203号室 登リ内荘 ササキ * 献血101回 痛くないですかときかれて、はじめて痛いですと答えたくらい痛かった。へたくそと叫びたい*


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ササキ
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拾い紙 絶対
 11月30日更新
あの感じ

 強風に吹かれて白いビニール袋が舞いあがった。寒さに首を縮こめる。二十階建てくらいのマンションにあたって生じた乱気流にもまれて、ビニール袋は上に下にゆっくりとくるくるまわり、そして、ベランダのひとつに入った。入れ入れと念じていたので、思わずポケットのなかに突っ込んでいた片手を出して、拳をにぎる。イエス!と。この感じなんだか知っているような気がする、と記憶のなかをまさぐる。そうそうあれ、あの水に満たされた平べったいプラスチックの箱に、輪っかが入っていて、両親指のところにあるボタンを押すと、水が押し出されて流れが生ずる。その生ずるところの水流に輪っかが持ち上げられ、上やら真ん中に設置された棒に入ったらよし、そんなおもちゃの動きと似ていた。そう、あの感じ。
 長嶋有みたいな記憶の連鎖だなとおもう。ちょうど『ジャージの二人』を読んでいたからかもしれない。主人公の父親の回想シーンでスバルサンバーが登場する。そこでページの端を折り曲げた。まったく車に興味がない私なので、車のなまえも、ノア(以前仕事で半年くらい乗った)とビッツ(義理の両親の車、たまに乗る)とサンバー(友人が乗っている)くらいしか知らないし、覚えられない。間違って捨てられたマンガ雑誌「少年」をサンバーにのって夢の島まで取りにいったという。助手席の足を縮めなければいけない窮屈な感じとか、固いシートとか、もちろんクーラーがなくて窓を開け放ったさまとか、友人の車にのったときの感覚がよみがえる。ページの端を折り曲げてから、友人にメールした。きみの愛車サンバーが出ていましたよ、と。なんとなく絲山秋子と肌が合わないのも、わたしの車音痴が影響しているのでなかろうかとおもった(秋山絲子だと最近までおもっていたし)。いつもはさっぱり返事が来ないのに、すぐさま返事が来る。「そうそう、映画ではでてこないけどね。」へぇー。たまには乗せてよね、スバルサンバー。乗り心地はよくないけどさ。



 9月30日更新
ポケットのなかには

 この不景気は、わたしの所属する会社にも当然、影響している。社長も気が気でないとみえて、日に何度も会社の様子を、社員の働きぶりをみてまわっている。
 右手をあげて、ヨーッとこちらに声をかける。えらい機嫌がいい。どうなの、だめ? ああそう。なんていいながら、ふりあげた右手をズボンのポケットにいれごそごそしている。頭の中では、ズボンの小銭をさぐっているのか、またいつものように小遣いをくれようというのか、金で手なづけようというのか、などとごにょごにょ考えていたのだけど、社長はポケットからごみくずをとりだして、わたしの横にあったゴミ箱に捨てただけだった。身体に気をつけて、といって去っていった。ああ、わたしはさもしい。



 9月1日更新
じつはセクシー

 義理の妹と一緒にくらしているのだけど、生活リズムもちがうので、風呂上がりに遭遇とか、トイレでどうのとか、そういったことはまったくなくて、むしろ存在をまったく感じないくらいだ。そういうなかで、洗濯物がじゃっかん問題といえば問題で、わたしが妻の下着と義理の妹の下着を把握していないのは、まあ許してもらうとして、わたしの衣類のなかに義理の妹の肌着をしまってしまう妻が問題である。寝坊気味に起きて、あわてて身につけた肌着が、ものすごい胸元までぱっくり開いたセクシーネックだったりして、もう間に合わないからそのまま出社するなんてことも一回あった。更衣室で着替えもこそこそして、制服の下はじつはものすごくセクシーなんて、変態だ。
 下鴨古本市は、あまり購入せず。文芸誌が数冊で二百円とかいうところで、山田稔とか小沼丹とかがのった「海」と「海燕」を買ったり。

蕎麦漫筆



 8月19日更新
コロコロ、否、ボンボン

 休日の朝、まだ半分寝ている状態だが気配を感じ見やると、こどもがしゃがんでこちらを見下ろし観察している。なにごとかと驚く。そして子どもの第一声。おはヨーグルト! 驚愕。一気に目が覚める。なぜに「おぼっちゃまくん」なのか。あとで妻に聞くところによると、保育園で流行っているとのこと…。お父さんは、コロコロコミック派ではなく、コミックボンボン派なのですと、ボンボンが原点なんですと、子どもにいっておく。
 休日をはさんで出社したら、リストラされていた同僚は、そういえば、どちらかといえばボンボン派ですかねと、はにかんだのだったなあ。

追記
 ボンボンの方がお下劣路線であったとおもっていたのだけど、そのころ読んでいたマンガのタイトルなんかはすっかり忘れている中で、「キンタマン」ってあったなって検索したらコロコロ連載のだった。「アホーガン」はボンボンやった。どっちもどっちっていう気がしてきたが、原点はやはりボンボンか。



 5月27日更新
電車でコロコロ

 「バスでコロコロ」って深夜番組あったよなあって、越前屋俵太とひさうちみちおがやっていたテレビ番組を唐突に思い出し、彼らは段ボールを加工したバスを肩からぶらさげ、サイコロの目によってバスを移動するのだけど、ああそうだ段ボール電車を乗り物好きの我がこどもたちに与えようとつくってやった。
 ここ最近の日々のなかでは抜群に楽しい時間だったのはわたしだけのようで、くくりつけられたこどもにいたっては何のことやらわからないと呆然としているようだった。運転手、もしくは車掌、それか電車自体という選択肢もあるはずなんだがなあ。ちなみに、どこを走っているのかしらないが、快速マリンライナーを模してみた。といってもプラレールのなんだが。
 月曜、仕事から帰ってきて、みな寝静まる深夜、新聞から切り抜いたオバマ大統領と投げられている朝青龍を、電車の窓に貼付けた。工作熱さめやらぬ五月の終わり。

電車でコロコロ



 4月15日更新
生まれている

 三人目のこどもが生まれた。三男誕生。妻が強いと男がうまれると聞いた。ということは、我が家は永遠に男しかうまれない…。それもよしか。今回も妻の希望により立ち会う。電気のメスで肉の焼ける匂いがして、前回もこんなんだったっけなぁと寝ぼけた頭で考えていた。ほんとにどんどん忘れてしまうなぁ。
 帝王切開まえに、剃毛するからと部屋を追い出されて、待合室にあった大島弓子のマンガを読んだ。だいぶん前に、会社をリストラされてしまった課長に借りて読んだんだったなぁと思ったこととか、部屋に帰ったらゴミ箱に無造作に毛が捨てられていた光景なんかを、忘れないように書いておこう。
 いろいろのなまえの候補が妻よりメールで送られてくるが、虹太、虹也など、にじがどうやらお気に入りのようすで、虹之介まででた。三人目でついにおかしくなった。



 3月16日更新
ひと月未満

 アヒルであったり、マンボウだったり、タコなんかの形に木を打ち抜いたものが、お風呂の遊び道具としてある。これはなんですと聞くとわりに正しい答えが返ってきて、妻の教育っぷりを感じるわけなのだけど、まちがうこともあって、自動車なんて答えたりもする。はい、ブッブーと、それは不正解のブザー音なんだけど、彼らにとっては自動車=ブーブーだから、正解!しかも僕らの大好きな自動車!みたいにブーブー、ブーブーの合唱で、おかしなことになった、このまえ。とか、子どもとのそんなこと、どんどん忘れてしまうんだろうな。双子の兄は五時四十分が好き、とか。
 気づけば、次の子どもがうまれるまで、一ヶ月をきっている。三男坊が登場する。とりあえず、なまえを考えるよういわれているが、三人目だし三郎でええんちゃうかとおもっていて、反対をうけているがどうだろう。動物の漢字がはいっていてもいいかもしれないと、それは別にどうという考えもなしに思ったりしている。



 2月25日更新
動物園にて

 日曜日、子どもを連れて動物園に行く。はるばるやってきたが、興味を示したのは、ちかくを歩いていた鳩と、ペンギンの池にあった噴水と、動物園内にある機関車の遊具であった。象を見ていても、キリンを見ていても、機関車のならすカンカンカン、踏切の音、が聞こえれば、口まねする。小さい子どもの乗り物に対する偏愛はどこからくるのか。
 カバ舎前にて古本ソムリエ氏のこと思い出す。坪内稔典さんにインタビューしたと、カバの句を書いてもらった本をとりだしてニコニコしていた。おもろいおっちゃんやなー、と水中に沈んだカバを見ながら思い出していた。


覚え書き
・双子の会に参加している子どもで、推定二歳の女の子二人、どっかで見たことある顔やと思っていたら、色川武大だった。とうぜんのように、それぞれ色川武大と阿佐田哲也と名付ける。双子の会で色川・阿佐田と仲良くなること。
・社長が「大阪人」の特集「続々古本愛」を小脇にかかえ登場したから、「大阪人」は会社で購読している、おおいに反応してみせたら、十日たったら君にあげますよといったこと。十日どころでない日にちが経過しているがくれないし、あげますと言われた日に本屋で買ってしまったこと。



 1月30日更新
鳩のように

 鳩が車にひかれるところをみたことがあって、もう十年くらい前なんだけど、折りに触れおもいだしている。わたしにとっては死に方の理想だから。
 よちよちと道路を歩いていた鳩が、ずいぶん間抜けに違いなく、あっとおもうたときにはもう向こうからやってきた車のタイヤの下敷きに。肺とか、骨とか、鳥が飛ぶための袋のようなもの、よくわからないけど、なにかそんなものが弾けた音なのか、つぶされた瞬間にポンッと、ポップな音を響かせて、死んだ。鳩がつぶされたというショックもあったけど、それ以上に、ものすごく楽しくなる音だったので、思わず笑ってしまった。おかしさのほうがちょっと上回ってしまったあの鳩のように、死ねたらいいとおもう。
 舌のしびれはなくなったので、どうやら大丈夫なんじゃないかとはおもっている。



 1月14日更新
更新できるかな

 古いパソコンが壊れてしまい、新しいのに買い替えたのだけど、サーバーにデータをアップするやり方なんかがすっかりわからなくなっていて、ほったらかしていたのでした。
 とりあえず、妻のおなかは順調に大きくなっていて、あ、三人目が生まれます、というか、きちんと生まれるのだろうか、などと不安で仕方がない。年末出産予定の人がいて、その人とメールをやりとりしていた友人が、出産予定日くらいからぱったりメール来なくなったわ。産まれたんかなー。とかのんきな事いってて、わたしはそんなの絶対ダメだったに決まっていると思ってたけど、ちゃんと産まれていた。
 年末から舌がしびれて痛いので、もうだめなんじゃないかとおもっている。舌の癌で死んだ義理の兄のことを最近よく思い出す。
 それと、一年と少しの間、コラムを書かせてもらっていたエルマガジンがいま発売している号で、休刊します。おつかれさまでした。最後の号にもわたしのコラム載っているはずです。



 10月5日更新
ちゃーんと起きている

 いろいろあって土曜日曜とともに子どもと過ごした。土曜に家の近所を散歩させて、公園で遊ばせ、あとはずーっと家の中。日曜は雨だったから。
 ちょうちょぼっこの古本イベントには行きたかったなぁとか、天神さんの古本市がはじまっているなぁとか、考えたけどそれはもうしようのないことなので、だぁだぁといって両手をこちらにのばしている姿(だっこしてといっている)をみたり、わたしのつくった料理をおいちぃとか、もっとだとかいってくれることを、いとおしいとおもって生活している。
 育児と家事に疲れてごろりと横になると、まわりをぐるぐるまわりながら指さして、ねんね、ねんねというのだ。お父さんはちょっと疲れたのだよ。ちょっとぐらい横にならせてくれ。それはいいのだが、おかしなことに食事のときにも、こちらを指さして、ねんね、ねんねというのだった。ねんねじゃないよ、お父さんはちょっと目が細いだけなんだよ。目がひじきっていわれたこともあるけどさ。



 9月29日更新
のせるのは、尻か頭か

 福を呼び込むことを使命とする新人、福本くんが近づいてきていうには、すいません“枕”がありません、と困った顔をしている。わたしの働く職場で、高さのたりない場合に嵩上げするためにつかうものを、通称“座布団”といっているのだけど、彼のしている仕事内容からして、座布団だとは知れた。聞き慣れぬ単語を、記憶のなかからまさぐりだして、こうなんてゆうか下に敷くやつだよなーって、枕。おしい。ちょっと彼がすきになった。あっ、枕ね、あれあそこの使って、と話しをあわせておいたので、しばらくは枕と言い続けるのじゃないかと期待する。



 9月24日更新
福よ来い

 社長が朝礼の挨拶で咳き込みながら、このまえから咳がとまりませんでね、といったのを聞いて、そろそろ社長もダメだなとおもう。そのあと紹介された新入社員の名前が“福本”だと知れた瞬間には、そのまえに入れた社員が“福原”だったことを考えると、どうにも社長は名前で決めている、どうにか“福”を呼び込もうとしている、会社もまずいことになっているとはおもっていたがそろそろか、などともおもう。
 通勤の読書ははかどらない。短篇、アンソロジー集なんかをぽつぽつ読んでいる。白水uブックスのユーモア文学傑作選のなかの「唐傘一本」(小松重男)がおもしろくって、となりで寝ているサラリーマンに、これを読めと揺り起こしたい衝動にかられた。そんな読書がたまにはある。
 会社帰り、古本ソムリエ氏に遭遇し、自転車にて古本談義しながら帰宅。引っ越してのち自転車通勤となり、より古本ソムリエ氏と生活動線をおなじくしている。渋谷古書店マップをいただく。以前には「sanpo magazine」とか、これ今日買ったんやけどおもろいんやでと、池田満寿夫の文庫本を頂戴したこともある。古本ソムリエ氏の太っ腹であることを強調してみる。



 9月8日更新
ちょうちょぼっこ初日

 もうはや一ヶ月も前になるのか、下鴨古本市の、どこかの店の三冊500円で買った『燈臺生活三十三年』。表紙はとれかけて背の文字も判読がむつかしく、ボロボロではあるが、表紙の絵がよかったし、ちょうど大家族生活みたいなお盆の最中だったので、題名にとても惹かれた。ぱらぱらと最初のほうしか読んでいないけれど、表紙を眺めていた時間は長い気がする。
 この前の土曜日は、貸本喫茶ちょうちょぼっこの古本市に行き、三冊買った。たまたまアカヘルさんが来ていて、ひさしぶりに会えてよかった。「sanpo magazine」のはなしとか、それにのっていた口笛文庫のはなしをした。昔はすっきりしていたレジまえなんかも本の塔になっていて、店主の顔しか見えない、なんて ことを。
 ちょうちょぼっこで買った『角鹿の蟹』(稲垣達郎/講談社文藝文庫)を読みながら帰る。岩本素白についての文章があるのだけど、それより子どもと散歩するエッセイがいいとおもった。自分を重ねてしまうからだろうか。

燈臺生活



 8月11日更新
下鴨初日

 引っ越しの日が迫っている。
 それにあわせて、処分しろ処分しろとしつこく言われていた古道具たちを処分する。北野天満宮の天神さんとか、東寺の弘法さんとか、街の古道具屋で買ったり、道ばたで拾ったりとか、ひとから言わせればゴミなんだけど、大学時代からの蓄積は、もはや分身のそれである。リサイクル兼古道具屋といった感じの店の主に引き取りに来てもらう。いつか、小さい子どもを助手席にのせていたのを見たことがある。そんな光景を思い出したので、理由にはならないけれど、来てもらった。
 値踏みの間は、こちら側のおしゃべりといった風で、ではいよいよ金額をみたいな状況が近づくにつれて、店主はもそもそ、いや思っている以上に値段はつきませんよ、とか昨今の古道具屋事情みたいなものをいいだすのだった。とりあえず、こちらとしては引き取って貰えればいいので、そんな前口上はいらんのだけど、駆け引きみたいなもんだろうし、聞いておく。で、金四千円也。もう面倒なので、言い値で承諾する。古道具屋なんかでは、言い値で買うのはアホや、みたいな風潮があるから、もちろん値切るし、当然むこうも吹っかけてくるから、ここも一押しすべきなんだけど、もういい。古本屋で値切るのはタブーみたいなんとはずいぶん違うな。
 交渉成立すると、店主は饒舌だった。わたしの十年ほどの古道具のあとには、店主の脇からでたツーンとした芳香だけが残った。
 これがわたしの、下鴨納涼古本市初日。



 7月30日更新
横に座るか、前に座るか

 電車はそこそこ混んでいる。椅子が窓際に沿ってあるタイプの車両で、空席はまばら。そこへ、五歳くらいの女の子を連れた夫婦が乗ってくる。子どもがどこかへ置き忘れぬようにか、お父さんはミニー・マウスのぬいぐるみを持っている。やはりここでは期待せねばなるまい。彼らは母子、父と別れて座ることとなり、一瞬にして、ピンクのぬいぐるみを持つへんなおっさん、という状況ができあがったので、うれしかった。途中から乗車してきたサラリーマン風が、あっ、って見ちゃいけないみたいな動きをしたのも、うれしかった。お父さんもぬいぐるみをいじいじして、そういえばみたいな感じで、ミニー・マウスのスカートをのぞいたのも、よかった。たまにちらちら幼女(ほんとうは娘だが)を見るのも、よかった。そういう状況を一緒にたのしんでいる乗客がいないらしいのだけが、残念だった。この家族をみたので、その日は一日、取り返せたような気になった。



 7月27日更新
ダメ双子パパ

 ベビィ・カーを押して、家族で鴨川沿いを歩く。木々は濃い緑色をしている。橋を渡ると糺の森。御手洗祭りの参拝者を避け、参道ではない道へ、古本祭りの会場になる広い道をこどもたちと散歩する。このへんは赤尾照文堂ですねー、とか、本部前を通過、とか、萩書房を越えて児童書のコーナーへ、とか、古本祭りを先取りしてこどもたちに教えてやる。さて、赤尾照文堂と萩書房の共通点はなんでしょう、ヒントは君たち。古本クイズも出してやる。答えは、兄弟で古本屋をやってるでした。とりあえず、反応はいまいちだけど、話しかけるってことが重要なので、気にしない。
 遠くに、知り合いの双子をつれたパパさんをみつける。奥さんを休養させる良夫、おなじ双子パパとしては、悪しき前例だ。まわりにはもっとだめな人がいて欲しい。
 下鴨古本市では、十和田操を買えたらとおもっている。



 6月17日更新
ワンコン・ツーコン

 二階のわたしの部屋へと、子どもが入り込んでいるのに気づく。本棚から床にばらまいて、手当たり次第に本のカバーをひっぺがすから嫌なのだ。けれど、今日はおとなしく座って何事かしている。ほったらかしになっていた、ファミコン(我が家は初代が現役)のコントローラーを耳にあてて、なにかしゃべっている。電話のつもりらしい。うしろからそっと近づき、もうひとつのコントローラーで、はいもしもし、お父さんです、どーぞ、会話する。



6月14日更新
新機軸

馬車
こどもを引っ張る


 5月30日更新
三つ折り二つ折り

 縦長の布を二枚重ね、細長くなるように三つに折り、その細長いのを半分に折る。それを繰り返し、洗濯物の山から、もこもこの布オムツをつくる夜の12時過ぎ。億劫ではあるけれど、やりだせば重ねて三つ折り二つ折り、重ねて三つ折り二つ折り、あたまの中が空になって、案外わるくはないものだ。整然とならんだオムツたちも明日にはまた、うんちまみれになるのだろう。最近、海苔が大好きなこどもたちだから、海苔のうんちをしている。
 子どもたちと、遊んでいる。ふと、ミャンマーへの寄付のチラシを見つけ、まんまー、まんまー、と言い出したところなので、語感の近いミャンマーなら言えるかもしれないとおもい、ミャンマー、ミャンマーと連呼したけれど、まったく言わないから、がっかりした。
 仕事帰りに寄ったコミック・ショックで「四月と十月」が定価よりも高い735円で売られていた。値段を確認して棚に戻した。



 4月28日更新
甲鳥 川

 友人から久しぶりに電話がかかる。鴨川にピクニックへ行かないかと誘われる。いま鴨川は黄色い。あれは菜の花ではなく、ちがう花なんだと言っていた。その名前は聞いたけど、忘れてしまった。桜が乱れる頃ではなくって、その黄色い頃に誘われたのが、うれしい。わたしも黄色いときのほうが、落ち着いていて好きだ。でも、仕事だ。
 ここ最近は、黄色い鴨川を思い出しながら、仕事していた。仕事以外の日は、いつも熱を出して、寝込んでいた。口笛文庫からサンボーホールの目録が届いたり、アカヘルさんから「spin03」と『向日葵』(安騎東野)が届いたので、寝ながらぱらぱらしていた。向日葵の一片、ショーウィンドウに飾られた軍艦から、その軍艦の回想がはじまる一片が気に入って、何回か読んだ。ミニチュアの船が、波をたてて動き出すような感じのするところなんかを。
 ガケ書房でリトルモアの雑誌「真夜中」を買った。福永信の“鴨川小景”という文章がとてもよかった。どうよかったのか、うまくいえないが。
 きょうは、これから鴨川へ行こうとおもう。妻と子どもふたりと鴨川べりでゆっくりしようとおもう。そのあと晩から、仕事だ。



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2004/3/29よりカウント開始