... Vuelta a Espana 2004 NEWS *
― ゴール時、この勝利は特別な人に捧げられたんですね?
「ゴールに入いる時、2年前に亡くなった彼女、バネサがくれたペンダントにキスをした。彼女に捧げる勝利を、僕はずっと模索し続けてきた。そして、この花束は母親に捧げたい。僕をずっと長い間支えてくれた。
― 今日は自分の日だ、思った瞬間は?
「モナチルの登りだね。この日は最初からずっと高速で走っていたから、サストレがアタックした時、これで随分プレーヤーが減るだろうと思った。そして、明日の第15ステージには山岳TTがある。その前に優勝候補たちは力をためたいと思うから、リスクを犯したくないはず。僕のようなエスケープが出ても、慎重に行くだろう。チャンスだと思い、思い切って行った。」
― そして続く下りでは 追いつかれまいと一世一代の逃げをした。
「いや、確かに下りでは相当スピードは出ていたけど、コースが広くてよく舗装されていたから、それほどのものじゃない。僕らはプロだから、バイクコントロールがたやすく出来る範囲でしか走らなかった。あれは必要以上にリスクを犯す走りではなかった。」
― 山頂到着時点で35秒というタイム差で、(その後20kmほど続く平坦の)残り逃げ切れると思った?
「できなくはないと思った。ただ鍵は、下った後平坦の最初の数キロでいかに後続との差を縮められないようにするか、だと思った。もし差を詰められなければ、追っての有力グループの選手たちが少し真剣に追うのを躊躇している証拠だろう、と計算した。」
― 目標は?
「まず当初の目標は区間優勝することだった。これは達成した。今からは、もっと区間を貪欲に狙い、総合でいい位置につけること。トップ5で終えられれば最高だね。ただ表彰台は遠い。最初の方のステージで既にタイムを随分失っているから。エラス・マンセボ・バルベルデら3人の偉大なチャンピオンを追い抜くのはかなり難しい。
― フォナックでは初勝利ですな?
「そう。(2002年ジロで優勝した時はケルメで走っていた。)アルバロ・ピノ監督には非常に感謝している。契約した時も、その後結果がついてこなかったときも、ずっと僕のことを信頼してくれていた。監督は、僕の不振の理由がもっと別の心理的なところにあることをわかってくれていたんだと思う。(彼女の不慮の事故によるもので、彼のスポーツ選手としての力が衰えたわけではないと。)ここから僕の新しい競技人生が始まると思う。
― フォナックでまた来年も走る?
今季で僕の契約は終わり。その後のことは、代理人であるトニー・ロミンゲルに任せている。でも、契約更新の意思はある。
(出展:アスディアリオ)
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