mas ciclismo ... Vuelta a Espana 2004 NEWS *

ヴエルタ04・レースレポートへ

ヴエルタ第5ステージNEWS

9月8日(水)ヴエルタニュース:Tモバイル食中毒の原因は??

第6ステージ90km地点までに既に4人がリタイヤしたTモバイル。エヴァンスは、原因はホテルのフィッシュ・サラダじゃないかと思っている。レタス、アスパラ、魚などが混ざったサラダで、彼は通常こうしたごたまぜのものは口にしない。それを除けばホテルは素晴らしかったようだが。(しかし別の説も。)

エヴァンスはずっとボテロと同じ部屋だったが、彼は早朝からトイレで吐いて、ベッドに戻ってこなかったという。ボテロはエヴァンスに「トイレを汚してごめん」、と言ったが、この言葉すら満足にいえないほどの状態だった。ましてヴエルタを走る状態ではなかった。

ツールは怪我で出場できなかったヴィノクロフも犠牲者となった。なんとか第5ステージは乗り切った。「食中毒は出すものを出してしまえばすぐ元気になれる、だから持ちこたえて欲しい」、そうエヴァンスは言っている。


9月8日(水)ヴエルタニュース:黄金ジャージ * マヌエル・ベルトラン インタビュー

ヴエルタ開始5ステージの間に4人がリーダージャージを着たUSP。ランディス、ファンフェースウェイク、ヨアキム、ベルトラン。ベルトランの嬉しそうな顔が、あちこちのサイトに出ていた。アシストとして走ってきたから、ほとんど自分自身がてっぺんにのぼり詰めたことがない。それだけに、嬉しさを隠し切れないといった感じ。ブリュイネール監督も、「トリキ(ベルトランの愛称)があんなに喜ぶとは、と語るほど嬉しそう。実証:おおはしゃぎの写真へ

ベルトランは99年、丁度私がスペインのニュースをチェックし始めた年にボルタ・ア・カタルーニャで総合優勝したので印象に残っている。彼にとってはメジャー・レース初タイトルだった。こちらのサイトにも掲載している通り(ページ後半)、あの時初めて手にしたリーダージャージを眺めて、「夜眠れなかった」、と言っていた。今回も同様かもしれない。

あの時は最終日に山岳TTで優勝して総合優勝を故ヒメネスからもぎとった。今回は、TTTで稼いだタイム差と山岳でちぎれず、安定した走りをしてジャージを手中に収めた。

ベルトラン:「僕みたいな選手にとっては、表彰台に乗ってリーダージャージを着るなんていうことは、一生の思い出になることなんだ。僕はいわゆる注目選手じゃない。モーターとなるポテンシャルもないし、優勝はたやすいことじゃないんだ。」

笑顔で優勝を喜ぶベルトランだが、これは彼にとって最大の喜びではない。「98年ヴエルタ。オラーノをアシストして彼が勝った時、あれは僕自身の勝利のように受け止めている。」あの時オラーノの優勝を演出したのは確かにベルトランだった。当時レースの最中、バネストはオラニスタス(オラーノ支持派)とチャバニスタス(チャバ・ヒメネス支持派)に真っ二つに割れた。ベルトランはオラーノを信じて、山岳でみんなが千切れても彼を最後までオラーノを引いた。

「どのくらいリーダーの座をキープできるかはわからない。僕らは総合を狙っているわけではない。でも、ツールの時のようにいい走りができると思っている。」


9月8日(水)ヴエルタニュース:テレコム食中毒。3人がリタイヤ

前日食事の後、Tモバイルチームで最初に不調を訴えたのはヴィノクロフだった。ヴィノクロフは下痢で苦しめられた。早朝、今度はヒークマンとボテロが同様の症状で苦しんでいた。そしてこの2人はレースを走ったものの、疲労困憊し、リタイヤしてしまった。最悪だったのはヴェセマン。レース中に、食中毒の症状が出てしまった。85km地点でリタイヤ。ヴエルタ04でリタイヤ第一号になってしまった。このホテルにはリバティー・セグロも泊まっていたが、彼らからは、食中毒のレポートは入っていない。

これでテレコムのリーダーは総合でトップから16秒差のC・エヴァンスになった。もっとも、テレコムがこのままレースを続けるか懐疑的な見方も一部ではあるが、チームドクターは、ポジティブなコメントを出している。ヴィノは苦しみながらも、ヴエルタを続行。第5ステージではトップから17分以上の差でゴールとなったが、区間優勝を狙っていくだろう、とチームはコメントしている。

ヴエルタレポートへ戻る

go to page top


Homeへ
観戦頁へ