| 2005年 142号〜153号 |
| 142号(2005年1月号) |
| 「ミー"me"」と「ミーム"meme"」のはざまで―「在日」のかさぶた | 夫徳柱 |
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「老人と障害者はちがう」か? | 高田嘉敬 |
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本のある風景 | 坂倉加代子 |
| 143号(2005年2月号) |
| 永井荷風と部落問題4―尾崎紅葉の出生と「憂悶の情」をめぐって | 野町 均 |
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金賛汀著『在日、激動の百年』と『朝鮮総連』を読む | 仲尾 宏 |
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「障がい」者とはだれのことか? | 高田嘉敬 |
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医療と介護の「不幸な」出会い | 中村大蔵 |
| 144号(2005年3月号) |
| 「私」を主張すること、伝えること | 福岡ともみ |
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「障がい」者とはだれのことか?(続) | 高田嘉敬 |
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老いと向き合う | 坂倉加代子 |
| 145号(2005年4月号) |
| 差別の解消をめざすあらたな試み―愛媛県東予市庄内地区をたずねて | 住田一郎 |
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大沢敏郎著『生きなおす、ことば 書くことのちから―横浜寿町から』を読み返す | 中西 仁 |
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紐をくわえてやって来る犬 | 中村大蔵 |
| 146号(2005年5月号) |
| なぜ『同和利権の真相』は売れたのか―寺園・角岡論争を読む | 石川憲三 |
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阿波根昌鴻著『命こそ宝・沖縄反戦の心』
| 吉田智弥 |
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もう一つのボランティア | 高田嘉敬 |
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日韓福祉民間交流は進む | 中村大蔵 |
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私の庭―花、そして… | 坂倉加代子 |
| 147号(2005年6月号) |
| 人権擁護法案への私的な感想 | 八木晃介 |
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山下力著『被差別部落のわが半生』を読む―被差別部落民である自分と向き合うこと | 住田一郎 |
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痴呆を認知症と言い替えて何が変わる、何を変える | 中村大蔵 |
| 148号(2005年7月号) |
| 『解放新聞』全国各紙を読む | 俵原丈治 |
| 歴史の逆説―「蘇北・蘇北人」の場合 | 恩智 理 |
| 辻ミチ子著『女たちの幕末京都』を読んで―歴史叙述の魅力 | 熊谷 亨 |
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「問題老人」は開拓老人 | 中村大蔵 |
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専業主婦たちの"つぶやき" | 坂倉加代子 |
| 149号(2005年8月号) |
| 福祉のしくみが変わるとき―障害者自立支援法をめぐって | 高田嘉敬 |
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「人権擁護法案への私的な感想」にかかわるわたしの「弁解」 | 佐々木寛治 |
| 斎藤美奈子著『物は言いよう』―自らの性差別意識をチェックする | 坂倉加代子 |
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介護現場は常に薄氷を踏むが如し(前編) | 中村大蔵 |
| 150号(2005年9月号) |
| 学校教育「うらおもて」史の今日的意義―佐藤秀夫著『教育の文化史』を読む | 四方利明 |
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出あいなおしの訪れ | 虫賀宗博 |
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介護現場は常に薄氷を踏むが如し(後編) | 中村大蔵 |
| 時間の過ごし方に学ぶ―「めだかの学校」のことなど | 坂倉加代子 |
| 151号(2005年10月号) |
| インタビュー:部落解放運動とわたし(1)―部落問題から目をそらして生きた日々 | 山下力+藤田敬一 |
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各位の生きざま | 野町均 |
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震災なかりせば出会わなかった人々と暮らし | 中村大蔵 |
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子どもを大切にするということ―スウェーデンの旅から | 坂倉加代子 |
| 152号(2005年11月号) |
| インタビュー:部落解放運動とわたし(2)―目覚めから運動へ、そしていま | 山下力+藤田敬一 |
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最近読んだ本から 8 島田洋七著『佐賀のがばいばあちゃん』 | 坂倉加代子 |
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プロとアマのちがいについて | 高田嘉敬 |
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介護保険は入居老人の旅行を認めない? | 中村大蔵 |
| 153号(2005年12月号) |
| アジアの側から考えるとは―日高六郎さんの『戦争のなかで考えたこと ある家族の物語』を読む | 師岡佑行 |
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『同和利権の真相』をめぐって | 高田民彦 |
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制服と上履き | 中西宏次 |
| 2006年 154号〜165号 |
| 154号(2006年1月号) |
| 〈尼崎だより〉人と居場所と癒し―家庭裁判所から少年補導を受託して | 中村大蔵 |
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〈ひろば〉友人がアルカイダ? いざとなるとあたふたした私の人権感覚 | 次田哲治 |
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〈ひろば〉私の視点―遺書・軍隊・差別― | 安達五男 |
| 155号(2006年2月号) |
〈部落問題全国交流会報告〉部落のいまを考える
―第22回部落問題全国交流会に参加して | 熊谷 亨 |
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〈最近読んだ本から〉先入観を捨てる―山本美芽著『りんごは赤じゃない―正しいプライドの育て方』 | 坂倉加代子 |
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〈ある光景〉自分を問いなおす | 重信陽子 |
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〈横浜・寿識字学校から〉人間全体を学ぶ場 | 大沢敏郎 |
| 156号(2006年3月号) |
| インタビュー:町をつくりかえる(1)地域への愛着心を育てる | 中村 勉+藤田敬一 |
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〈ひろば〉いのち―生き合う(1) | 杉山光洋 |
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〈ある光景〉荒れた作業所 | 高田嘉敬 |
|
〈学校の風景から〉部活動 | 中西宏次 |
| 157号(2006年4月号) |
| インタビュー:町をつくりかえる(2)町づくりの基本は子育て | 中村 勉+藤田敬一 |
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〈ある光景〉私に何ができるか | 片岡 健 |
| 〈横浜・寿識字学校から〉未完の架け橋 | 大沢敏郎 |
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〈学校の風景から〉組立体操 | 長谷川洋子 |
| 158号(2006年5月号) |
| 〈部落のいまを考える〉ある大学入試の設問をめぐって | 野町 均 |
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〈最近読んだ本から〉過去を記憶する意味―化製業の軌跡を追う―中島久恵著『モノになる動物のからだ―骨・血・筋・臓器の利用史』 | 恩智 理 |
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〈ある光景〉歴史を学ぶ女性たち | 重信陽子 |
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〈ひろば〉いのち―生き合う2 | 杉山光洋 |
| 160号(2006年7月号) |
| 〈ひろば〉関係のなかで生きる「知」を―『差別とハンセン病「柊の垣根」は今も』を読む | 福岡ともみ |
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〈尼崎だより〉老人ホームで一八年―思い出すこと多し | 中村大蔵 |
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〈四日市から〉DV被害者を支援する | 坂倉加代子 |
| 161号(2006年8月号) |
| 〈師岡佑行さんを悼む〉梅雨の終わり―沖縄にて | 中村大蔵 |
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〈師岡佑行さんを悼む〉師岡佑行さんを偲ぶ | 藤田敬一 |
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〈横浜・寿識字学校から〉戦火のなかでの学び | 大沢敏郎 |
| 〈学校の風景から〉校長退職―鳥の目と虫の目
| 長谷川洋子 |
| 〈ひろば〉いのち生き合う | 杉山光洋 |
| 162号(2006年9月号) |
| 「学力保障」で保障できないこと | 中西 仁 |
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君、何ぞはるかなる―師岡佑行さんの最期 | 岡田輝雄 |
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白菜年賀状―小学校三年生たちからの便り | 三谷素子 |
| 163号(2006年10月号) |
| 部落問題はなぜいまも残っているのか―角岡伸彦著『はじめての部落問題』を読んで | 柚岡正禎 |
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韓国旅行記―二人だけの団体旅行 | 高田嘉敬 |
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プール | 中西宏次 |
| 164号(2006年11月号) |
| 対談:人間と差別について考える(1) 子どもたちと向き合う | 鶴見俊輔+藤田敬一 |
| 三味線と猫 | 重信陽子 |
| 165号(2006年12月号) |
| 対談:人間と差別について考える(2) 子どもたちと向き合う | 鶴見俊輔+藤田敬一 |
| 遠のく被災の記憶、だが… | 中村大蔵 |
| 2007年 166号〜177号 |
| 166号(2007年1月号) |
| 対談:人間と差別について考える(3) 子どもたちと向き合う | 鶴見俊輔+藤田敬一 |
| きくこと・聞くこと・聴くこと | 大沢敏郎 |
| 167号(2007年2月号) |
| 「部落解放同盟は解散すべきとき」なのか | 福岡ともみ |
| 学力大合唱の時代に | 原田琢也 |
|
宴の作法―飲酒運転問題に思う | 野町均 |
|
いのち―生き合う5―死別体験者として | 杉山光洋 |
| 168号(2007年3月号) |
| 「当事者」とはだれのことか | 高田嘉敬 |
|
暮しの中で―ボランティア・犬食・そして… | 重信陽子 |
|
草原の風に吹かれて―モンゴル滞在記 | 坂倉加代子 |
|
体育館 | 中西宏次 |
| 169号(2007年4月号) |
| 〈尼崎だより〉人間の限りない優しさを知ったハンセン病療養所 | 中村大蔵 |
|
〈学校の風景から〉世代交代 | 長谷川洋子 |
|
〈横浜・寿識字学校から〉識字・〈声〉の文化 | 大沢敏郎 |
|
〈ひろば〉いのち―生き合う(6)―エージレス・ネットワークの仲間たち | 杉山光洋 |
| 170号(2007年5月号) |
| インタビュー:部落解放運動再生への道を考える(1) 「不祥事」をどう受けとめるか | 山本義彦+藤田敬一 |
|
〈ひろば〉自著を語る―『ぼくたちは生きているのだ』 | 小林茂 |
|
2006年度『こぺる』会計報告 | |
| 171号(2007年6月号) |
| インタビュー:部落解放運動再生への道を考える(2)周囲との関係をつなぎ直すことからの再出発 | 山本義彦+藤田敬一 |
|
精神の棺おけづくり | 大沢敏郎 |
|
子どもの視点に立って考える―森田ゆり著『子どもが出会う犯罪と暴力―防犯対策の幻想』 | 坂倉加代子 |
| 172号(2007年7月号) |
| 同和教育の具体的な検証を―子どもの自立を阻むもの | 中西 仁 |
|
学校の儀式―卒業式と入学式 | 山内陽子 |
|
モノが語りかける人間の歴史―松井章著『環境考古学への招待―発掘からわかる食・トイレ・戦争』font> | 重信陽子 |
|
あっぱれなおんな | 長谷川洋子 |
| 173号(2007年8月号) |
| 部落解放運動再生に向けて―運動にかけた夢をあきらめない | 佐々木寛治 |
|
裸になること | 大沢敏郎 |
|
生きる力と生きづらさ | 長谷川洋子 |
| 174号(2007年9月号) |
| 問われているのは何なのか―次のステージへ
| 福岡ともみ |
|
問うこと・問われること | 大沢敏郎 |
|
六ヶ月目 | 長谷川洋子 |
| 175号(2007年10月号) |
| 白い黒人―フィリップ・ロス『ヒューマン・ステイン』を読む
| 恩智 理 |
|
近隣の小さな大学に関わって | 中村大蔵 |
|
向こう三軒両隣のおつきあい | 坂倉加代子 |
|
それでも免疫療法を受けたい | 長谷川洋子 |
|
天皇直訴事件の報道解禁日をめぐって
| 野町 均 |
| 176号(2007年11月号) |
| 〈対談::部落問題、そして『神聖喜劇』(1)〉 | 大西巨人+藤田敬一 |
|
ホスピスでボランティアをする | 坂倉加代子 |
|
夏の終わりに | 長谷川洋子 |
| 177号(2007年12月号) |
| 〈対談::部落問題、そして『神聖喜劇』(2)〉人間と差別について考える | 大西巨人+藤田敬一 |
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部落解放運動に居場所はあるか | 山下 力 |
| 2008年 178号〜189号 |
| 178号(2008年1月号) |
| 同和教育の成果をなぜ活かさないのか―京都市「学習施設事業」の廃止をめぐって
| 北村 淳 |
|
幼・少年期の記憶について | 大沢敏郎 |
|
"おしゃべり"について考える | 坂倉加代子 |
|
屠畜への眼差しから見えてくるもの―内澤旬子『世界屠畜紀行』 | 小澤 覚 |
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〈いのちを生きる〉東京一夜 | 長谷川洋子 |
| 179号(2008年2月号) |
| 自著を語る―『笑顔を取り戻した女たち マイノリティー女性たちのDV被害―在日外国人・部落・障害―』 | 福岡ともみ |
|
沖縄のチムグクルに触れる | 中村大蔵 |
|
詮方なし―行間を読む | 重松陽子 |
|
〈いのちを生きる〉自由のたてがみ | 長谷川洋子 |
| 180号(2008年3月号) |
| 〈「部落解放運動への提言」を読む(1)〉危機のありかを見つめ、私にできることは何かを考える | 佐々木寛治 |
|
問われているのは誰か―北村淳さんの意見を読んで
| 高田嘉敬 |
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郷隼人のこと
| 大沢敏郎 |
|
〈いのちを生きる〉職場に復帰! | 長谷川洋子 |
| 181号(2008年4月号) |
| 〈「部落解放運動への提言」を読む(2)〉部落解放運動は再生できるか | 次田哲治 |
|
〈尼崎だより〉通夜、葬儀が教えたもの
| 中村大蔵 |
|
〈自分史のこころみ〉わたしと部落問題
| 阪本 清 |
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〈いのち―生き合う 続〉ぬくもり―『プチ紳士からの手紙』のこと | 杉山光洋 |
|
〈いのちを生きる〉一年ぶりの学校 | 長谷川洋子 |
| 182号(2008年5月号) |
| 〈「部落解放運動への提言」を読む(3)〉「提言」は実状を踏まえているか | 山下力+藤田敬一 |
|
〈差別・被差別―混沌の泉〉井戸を掘る
| 山口公博 |
|
〈いのちを生きる〉泣いたらあかん! | 長谷川洋子 |
| 183号(2008年6月号) |
| 〈「部落解放運動への提言」を読む(3)下〉古い衣装を脱ぎ捨てて、新しい舞台へ | 山下力+藤田敬一 |
|
〈自分史のこころみ〉
京都・学習施設とわたし―「主体性」と「責任」のはざまで
| 中西 仁 |
|
〈いのちを生きる〉桜再会 | 長谷川洋子 |
| 184号(2008年7月号) |
| 〈自分史のこころみ〉当事者への想像力―私の運動の原点を振り返る | 藤崎 昇 |
|
〈尼崎だより〉老人ホームへの手紙から | 中村大蔵 |
|
〈四日市から〉灰谷健次郎先生を偲ぶ | 坂倉加代子 |
|
〈いのちを生きる〉花冠 | 長谷川洋子 |
| 185号(2008年8月号) |
| 〈ひろば〉沖縄へ―「ルーツを探る旅」をつづけて | 沼尾 実 |
|
〈横浜・寿識字学校から〉石川一雄さんのこと | 大沢敏郎 |
| 186号(2008年9月号) |
| 〈部落のいまを考える〉「人権のプロ」の虚像と実像 | 福岡ともみ |
|
〈差別・被差別―混沌の泉〉一枚の記念写真 | 山口公博 |
|
〈ある光景〉差異へのまなざし | 重信陽子 |
|
〈いのちを生きる〉めぐりあえた日本の映画 | 長谷川洋子 |
| 187号(2008年10月号) |
| 〈対談:日本の近現代思想と人権(1)〉「人間と差別」をめぐる体験と思索から | 鹿野政直+藤田敬一 |
|
〈ひろば〉特別支援教育について考える | 原田琢也 |
〈いのちを生きる〉うれしい知らせ | 長谷川洋子 |
| 188号(2008年11月号) |
| 〈対談:日本の近現代思想と人権(2)〉人間の佇まいから考える | 鹿野政直+藤田敬一 |
| 〈読書余話〉学歴と軍隊 | 野町均 |
〈いのちを生きる〉風前の灯火であろうとも | 長谷川洋子 |
| 189号(2008年12月号) |
|
〈尼崎だより〉介護施設の今―仮題は山積みだが、しかし… | 中村大蔵 |
〈差別・被差別―混沌の泉〉注連縄
| 山口公博 |
|
〈最近読んだ本から〉本を読むとはどういうことか―渡辺有里子著『図書館への道―ビルマ難民キャンプでの1095日』
| 坂倉加代子 |
| 2009年 190号〜201号 |
| 190号(2009年1月号) |
| 裁判員制の狙いは何か | 梅沢利彦 |
|
市民自治への道―福井県丹南地域の取り組みに学ぶ | 香川明英 |
「ひろしま」への旅 | 長谷川洋子 |
| 191号(2009年2月号) |
| 世の中には男と女しかいないのか? | 田中良 |
|
生活支援の仕事にかかわって思うこと | 吉田朱美 |
めざせ、一キロ六分半 | 長谷川洋子 |
| 192号(2009年3月号) |
| 〈大沢敏郎さんを受け継ぐ(1)〉続く道 | 吉田浩司 |
|
〈大沢敏郎さんを受け継ぐ(2)〉一本の道を歩む | 石川千幸 |
|
〈大沢敏郎さんを受け継ぐ(3)〉識字学校との出会い | 竹村早織 |
| 193号(2009年4月号) |
| 紋切り型の「在日論」を乗り越えるために―小熊英二・姜尚中『在日一世の記憶』 | 高田嘉敬 |
|
お気楽な「放談」に終始する理由が知りたい―組坂繁之・高山文彦『討論 部落問題』を読む | 佐々木寛治/font> |
あきらめないぞ! | 長谷川洋子 |
| 194号(2009年5月号) |
|
介護施設の今(続)―生活のバリエーションを豊かに | 中村大蔵 |
| 「親密な関係」にひそむもの | 福岡ともみ |
|
いのちをかこむ | 坂倉加代子 |
|
三度は負けない! | 長谷川洋子 |
| 195号(2009年6月号) |
| 部落解放運動と情報公開 | 稲野明英 |
| 溝を埋め、壁を超えるためには―部落解放同盟「行動指針」を読む | 山下力 |
|
見えないものを大切にする 坂倉加代子 | 坂倉加代子 |
|
「小さなゲバラ」を探す | 長谷川洋子 |
| 196号(2009年7月号) |
| ケニアのストリートチルドレンと過ごした日々―『チョコラ!』を語る | 小林茂 |
|
躍動する女性たち | 坂倉加代子 |
|
『チョコラ!』を観る | 長谷川洋子 |
| 197号(2009年8月号) |
| 父親との対話―バラク・オバマ『マイ・ドリーム』を読む | 恩智 理 |
|
この国には性暴力禁止法が必要だ―京都教育大学生による性暴力事件を糾す | 福岡ともみ |
乾杯の夜 | 長谷川洋子 |
| 198号(2009年9月号) |
| 自由民権運動と町田―横浜開港百五十年に寄せて | 工藤力男 |
|
犬や猫がケアの質を高める | 中村大蔵 |
ひとつの時代の終わり | 長谷川洋子 |
| 199号(2009年10月号) |
| 子どもの虐待をめぐる危うい言説 | 石元清英 |
|
子どもと向き合う | 坂倉加代子 |
|
ロスコの言葉 | 長谷川洋子 |
| 200号(2009年11月号) |
| 父を靖国神社から早く取り戻したい―合祀取消訴訟原告のひとりとして | 松岡 勲 |
|
こころが縛られるということ | 福岡ともみ |
さあ、再挑戦だ! | 長谷川洋子 |
| 201号(2009年12月号) |
| この国で生きて七十一年 | 東原清子+藤田敬一 |
|
いのちいっぱい学びたい―夜間中学生の「学びの力」 | 吉岡千代美 |
|
「在日」から見えてくるもの(1)―民族との出会い | 金 光 敏 |
|
職員室に大声が響く | 長谷川洋子 |
| 2010年 202号〜213号 |
| 202号(2010年1月号) |
|
人は人にかかわって、はじめて人となる | 中村大蔵 |
|
「朝鮮」を受け入れる―「在日」から見えてくるもの(2) | 金 光 敏 |
| あらためて「屠場差別」について考える―佐川光晴『牛を屠る』 | 小澤 覚 |
うれしい出会い | 長谷川洋子 |
| 203号(2010年2月号) |
| 地域で共に生きる―障害者政策の新しい動き | 大谷 強 |
|
個性的な自分史として―ホーキング青山『差別をしよう!』 | 高田嘉敬 |
通夜の席で
| 長谷川洋子 |
| 204号(2010年3月号) |
|
「ごちゃまぜ」の生き方―一歩前へ | 坂倉加代子 |
|
性犯罪と裁判員裁判―傍聴して考えたこと | 福岡ともみ |
| 自己を見つめ、歴史につながる―「在日」から見えてくるもの | 金光敏 |
|
人びとが幸せになれるお金の使い道とは | 長谷川洋子 |
| 205号(2010年4月号) |
| アメリカにおける「両側から超える」試み―ウィリアム・J・ウィルソン『アメリカのアンダークラス』への遅れた訳者解説 | 平川 茂 |
「生身といのち」を実感してほしい | 長谷川洋子 |
| 206号(2010年5月号) |
| 無限に広がる世界―点字 | 大山口博子 |
|
自分のいまを見つめる | 町田宏美 |
|
三年ぶりの卒業式 | 長谷川洋子 |
| 207号(2010年6月号) |
| 韓国「併合」100周年と現代日本社会―「脱植民地化」論雑感 | 井口和起 |
|
マイノリティであることを考える―李清美『私はマイノリティ あなたは?』 | 金光敏 |
| 208号(2010年7月号) |
|
人に関わるということ | 中村大蔵 |
|
学生時代と今をつなぐ「ひとすじの道」 | 坂倉加代子 |
|
人間について深く感じ、広く考える日々 | 長谷川洋子 |
| 209号(2010年8月号) |
| 「差別・被差別関係」論へ―「両側から超える」構想の意義 | 平川 茂 |
|
私は部落差別をどうとらえてきたか | 福岡ともみ |
自己申告票という怪物 | 長谷川洋子 |
| 210号(2010年9月号) |
| 「ADHDという憂鬱」―その後 | 中西 仁 |
|
就職希望の学生に伝えたいこと | 早川万年 |
学校の悲鳴 | 長谷川洋子 |
| 211号(2010年10月号) |
| 生き方を学んできた―尼崎・ボランティアグループ「園」の22年 | 尼崎・ボランティアグループ「園」+藤田敬一 |
| 212号(2010年11月号) |
| 『同和はこわい考』が提起し続けているものは―無視と断罪を越えて | 住田一郎 |
|
なぜ本を読むのか | 角谷昌紀 |
夏の旅 | 長谷川洋子 |
| 213号(2010年12月号) |
| 「土地差別調査事件」と部落解放運動の課題 | 佐々木寛治 |
|
私が「在日」であることの意味 | 金光敏 |
「大阪砂漠」を思う | 長谷川洋子 |
| 2011年 214号〜225号 |
| 214号(2011年1月号) |
| なぜ学生たちは部落に対してマイナスイメージをもってしまうのか | 石元清英 |
|
ある無縁墓のこと―島根の聞き取り調査から | 森昌義 |
|
冬の到来 | 坂倉加代子 |
| 215号(2011年2月号) |
| 無言館感傷紀行 | 工藤力男 |
|
いま本を読むということ | 影山秀和
|
|
Kへの手紙 | 森永都子 |
| 216号(2011年3月号) |
| ゆったり生きる―自閉症の彼と出会って
| 田井外志雄 |
|
問い問われながら生きる関係 | 福岡ともみ |
「自分にできることをする」ということ | 長谷川洋子 |
| 217号(2011年4月号) |
|
少しであっても、可能性にかけてみよう―非行少年補導委託の現場から | 中村大蔵 |
| 同和教育の新しいあり方の提示―石元論文が提起するもの― | 平川 茂 |
|
わたしの村と「無縁社会」 | 井貝順子 |
|
がん告知について思う | 長谷川洋子 |
| 218号(2011年5月号) |
| 共に生きる―子どもたちの成長を信じて
| 長縄良樹 |
|
夜間中学は本当に事業仕分けの対象にしていいのか | 次田哲治 |
五年目の春 | 長谷川洋子 |
| 219号(2011年6月号) |
| 子どもたちが教えてくれた大切なこと―"言葉にできない" | 野元里佐子 |
|
東日本大震災の現場へ | 中村大蔵 |
東日本大震災に思う | 長谷川洋子 |
| 220号(2011年7月号) |
| アメリカにおける「両側から超える」試み(続)―M.O.エマーソンとG.ヤンシーの「相互責任アプローチ」論について | 平川 茂 |
|
企業内同和研修の担当者として考えたこと | 井村 絋 |
四月の東京 | 長谷川洋子 |
| 221号(2011年8月号) |
| 映画作りと私の人生 | 小林 茂 |
|
福島第一原発事故に思う | 阪本 清 |
広島の午後 | 長谷川洋子 |
| 222号(2011年9月号) |
| 仕事としての出会いから考えたこと | 谷 亜生 |
|
被災地で起こっている高齢者の"深層死" | 中村大蔵 |
職業への眼差しについて考える | 小澤 覚 |
| 223号(2011年10月号) |
| 生きのびる記憶 | 虫賀宗博 |
|
震災復興とは新たな暮らしを創造すること | 中村大蔵 |
メダカの夏 | 長谷川洋子 |
| 224号(2011年11月号) |
| 『坊つちやん』の喧嘩―旧制中学校と師範学校の対立を考える | 野町 均 |
|
東日本大震災と向き合う女性たち | 坂倉加代子 |
葬られた金網 | 長谷川洋子 |
| 225号(2011年12月号) |
| イメージが変われば意識が変わる | 山田晏弘
|
|
遥かなるアイヌの響き―"けせんぬま"に惹かれて | 中村大蔵 |
ナディアからの贈り物 | 長谷川洋子 |
| 2012年 226号〜 |
| 226号(2012年1月号) |
| 人民・部落・革命、そして…… | 福岡ともみ |
|
高知で村木厚子さんの講演を聴く | 坂倉加代子 |
|
「変な感じの集まり」に参加する | 長谷川洋子 |
| 227号(2012年2月号) |
| 「部落・在日・障害者」問題との三十七年 | 高田嘉敬 |
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人が生きていく上で大切なことを体感させる | 中村大蔵 |
Nとの「再会」 | 長谷川洋子 |
| 228号(2012年3月号) |
| 父との葛藤を通して考えてきたこと | 住田一郎 |
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昭和歌謡に誘われて | 坂倉加代子 |
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原発をどう教えるか | 長谷川洋子 |
| 229号(2012年4月号) |
| 同和地区を知ろうとすることはすべて差別ですか
―東近江市の事案をとおして考える | 石垣敏昭 |
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次への旅たちをみんなして見送るまでがターミナルケア | 中村大蔵 |
学校の風景―ある異動希望 | 長谷川洋子 |
| 230号(2012年5月号) |
| 『こぺる』終刊に寄せて 1 誌名「こぺる」誕生秘話 | 山本尚友 |
| 『こぺる』終刊に寄せて 2 自由にものが言える孤高の小冊子 | 小澤 覚 |
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定点支援・継続支援・永続友好を目指す | 中村大蔵 |
介護の常識をくずす―「かいご学会」に参加して | 坂倉加代子 |
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