... Vuelta a Espana 2004 NEWS *
― ここで勝てると思っていましたか?
「自信はかなりあった。でも先日の落車で右手が痛くて(ITT最中も包帯が痛々しかった)ただラッキーにも、ITTの最中は我慢できない痛みではなかった。腕を固定した状態で走れたのがよかったのだろう。とにかく夢が叶った。誰もが抱く夢。3大ツール全てのレースで区間優勝すること。」
― クライマーたちに逆転されないようにするには、このタイム差は十分だったでしょうか?
「タイム差は余り問題ではない。今日はとにかく区間優勝だけを狙った。だって、今日は特別な日なんだ。全てのアメリカ人にとっても重大な日。今日、9.11から3年目にあたる。世界を一変させた日だ。祖国のために勝って、悲惨な死をとげた犠牲者全員を弔う意味でも、優勝を捧げたかった。
(ここで、ランディスが記者会見場に入ってきた。「僕も質問していいかい?」などと冗談を言う。)
― なんで今日、僕を勝たせてくれなかったんだい?(とランディスからハミルトンに質問!!)
「みんな知っている通り、君は来年から僕のチームメートになる。そしたら、来年からは僕らは無線を通じてツーカーになるのさ。もしも次回 君の方が僕より早く行っていたら、ブレーキをかけて、僕を勝たせてくれ、と僕からお願いすると思うよ。」
― この優勝で、ヴエルタ総合優勝も視野ですね?
「僕は五輪のITTに特化したトレーニングをしてきた。だから、ヴエルタのような長いレースでうまく結果を出せるのかは、正直わからない。だから、これで総合優勝宣言はしたくない。ただ、五輪のトレーニングの成果がでたことだけは確かだ。ヴエルタは実質今日始まった。これからが山岳の正念場。これから見極めていきたい。
ところが、彼の未亡人アスセナが主催者に待ったをかけた。ヒメネスの名前をかぶせた行事を行うことは、一切許さないと。理由は両親・兄弟などの反対による。元来、彼の義理の兄弟にあたるCSCのカルロス・サストレがこの式典で代表者となる予定だったが、主催者は弁護士と相談した結果、式典を取り止めることにし、その旨サストレに伝えた。
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