川南町トロントロンドーム・モーツァルト祭とは・・・・・

 「川南町トロントロンドーム・モーツァルト祭」は、「日本モーツァルト青少年管弦楽団」が毎年12月に川南町で行う

合宿を支援し、その期間中に行われる音楽祭です。

 音楽祭の最後には、合宿の成果を発表するコンサートが開催されるほか、期間中は、マスタークラスレッスン、ワーク

ショップ(音楽教室)、レクチャーコンサートなど教育的なプログラムも実施されます。その他ミニコンサート、地元合唱

団との共演など音楽を通じた楽団との地元住民との交流を図るプログラムが実施され、地元特産物を持ち寄ったパーティー

など地域性を生かした催しを実施されます。

 本モーツァルト祭は、「モーツァルトのすばらしい音楽を農村に響かせよう!」「農村から芸術文化を発信しよう!

という音楽祭です。

教育:Education

 ● 一流、多彩な指導者

   一流、多彩な指導陣により、楽団の指導だけでなく、地域の学生の指導、地域の文化の向上を図ります。

   馬込勇(音楽監督、指揮、ファゴット)、B.スルツァー(アドバイザー、指揮)、内田延子(アドバイザー)、海老沢敏(特別講師)、

   M.シュルツ(フルート、マスタークラス講師)

 ● 充実の教育プログラム

   音楽を専攻する学生を対象としたマスタークラスレッスンのほか、地元学生、音楽愛好家を対象としたプログラムに積極的に取り

  組みます。

   マスタークラス(2〜4回はフルート、G.フォーグルマイヤー、M.シュルツ)

   学校訪問、公開練習、ワークショップ(馬込勇、B.スルツァー、F.ローゼンシュタイナー)

   レクチャーコンサート(海老沢敏)

 ● 若手音楽家の育成

   日本全国からオーデシュンにより選ばれた青少年オーケストラ「日本モーツァルト青少年管弦楽団」の合宿を支援するとともに、

  コンサートのソリストとして積極的に若手音楽家を登用します。

融合:Harmony 地域性:Locality

 ● 農村文化と音楽との融合

    川南町は、豊かな自然環境に恵まれた、農業漁業の盛んな町です。この町を、音楽監督の馬込勇氏、アドバイザーのB.スルツァー氏

   は、「モーツァルトの似合う町」と称します。美しい風景、都会にはないゆっくりと、しかし確実な時間の流れ、そこに住む人々の

   文化が、モーツァルトの音楽を育むのに最適な環境だそうです。日本全国から集まった若いエネルギーが、一流の指導者の下で洗練

   され、豊かな自然環境と中庸のテンポを持った農村で、すばらしい音楽を創造します。

 ● 地元音楽家、音楽愛好家との交流

    楽団は、合宿の期間中、自らミニコンサート(エントランスホールコンサート)を企画、開催し地元音楽祭関係者と交流を図ります。

    また音楽祭のフィナーレでは、地元合唱団と青少年オーケストラ、海外から招聘した指揮者との共演で、合唱つきのオーケストラ

   楽曲(「レクイエム」「メサイア」「戴冠式ミサ」など)を演奏し、楽団、招聘した音楽家と地元との交流を図るほか、様々な教育

   プログラムを通じて、見る、聴くだけでなく、参加する、交流が図れる音楽祭です。

● 農村ならではの音楽祭

    楽団員、マスタークラス受講生は、約1週間川南町に合宿することになり、この間、地元農家の協力により農園を開放してもらい、

   ハードな練習スケジュールの合間に、イチゴ狩り、みかん狩りを行ったりしてリフレッシュできるようにしています。

    また、コンサートの翌日には、町内の伊倉ヶ浜に、その日の朝とれた魚貝、特産の食肉、特産の野菜を持ち寄り、浜焼き(バーベキュー

   パーティー)を行い、地元住民と楽団員、音楽祭関係者との交流が図られます。

● 手づくりの音楽祭

    音楽祭を主催する「川南町トロントロンドーム・モーツァルト祭実行委員会」は、音楽祭を成功させたいと願う地元住民約20名からなってい

   ます。お寺の住職、農家、役場職員、主婦、会社員など様々ですが、企画、広報、運営など音楽監督、アドバイザーの指導を受けながら

   行っています。一流指導者の声と、地域の声が融合することにより、真に地域に根付いた文化を創造していきます。

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なぜ、川南町でモーツァルト祭?・・・ なぜ、モーツァルト? ・・・・・

 出会いにより始まった音楽祭

   川南町出身の音楽高校生と一人の音楽家との出会いにより始まった音楽祭。彼女の卒業演奏会を故郷で行ってあげたいと考えた馬込勇氏

  (本音楽祭音楽監督)が川南町を訪れ、町文化ホールを視察。小さいながらも、その響きの良さをすっかり気に入った氏は、「自分の主宰す

  る青少年オーケストラの演奏会をここでできないだろうか」と打診した。一方で、馬込勇氏が学生時代、及び演奏家として生活してきたヨー

  ロッパでは、「それぞれの町に、その町独特の音楽祭がある」という話に、町、及び町の音楽愛好家は感心し、「自分たちも何かできないだ

  ろうか」と考え始めた。一人の生徒の卒業演奏会の予定が、青少年オーケストラの演奏会、音楽祭の実施と言う形で実現することとなった。

 「モーツァルトが似合う町」

   音楽祭期間中は、分刻みの練習スケジュールに追われる楽団員、イベントの事務処理に追われる実行委員、音楽祭の舞台裏はイライラした

  雰囲気に包まれることもしばしば。ある合奏練習で指揮台に立たれたB.スルツァー氏は指揮棒を止めて言われました。「ここ(川南町)は、

  モーツァルトが似合う町だから、この町のゆっくりと、しかし確実なテンポを感じながら演奏し、いい音楽を作りましょう。」

   それ以来、「なぜ、川南町でモーツァルト?」と聞かれたら、「モーツァルトが似合う町だから」と答えている。

 「なぜ、モーツァルト.1」

   音楽監督の馬込勇氏は、ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、卒業後もリンツ州立ブルックナー管弦楽団で活躍、その他音楽アドバイザーの

  B.スルツァー氏もオーストリアの作曲家、教育者、神父であり、オーストリア、モーツァルトにゆかりが深い。

   「日本モーツァルト青少年管弦楽団」は、国際モーツァルト財団、国際モーツァルテウム事務局の要請により結成された楽団である。

 「なぜ、モーツァルト.2」

   近年、アマチュアを含めて、ロマン派以降の作品が演奏される機会が多くなってきているなかで、青少年オーケストラとともに古典、モーツ

  ァルトの楽曲をしっかり勉強したい。

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川南町モーツァルト祭の風景 ・・・・・

 スイス人の住む町

   川南町には、ドイツ語が話せる合唱団員が1名、実行委員が1名いる。1人は、ビニールハウスから合唱練習に駆けつける農業青年、1人は

  漁協に勤め、招聘の音楽家に新鮮な刺身、魚の煮付けをさしいれてくれる主婦である。数少ないスタッフで運営している実行委員会にあって、

  自前のメンバーで通訳が務まり、非常に重宝している。ところが、先日、馬込勇監督と打合せの途中、スルツァー教授、シュルツ先生が、「川

  南にはスイス人がいる」と笑っておられたのこと。実は、川南のドイツ語班は、スイスに農業研修に行ったときドイツ語を覚えたらしく、川南

  のドイツ語は、非常にスイス訛りらしい。

 礼服を作業着に着替えて

   昨年、学校訪問でソロの曲を演奏し終えた楽団員は、ホテルに帰る途中、車を運転していた実行委員(酪農家)と意気投合。「どうしても、

  牛養いがやってみたい」と言い出した。たまたま、午後のレッスンがあきであったこともあり、急いでホテルに帰るや、礼服を作業着に着替え、

  楽器を農具に持ち替え、しばし牛養いを体験した。

 夢など語る暇はない! フロンテァスピリット

   川南町には、入植・開拓の歴史があり、今では日本全都道府県からの出身者がいる。町民性は、非常に解放的で、活動的だと自負している。

  あるマスコミのインタビューに、「川南町は元気ですね。モーツァルト祭をよく実現しましたね。」という問いに、我が実行委員長が「ゆめ」

  と言い出したので、「川南町には夢を語ることが好きな人が多い」と答えると思いきや、「川南町の人たちは、夢を語る前に動き出しちゃうんで

  す」と回答。

 楽器をカキナイフに持ち替えて

   音楽祭の最終日、コンサートの翌日に開催される浜焼きは楽団員の楽しみの1つである。町内の漁師さんが、その日の早朝、楽団員のために

  海に潜り獲ってきたカキ、あわびがふるまわれ、その他牛肉、野菜が準備されている。炭火で焼いたカキを、漁師さんが手際よく開けてくれ、

  それをもらって食べるのだが、しばらくすると「自分でやってみるか」とカキナイフを手渡される団員もチラホラ。炭火で焼かれたカキの殻は、

  軍手の上からでも結構熱く、また、上手にやらないと中のエキスがこぼれてしまう。昨日まで、楽器を上手に操っていた団員たちも、カキナイフ

  には悪戦苦闘。ただし、自分で開けたカキは最高に美味しいとのこと。

 太平洋でクリスマスイブ

   昨年の浜焼きは、12月24日、川南町伊倉ケ浜で行われた。前日「メサイア」の指揮をされたB.スルツァー教授も浜焼きに参加された。氏は、

  敬虔なカトリックの神父でもあり、幼少のころからクリスマスイブは修道院で過ごしてこられたのこと。「太平洋を見ながらクリスマスイブを過

  ごすなんて」と非常に感動しておられた。

   オーストリアの音楽界では、非常に著名である教授が、日本の宮崎県川南町で音楽祭に参加したことは、氏がオーストリアに帰国後、早速全国

  紙、音楽雑誌の記事になり、その内容は「B.スルツァーが、2003年12月日本の太平洋に面した町でKawaminami Mozart Festに参加」となっていた。

   オーストリアにとって、太平洋というのは非常にあこがれのまとらしい。

   なお、スルツァー教授が、新聞、雑誌、その他働きかけて下さったおかげで、2005年の欧州公演がJeunessの主催で実現する運びとなった。

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