...ヴエルタ・ア・エスパーニャ 2003 レースレポート
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* 本日の結果:1980年生まれの23歳、今年大爆発のバルベルデが2勝目
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| 区間順位: Varvelde ![]() |
総合順位: grahamwatson.com
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山岳ジャージ: grahamwatson.com ![]() |
ポイントジャージ: grahamwatson.com ![]() | オールラウンダー: grahamwatson.com ![]() |
| 1位:バルベルデ TEL 4時間20分39秒 2位:カルデナス KEL ” 3位:グィーディ TBI ” 4位:ロドリゲス VIN ” 5位:ボーネン QSD ” |
1位:ノサル ONC 33:57:41 2位:ガルデアノONC +1:48 3位:ベルトラン USP +2:01 4位:フリーゴ FAS +3:05 5位:エラス USP +3:28 |
カルデナス L2C . . . |
ペタッキ FAS . . . |
バルベルデ KEL . . . |
* Course Outline - コース概要:
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今回4度目の山頂フィニッシュ。コースのラストのプロファイルは、5%の登りが200m、急な下りが300m、その後400mがきつい右カーブを含む登りで、150mの直線コースを走ってゴールとなる。 去年の第6ステージが、グラナダから、このシエラ・デラ・パンデラ(ハエン県)だった。昨年成功裏に終わったのを受け、今年ウニプブリクとハエン当局が、再度ヴエルタのコースにシエラ・デラ・パンデラを入れることで合意した。 アルバセテを抜けてハエン県まで南下してきた。明日の休息日をはさんで、いよいよシエラネバダへと突入する。
(ハエンの位置確認 JUMP) |
| 山岳名称 | カテゴリー | 標高 |
| アルト・デ・ロス・ビヤレス | Cat-2 | 1,210m |
| アルト・デ・ラ・パンデラ | Cat-超 | 1,840m 山頂ゴール |
* レース・レポート:誰もがあっと驚いた大どんでん返し!感動的な結末。今までのレースの中で、ものすごく記憶に残るレースになりそう。バルベルデが2勝目。
レースは中盤を過ぎたところで、ガルシア・カルボ(L2C)、パウロ・バロソ(MIL)、カルロス・トレント(ALM=パテルニナ)、ヘルマン・ニエト(CRF=リラックス)が逃げているところ。一時は4分半ほどだった差もUSPが速度をあげているため、100キロ地点では、3分半程に縮まった。最後は山頂ゴール。このまま4人が逃げおおせるとは考え難い。ハエン県に突入ということで、地元のベルトランはいいところを見せたいところだろう。
ところで、lavuelta.comのページでライブ中継(文字のみ)を追っている人へ。Route Summary(英語版)の上のPerfil dinamicoのところを押すと、今現在、プロトンがどの辺まで到達したかが、断層図でわかります。21日 23:10現在、プロトンはラスト2つの難所のふもとの地点に到達しているようです。もうすぐでハエンに到達し、それ以降、本格的な上りが始まるというのが、ヴィジュアルでよくわかります。そして、Web上でのTVE 生中継は、通常23:30。ごくたまに遅れますが。ヴエルタのサイトも進化したものです。以前は漫画でプロトンの様子を伝えていたけど。。
今日の最後の最後に出てくる第2級と超級の難所は、かなりきつい。これで、ノサルのクライマーとしての真価が問われる。また、エラスのポジションがどこまで上がるか。
最初のビヤレスの登りは平均5.5%。11キロの登りが続く。ここを上り詰めて、少々ほっとしたところへ、次のパンデラの山頂ゴールが待っている。上り始めてから、いきなり14%。ここでクライマーたちは、一気に差をつけたいところ。ラスト4キロの一番きついところで15%という過酷な坂が選手を待ち受ける。8キロ、平均斜度6.4%のこの最大の難関が、一体レースの総合順位をどこまで変えることになるのか。
ラスト35キロ地点。ハエンのスプリントポイントを通過した先頭の4人の中から、ガルシア・カルボとトレントが抜け出した。あとの2人、バロソとニエトはついていけない。ここからいよいよ 本格的な登りが始まる。クライマーたちにとって、勝負どころだ。登りの入り口手前にきて、ケルメがスピードを上げる。プロトンが長く伸びていく。トップの2人とプロトンの差は1分少々に縮まった。CMを挟んでTVEの画像を見たところ、その差が55秒に更に縮まっていた。解説者が、「先頭の2人はコラボレーとしながら、必死で逃げている」と言っているが、空からの映像を見ると、プロトンがもうすぐそこにせまっている。
オンセの黄色いチームカーが止まっている。イゴール ゴンザレスデ ガルデアノがパンクらしい。バイク交換している。 23:40、いよいよプロトンがCat2級の本格的な登りに入った。
<ツァベルがなんとCat2級入り口でスプリント>
148キロ地点。なんとCat2級の登り入り口で、ツァベルがスプリントを敢行した。これにはびっくりしたが、良く考えれば、ここでポイントを取れば彼はポイントジャージの赤い水玉ジャージを再び奪回できるのだ。果たして、ツァベルは うまうまと、ポイントで、ペタッキを上回ることに成功し、ステージ終わりにはポイントジャージをゲットした。このベテランの意地。あくまでポイントに拘るファイティング・スピリッツに大拍手を送りたい。(ちなみに、彼はトップから14分39秒遅れでフィニッシュ。一方ペタッキは27分43 秒遅れでフィニッシュ。)
その後、ダビデ・エチェバリアとライセカのEUSコンビが抜け出し、その後ライセカがソロで先頭を行く。フリーゴは第2カテゴリーの登りに入ってから、ずいぶんあえいでいる。一旦プロトンからドロップアウトし、第2カテゴリーと超級の間でプロトンのペースが遅くなった時点でまた追いついたようだが、これでは超級の登りでは、他の元気なクライマーたちには ついていけないだろう。(結局彼はグストフに引かれてトップから10分50秒差の81位でフィニッシュ。)
ライセカの後方では、メルカド、アティエンサ、クエスタ、セビーヤ、カルデナスらが抜け出すものの、ラスト10キロで彼らはプロトンに吸収され、ライセカもやがてプロトンにも追いつかれた。代わりにプロトンからするりと抜け出したオレンジジャージがラストの山岳フィニッシュに向けて、ステージ優勝目指して走っていく。オレンジジャージとはいっても、エウスカルテルではない。山岳ジャージのカルデナスだ。
ラストカテゴリー超級でトップをソロで行っていたカルデナスに、なんと後からエラスが追いついた。カルデナスとは30秒ほど差があったのだが、最後の登りで一気にエラスは一人で追いついた。主に先を行くのはエラス。カルデナスはエラスについていく。時折カルデナスも前に出ようとするが、また再びエラスが先頭に立つ。後方プロトンからは、調子のいいケルメのバルベルデが飛び出した。ノサルたちのプロトンは反応できず。ノサルはアシストに引かれて精一杯漕いでいる。エラスとの差は1分程度。ダメージを最低限にするのが精一杯で、とてもエラスを追うことは無理だ。
(写真は、2001年ツール、ペルピニヤンの第12ステージで優勝した時のカルデナスのル・フィガロ紙の記事。コロンビアを熱くしたカルデナスといった見出し。)
<最後の勝負はエラスVSカルデナスの一騎打ち、、と思われた。。>
エラスとカルデナスどちらも意地になってステージを狙っている、そんな感じのバトルが展開する。ゴールはすぐそばだ。この2人のうち、一体どちらが先にゴールするのか、手に汗握って見ていたゴール直前。ところがなんと突然、ぐんぐんと疾風のようにバルベルデがこの2人に追いつく。なんというタイミング。あとカーブを2つほどクリアすれば、そこはゴールというところだ!上空映像で見ると、バルベルデが あっという間にすいすい近づいてきたのがよくわかる。
<大どんでん返し劇>
ラストのカーブ。TVカメラが切り替わった瞬間、なんとあろうことか、トップで来たのはブルーのジャージではないか。USPの紺のジャージではない。抜けるような真っ青なオールラウンダーの証、コンビネーションジャージの青だ。(本当はコンビネーションジャージは1ポイントの差でノサルなのだが、彼はリーダージャージを着ているので、繰り上がりでバルベルデが着ていた。)
その後に、必死でカルデナスが行くが、バルベルデは後を振り返る余裕すらある。なんてことだ!バルベルデがエラスVSカルデナスの死闘に誰もが目を奪われている間に、油揚げをさらっていった!こんな彗星の如く山頂ゴール手前で大逆転劇が見られるなんて、超興奮だ。
エラスは2人からやや遅れて、2秒差でゴールとなった。バルベルデの最後の伸びについていけなかった。ノサルはといえば、更に少し差が開いて、トップから1分13秒ビハインドでゴールした。でもまだ、リーダージャージは維持できた。エラスとノサルの差は合計で4分2秒。それにしても、シーズン前半、バルベルデの名前は盛んに取り上げられ、天才ライダーとして誉めそやされていたけど、真価を見せてくれた。セビーヤが 今季 手術などのせいで今ひとつ冴えないこの状況で、ケルメにとっては嬉しいニュースだ。ちなみにバルベルデ、ケルメと来季も契約延長したという。
* レース・リザルト:
区間優勝------------- アレハンドロ・バルベルデ
総合首位------------- イシドロ・ノサル
ポイント賞 ------------ エリック・ツァベル(なんと山岳でツァベルがアタックして、再度ポイント賞ジャージを奪い返した。この話はまたあとで。)
山岳賞 -------------- フェリックス・カルデナス(文句なし)
オールラウンダー賞 ---- アレハンドロ・バルベルデ
そのベルダ監督が、自分が初参戦した78年のヴエルタについて語ったおもしろいエピソードが、新聞マルカに掲載されていた。
「78年のヴエルタで、我々のチームが出した車は、2台の車と1台のバンだけだった。それに全てのスーツケースを詰め込んだ。選手たちにレース用に特別に支給されたバイクは3台だけ。うち1台は僕が使用し、あとの2台は他のチームメートが かわるがわる使用した。あの頃 僕らはペンションに宿泊し、食事といえば、スープ、魚、オレンジ3個とデザートというメニューが繰り返された。」
初参戦の1978年のヴエルタで、ベルダ監督は総合21位だった。優勝したのは、ベルナール・イノー。今では使用する車の台数は150台、合計3500人ものスタッフがプロトンとともに移動する。そして、彼が指揮するケルメが誕生したのはUnipublicがヴエルタのスポンサーを始めた翌年の1980年のこと。ケルメは、来年で設立25周年を迎える。
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