評理論の動向をまとめた概論です。(1)はニュークリティシズムから構造主義までを扱っています。
2000年3月
分類 / 文学批評理論, ニュークリティシズム, 構造主義
読書の自由と解釈の不自由と (2)
(1)の続編です。(2)ではナラトロジーと読者反応批評を扱っています。
2000年3月
分類 / 文学批評理論, ナラトロジー, 読者反応批評