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栄西、禅と茶を招来する
| 鎌倉時代の初め、日本に禅宗(臨済宗)を広めた明庵栄西は、「茶の効用」を説いた人としても知られています。栄西が晩年に著した『喫茶養生記(きっさようじょうき)』は、日本で最初の茶の本とされ、栄西自身は茶の開祖、あるいは茶道の開祖ともされています。 茶は、古代中国においては早くから薬として知られ、日本にも留学生などを通じて平安時代初期に伝えられました。嵯峨天皇の朝廷では茶を飲む習慣が生まれ、茶樹の栽培もすでにおこなわれています。 したがって栄西をもって茶の始まりとはいえません。それにもかかわらず栄西が茶の開祖とされるのは、やはり『喫茶養生記』の存在意義が大きいからでしょう。 栄西は二度にわたり宋の国へ渡っています。47歳のおりには天台山万年寺の虚庵懐敞(えしょう)に就いて、4年のあいだ禅を学びました。その当時、宋では禅宗が隆盛をきわめ、その修行に眠気ざましとして茶が使われていたといわれます。 茶の栽培も盛んにおこなわれ、天台山の山麓は古くから雲霧茶の産地でもあったことから、栄西はそこで茶について多くの知識も得たのでしょう。 帰国したとき栄西は茶の実を持ち帰り、しばらく滞在した平戸をはじめ北九州の地にそれを植えたと伝えられています。 のちには京都栂尾(とがのお)の高山寺の開祖明恵(みょうえ)が、栄西から茶の実を譲り受け、境内に植えたとされています。歴史的な証左はありませんが、高山寺の杉木立のあいだにいまも残る小さな茶園が、それだといわれています。高山寺を始まりとする栂尾茶は、やがて「茶の第一」とされ、後世まで珍重されています。 栄西が禅と茶を招来したことから、のちの「茶禅一味」のような精神世界がすでにそこにあったかのように思われるかもしれません。禅の眼目ともいえる座禅は密教系の仏教にもみられますが、きわめて個人的な、内面との対話を重視した座禅は禅宗によって完成します。 しかしそれが茶とむすびつくのは、のちに村田珠光や武野紹鴎、そして千利休らによって構築された世界においてでした。 また栄西より少しあとの時代、大陸から渡来した禅僧によって茶礼(茶の儀礼)が持ち込まれます。茶礼は、いまも京都の建仁寺に伝えられていますが、栄西はそうした儀礼的な茶についても『喫茶養生記』では語っていません。 むしろ栄西の面白いところは、茶の精神性や儀礼についてはほとんど触れず、ただ茶の知識を広め、養生としての茶の効用を説いたところにあります。栄西がもともと天台密教を修めた僧であり、現世利益的な実利性を重んじる土壌に育ったことと関係しているのかもしれません。 『喫茶養生記』には天台密教の世界観が反映されています。けれども主題は、具体的な例をあげながら、「お茶はこんなに体にいいもので、養生に役立つものなのだから、ぜひ飲みなさい」という勧めにあります。なによりも茶の実践者としての栄西の姿を、そこにみることができます。 |
栄西 (1141〜1215) 「ようさい」ともいう。字は明庵。14歳のとき比叡山に入り、天台宗を修める。28歳のとき最初の渡宋。47歳で再び宋に渡り、天台山で禅を修めた。帰国後、筑前に日本初の禅寺・報恩寺を建立。『興禅護国論』を著し、禅の普及に努めた。のち北条政子の帰依を得て鎌倉に寿福寺、京都に建仁寺を開いた。建築知識にも明るく、東大寺の修復もおこなっている。 |
『喫茶養生記』の世界
| 『喫茶養生記』の序で、栄西はこう述べています。 「茶は養生の仙薬なり。延齢の妙術なり。」 茶は健康維持の特別な薬であり、寿命を延ばしてくれるものだ、というのです。 そしてまず密教の世界観から、人間の五臓(肝臓・肺臓・心臓・脾臓・腎臓)と、食べ物の五味(酸味・辛味・苦味・甘味・鹹味)を対比させています。そのうえで、 「このうちもっとも大切なのは心臓だが、その心臓を養う苦味は日常の食事からはとりにくい。しかし茶を飲むことで苦味をとることができ、心神を爽快にして心臓をととのえ、万病を除くことができるのだ」 と記しています。ここでいう苦味は、渋味とも同じ意味と考えていいでしょう。ちなみに五味の最後にある鹹味(かんみ)とは、塩味のことです。 栄西はさらに、『茶経』や『広雅』、『博物誌』、『食経』といった中国の文献から、茶の植物学的特徴と健康上の効用を数多く紹介しています。そのうちの「三、茶の功能を明かす」に着目すると、 広雅に曰く、「其の茶を飲むは、酒を醒まし、人をして眠らざらしむ」 博物誌に曰く、「真茶を飲めば、眠りを少からしむ」 桐君録に曰く、「茶を煎じて飲めば、人をして眠らざらしむ」 神農の食経に曰く、「茶茗宜しく久しく服すべし。人をして悦志有らしむ べし」 壷居士が食志に曰く、「茶久しく服すれば羽化す」 とあります。これらは茶の効用のうち、覚醒・興奮作用などを述べたものでしょう。悦志とは快活な気持ちのこと、羽化とは羽をもつ仙人になることです。 張孟の成都楼に登る詩に曰く、「芳茶は六清に冠たり」 ともあります。六清とは、眼、耳、鼻、舌、身、意の六根が清明であることを意味しています。 中国古典にみられるこれらの効用は、主としてカフェインの作用によるものです。 それが判明したのは、栄西から700年を経た19世紀になってからのことでした。西洋社会で急速に発達した化学的手法により、茶葉からカフェインが分離され、その多様な作用が初めて科学的に確認されたのです。 |
●喫茶養生記 「序」につづき、「巻上」では主として茶の紹介と効用を、「巻下」では桑茶や桑粥など桑の葉の効用を説いている。茶だけでなく、桑についても触れたのは、当時の宋では茶と桑が仙薬とされていたことに由来している。 |
カフェインの効用と栄西
| お茶には、カフェインが2〜4%ふくまれています。味覚の面では、苦味の元となっています。 カフェインの効用としてよく知られているのは、いわゆる「眠気覚まし」です。これはカフェインが大脳皮質に働き、中枢神経の興奮作用をもたらすことによります。 このとき感覚機能や精神機能が亢進されるため、眠気を除去するだけでなく、栄西のいうように快活な気分にもなるわけです。現代の栄養ドリンク剤の多くにカフェインが入っているのも、同じ理由からです。、 栄西は晩年、鎌倉の寿福寺において三代将軍の源実朝としばしば法談に及んでいます。 そのきっかけとなったのは、実朝が二日酔いと思われる気鬱におちいっているとき、栄西が茶と『喫茶養生記』を献じたことでした。実朝はそのとき初めて茶というものを飲み感悦した、と『吾妻鏡』は伝えています。 当時、実朝は20歳、栄西は71歳になっていました。北条一族の画策による血なまぐさい政争渦巻くなかで、実朝は自らも命の不安にさらされていました。孫のような実朝を相手に、栄西は茶を献じながら何を語ったのでしょうか。 のちに暗殺される悲劇の将軍実朝にとって、鬱々と過ごす日々のなかで、茶はまさに一服の清涼の味覚として心に浸透したであろうことが想像されます。 実朝にいっときの感悦をもたらしたカフェインには、強心作用もあります。カフェインが心筋に働き、心拍数を高めるためです。これについても栄西は前述したように、「心臓を養うのは苦味であり、苦味は茶を飲むことで摂取することができる」と指摘しています。 ただしカフェインには血液を凝固させ、血圧を上昇させる作用もあります。そのためワーファリンのような血圧降下薬を飲んでいる人は、カフェインのとり過ぎには注意する必要があります。 またカフェインには、利尿作用や消化促進作用もあります。これについて栄西は、 本草に曰く「(前略)小便は利に、睡は少なくし、疾渇を去り、宿食を消す」 本草拾遺に曰く「(前略)水道を利し、目を明らかにす」 と紹介しています。小便は利に・・とは利尿のこと。睡は眠気、疾渇は喉の渇き、宿食とは消化不良のことです。水道もまた、体内の水の流れ、つまり利尿を意味しています。 利尿作用は、カフェインが腎臓の糸球体や尿血管の働きをよくする結果です。 また消化作用は、胃壁を刺激し、胃液の分泌をうながすことによります。ただカフェインをとり過ぎると、かえって胃壁を傷めることもあります。 こうした効用はいずれも、近代に入ってから科学的に証明されました。それが古代中国において、すでに茶の薬効として認識されていたことにも驚かされます。 ところでカフェインの効用として、最近注目されているのはダイエット効果です。正確にいうと、脂肪燃焼効果というべきでしょう。 カフェインを摂取すると、褐色脂肪細胞が活性化され、脂質や糖質の分解が促進されます。とくに有酸素運動をおこなうと、エネルギーとして脂肪酸の燃焼効率が非常に高まり、その結果、体脂肪の減少効果がみられるのです。 スポーツの世界では、カフェインは興奮剤の一つとしてドーピングの対象になっています。しかし一般の人が運動をするときには、お茶やコーヒーにふくまれるカフェインをうまく利用することには、何の問題もありません。むしろ、運動効率を高めることができます。 |
源実朝 (1192〜1219) 鎌倉幕府3代将軍。父は頼朝、母は北条政子。将軍でありながらも北条一族の専横に抵抗し、孤立化した。失意のうちに和歌や蹴鞠に打ち込み、空虚さを埋めるために官位の昇進を願った。右大臣となった翌年、鶴岡八幡宮での拝賀の礼のおり、甥の公暁により暗殺された。歌集に『金槐和歌集』がある。 |
カテキンと生活習慣病の予防
| お茶にはカフェインのほかに、タンニンやテアニン、ビタミン類など、多くの成分がふくまれています。そのなかで、近年もっとも話題となっているのがカテキン(エピガロカテキンガレート)です。 カテキンはタンニンの一種で、味覚面では渋味の元となっています。 カテキンが話題となったきっかけは、抗がん効果でした。静岡県のがん死亡率が全国平均より低いことに注目した静岡県立大学によって、1989年に緑茶との関係調査が実施されました。 その結果、静岡県内でも茶どころとして知られ、住民が緑茶をよく飲む中川根町を中心とする一帯では、胃がんによる死亡比が全国平均より大幅に低いことが判明したのです。 全国平均を100とすると、中川根町では男性が20.8、女性は29.2という顕著な違いがみられました。 カテキンには、がんの発生原因となる活性酸素をおさえ、体の酸化(老化)を防ぐ働きがあります。また胃がんの原因とされるピロリ菌に対する殺菌作用もあり、それらの相乗作用によって、胃がんの発生を抑える効果をもたらしていると考えられています。 狭山茶の産地でもある埼玉県の県立がんセンターの研究では、カテキンを乳がんの予防薬タモキシフェンや大腸がんの予防効果があるとされる抗炎症薬のスリンダクと併用すると、がん細胞の殺傷効果が大幅に向上することが報告されています。 こうしたことからカテキンは、がんを発症した人の再発予防にも効果があると考えられています。 同じ埼玉県立がんセンターによる別の調査(1986年からの10年間、40歳以上の約8500人を対象)では、緑茶を1日10杯以上飲む人は、3杯以下の人と比較してがんの発症年齢が男性で3.2歳、女性で7.3歳も遅いという結果もみられます。 こうしたことから、カテキンによる抗がん効果を期待するには、茶葉にして1日1.5グラム、濃い目の緑茶にして10杯程度飲むことが理想とされます。お茶の葉をそのまま食べたり、ご飯にかけたりしても、同様の効果があります。 ただお茶にはカフェインがふくまれているので、たくさん飲むと胃に影響を与えることもあります。最近はカテキンのサプリメントやカフェインを抜いた飲料も出ているので、それを利用するのもいいでしょう。 カテキンについての研究はその後さらに進展し、インスリンの分泌を促進したり、コレステロールの増加を抑える働きもあることが判明し、糖尿病や高脂血症をはじめとした生活習慣病の予防にも役立つことが知られるようになりました。 一時赤ワインにふくまれるポリフェノールが、老化や高血圧の予防に役立つとして話題になったことがありました。緑茶のカテキンは、そのポリフェノールのひとつでもあるのです。 またカテキンの抗菌作用も、忘れることができません。カテキンには、赤痢菌の増殖を抑え、コレラ菌を殺すほどの強力な殺菌力があります。お茶で手を洗い、喉をすすぐ(うがいをする)と、ほとんどの細菌を死滅させることができるほどです。またお茶を飲むと、腸のなかで悪玉菌だけを退治する効果があることも知られています。 さらに最近は、カテキンのダイエット効果にも関心が集まり、それが新たな緑茶ブームの引きがねともなっています。 栄西の時代にはまだ、がんという病気も生活習慣病のことも知られていません。しかし『喫茶養生記』の冒頭で、お茶を「延齢の妙術(寿命を延ばす特別なもの)」とした栄西の指摘は、当たっていたといえるでしょう。 栄西自身はどうであったかといえば、71歳のときに『喫茶養生記』を著したのちも鎌倉(寿福寺)と京都(建仁寺)を往復し、当時としては長寿といえる75歳で亡くなるまで禅宗の普及に努めたことが知られています。 ※カテキンについては、三重大学の最近の研究によれば、高濃度のカテキンにはDNAを傷つけ、かえって細胞のがん化をうながすという報告がみられます。これは緑茶の40倍もの濃度なので、通常のお茶を飲む場合にはまったく問題にはなりません。 しかし最近は、食品のなかのひとつの成分が注目されると、突出した形で商品化される例が増えています。緑黄色野菜にふくまれるβカロチンの場合も、その抗がん効果が話題となり、多くの商品がつくられました。のちにβカロチン単独ではあまり抗がん効果がみられず、かえってがん化をまねく可能性もあることが報告されました。 カテキンの場合も、ほかの多くの成分(カフェインやビタミンCなど)との相乗作用が重要であり、単独で摂取するよりもお茶として飲むことに意味があると思われます。三重大学の研究結果は、ひとつの成分だけがブームとなる傾向に警鐘を鳴らすものといえるでしょう。 |
●カテキン カテキンはポリフェノールの一種で、緑茶には数種類のカテキンがふくまれている。そのうちもっとも抗酸化作用などが強いのがエビガロカテキンガレート。同じ茶葉からつくられる紅茶、ウーロン茶にもふくまれているが、緑茶がもっとも多い。 |
お茶を上手に淹れる
| お茶は面白いことに、淹れるときのお湯の温度によって、味や成分の種類が大きく違ってきます。 お年寄りのなかには、夜のお茶は眠れなくなるからと敬遠する人が少なくありません。それはカフェインの作用によるものですが、じつは熱湯に近いような高温で淹れるとカフェインが大量に出て、苦味の強いお茶になります。 それに対して、40℃〜50℃程度のぬるま湯で淹れると、カテキンが多く抽出されます。味の面でも苦味は薄らぎ、さっぱりした渋味になります。 また茶葉に水を注いで淹れると(水出し)、カフェインやカテキンはあまり抽出されず、かわってアミノ酸の一種テアニンが多く出て、まろやかな味になります。 テアニンは旨み成分ともいわれ、新茶や玉露などをおいしく感じるのはテアニンが多くふくまれているからです。ふつうの茶葉でも、水出しするとテアニンがたくさん出ます。水出しのお茶を知らない人はけっこう多いのですが、急須に茶葉を少し多めに入れ、10分程度置くと十分においしいお茶が飲めます。 テアニンには、脳の神経細胞に働きかけ、リラックスさせる効果があります。お茶を飲むとホッとするのは、テアニンによる作用です。仕事が終わったあとや、夜間にはピッタリのお茶なのです。 睡眠中はかなりの汗をかき、体が軽い脱水状態になります。それが早朝の心不全や脳卒中の原因ともなりやすいので、中高年の人ほど夜間でも水分をとるほうがいいといわれます。 お茶にはビタミンCやEなど、疲労回復に役立つ成分も多くふくまれています。それだけに水出し、あるいはぬるめのお湯で淹れたお茶は、夜向きの飲み物といえるでしょう。 お茶の種類によっても、成分量に違いがあります。カフェインが多いのは、抹茶、玉露、煎茶です。カテキンが多いのは、煎茶、番茶です。テアニンは、抹茶、玉露、煎茶に多くふくまれています。 ちなみに栄西が『喫茶養生記』で述べているのは、抹茶についての紹介です。けれどもどのようなお茶にも、量の違いこそあれ、これらの成分はふくまれています。お湯の温度を変えて、味と成分の違いを楽しめばいいのです。 栄西なら、茶の違いはともかくとして、「健康のために、まず飲みなさい」と勧めたでしょう。 |
●テアニン アミノ酸の一種で、グルタミン酸の誘導体。テアニンを摂取すると脳の神経伝達物質に作用し、α波が出ることからリラックス効果が認められている。また最近、睡眠の質を向上させ、寝つきをよくしたり、熟睡させる効果なども報告されている。 |
主な参考文献 『茶道古典全集2』 森鹿三 淡交社、『禅入門1 栄西』 古田紹欽 講談社、『人物草書・栄西』 多賀宗隼 吉川弘文館、『京都・宗祖の旅』 高野澄 淡交社、『淡交(特集・栄西の『喫茶養生記』』淡交社、『お茶はなぜ体によいのか』 黒田行昭 原征彦 裳書房、その他多数。
ここに掲載する情報は、病気の予防や早期受診に役立てるためのもので、個人の症状を診断するものではありません。体調に不安のある方は、早めに受診されることをお勧めします。
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