子どもたちからのメッセージ

Sの描いた絵・地球


豊田市立逢妻中学校
「人権を考える集い」(06/11/28)に参加した生徒からのメール

今日は、私の作文をほめて頂いて、とても嬉しく思いました。(略)私は、作文の通り今はだいぶ立ち直ってきていて、まあまあいい学校生活を送ってるんですけど、まだ私の周りには、何を言われても言い返すこともできず、暗くなっちゃってる子がたくさんいるように思います。今までは、そういう人たちに何も言うことができずにいたんですけど、先生のお話を聞いて、まず近くからと言うことで、少しでもそんな人たちの力になりたい、と思いました。そのために、私に何ができるでしょうか? 教えていただけると、ありがたいです。(3年女子)
●わたしの返信●あなたの文章に対するわたしの感想はホンネです。いい作品だった。あなたが自らの存在をかけて訴えたかったことが伝わってきました。あわてず、あせらず、あきらめない。そんな力をあなたはこころの内にはぐくんできたのです。自信をもっていい。さて、問題はここからです。「苦しんでいる人を支えるとはどうすることか。私に何ができるか」。あなたは、いまこの問いに直面しているようですね。しかし「案ずるよりは産むがやすし」と言うではありませんか。ともかく一歩、前へ踏み出すことです。力まないで、照れないで。「一人でできることは高が知れているけれど、一人だからこそできることがある」。これは、わたしの信条です。「関係を切らずに、関係を変える」努力も必要です。折り合いをつけながら、人間として譲れない一線を守る。それが大事。逢妻中学校にも、いじめがある。それが今日、あなたの意見発表で明確になりました。そこで学校はどうするか、注目しましょう。最後にひとこと。本をいっぱい読んでね。あなたの感性なら吸収できることがたくさんあるはず。期待しています。

私は“四民平等”という言葉を信じてはいません。何故なら、私は小学校に上がる前に豊田市に引っ越してきたのですが、小学校に上がった後、友人のいない私を同級生だけでなく上級生までもが一緒になって私をいじめました。言葉もですが、1度だけ学校登校時に私が転んでしまって立ち上がって前を見ると、もうそこには分団の子達がいませんでした。私は置いていかれたのだと知って大泣きしながら学校に行きました。世間様から言ったらこれは虐めではないと言われるかもしれません。単なる勘違いじゃないのかもとも…。でも私は虐められていると思いました。そんな風に虐めがこの世にあって、差別がある以上、私は“四民平等”を信じません。(なんか駄文になってしまいました)。藤田さんは信じておられますか?(学年不明、女子)
●わたしの返信●「四民」は「士農工商」を指します。いまはみんな市民、国民。だから「人間平等」と表現したほうが適切でしょう。その上で言うのですが、表面的制度的には平等ですが、あなたが気づいているように実態は必ずしもそうはなっていません。身分的な差別はないことになっていますが、人をモノのように扱う会社がある。平等ではありませんよね。だからこそ、わたしは「よく生き合う」よう訴え続けているのです。Kさん。へこたれないこと、あせらないこと、あきらめないこと。あなたのことがわかり、手を握ってくれる人がきっといると信じて生きよう。
 (以下はKさんからの2回目のメール)今でも男子から、豚だとかデブとかブスとか言われていますけど、心の中で『なんて愚かな事を言っているのかしら』と相手になんかしていませんから。大丈夫なのです。生きあうこと、これを念頭に置いてこれからの生活を考えていこうと思います。
 (以下はわたしの2回目の返信メール)相手にしない。それが一番強い対応ですよ。つまらない連中が求めているのは、こちらが弱まること。連中は自分の言葉が無化されることに戸惑い、困惑し、そして、さらにもっと悪態をつくかもしれませんが、あなたなら大丈夫。信じています。でも、しんどくなったらメールをください。


岐阜県立加納高校
「人権問題講演会」(06/10/11)の感想文(抄)から

人権についての話ということで、「また堅苦しい話かあ…」と思っていました。しかし、話の始まりで、藤田先生は他の講演者とは違うとてもよい話をしてくださるという直感を感じました。高校生の自分が言うのも恐縮ですが、本当に今のこの国の社会は当たりまえのことができていないと思います。あいさつ、マナー、家族、人間関係など、自分もまだ至らないところが多々ありますが、どうしてこんなにも病んでしまったのかと悲しくなります。(3年男子)
●コメント●「人権の話は堅い」、それが通念です。「聞く人の感性を揺さぶる研修を」と、ある民間団体の機関紙に載っていたけれど、それがむずかしいんだな。大事なのは自己言及的であること。「人の褌で相撲を取る」のはダメ。でも世の中には、そんな人が結構多いみたい。

私の伯父も先天性の身体障害者です。生まれる前から障害を持って生きていく事を決められてしまった人です。私たち人間は、厳密に言って平等ではありません。身体障害、人種。もっと細かく言えば、人より少し太っている、髪が生まれつき茶色というだけでも充分差別の対象になります。「みんなちがって、みんないい」。私もそのとおりだと思います。みんな同じではつまりません。私は当然のごとく伯父より速く動けますが、伯父は私より深く落ち着いた瞳で世の中を見ています。「人生の中で、急いでも意味がない」と知ったからだそうです。伯父は「速く動けないから」という意味で言ったのでしょうが、私はそのほかにももっと深い意味があったのだろうと思います。健常者だから、何だと言うのでしょう。障害者の方が、もっとしっかりと世の中を見ていると思います。伯父は障害者ですが、よく祖母に「生んでくれて有り難う」と言っていたのを思い出しました。私は母にそんなことを言ったことはありません。何不自由ない体に産んでもらえたのに、もう少し美人になりたかったとか、不満ばかりが浮かんでくるからです。どうして私たち健常者は不満ばかりなのでしょうか。どうして今に満足できないのでしょうか。今に満足できれば、差別もなくなるのではないでしょうか。とりあえず、今日帰ったら母に「生んでくれてありがとう」と言おうと思います。(3年女子)
●コメント●障害をもつ伯父さんの生き方を通して人間について考える。いいなあ。「人間について深く感じ、広く考える」ことが人権教育の目標であってほしいと願うばかり。

先生の講話はわかりやすくて、聞きやすかったです。内容については深く共感するコトが多くありました。人権を身近に感じるというのについてで、私の周りでいろいろとあるので、親身になって聞いていました。私はそんなコトはないけれど、姉と妹はイジメにあっていて、苦しんでいるのを見てきました。妹はその影響で自分の体験からさまざまな詩を書いています。それを読むときも私は「人権」について考えています。「死」や「生」についての内容や苦しみなどを読みとると、自分も苦しくなって本当におかしな世の中だと思います。それを多くの人に伝えようと活動している先生は素晴らしいと思い、今回このような形で先生に出会えた事をうれしく思います。できることなら先生に妹の詩を読んでもらったり、話をしてもらいたいとも思いました。まだまだ話したいことがあるけれど、ここでは書ききれないので、ぜひHPにおじゃましたいと思います。(2年女子)
●コメント●妹さんの詩が読みたい。できれば会って話がしたい。どうかHPにアクセスしてくださいますように。

今日の話を聞いて人権に対する考え方がかわった、というよりも人との関わりの中でどういう人間になりたいかということがはっきり分かった。藤田さんの言っていた電車の中での青年の話と、しょうぎ倒しになった自転車を立ててくれた茶髪の青年の話からそう思いました。藤田さんはまた後者のような人達が今の汚れた日本を変えてくれるかもしれないと言っていました。だから僕もそういう人達に少しでも近づけるように相手のことを考え自分のことばかり考えないようにしたい。そうしたら僕でも、この日本を変えられるかもしれないと少し自信がもてると思います。(1年男子)。
●コメント●そうなんだ。自らの生き方を考え、生き方を変えることによって「よく生き合う」関係が生まれるかもしれないのです。それに期待するしかないのかも。


岐阜県神戸(ごうど)町立南平野小学校
「夢つくり講座─みんなちがって、みんないい」(06/11/6)の感想文から

私は、藤田先生の話の中の、『あいさつ』のところで、私は、いままで、みんなに、きらわれている子に、あいさつされても、いつも、ムシしてきました。それに私のクラスは、「いじめる子グループ」と、「いじめないグループ」に分かれていてその間に、いじめないけど、「いじめないグループ」にも、「いじめるグループ」にもぞくしていない「まんなかの子」がいます。その子は、きらわれている子にも、あいさつしていて、クラスのみんなとなかがいいです。私は、いままで、いじめるグループだったけど、藤田先生の、話をきいて、私も、まん中の子になりたいと思いました。(5年生女子)
●コメント●いじめをする、しないでグループに分かれているとは知らなかったなあ。

私たちに、お話をして下さり、ありがとうございました。私は、一年生の時から5年までをふりかえると、一、二年は、友達とけんかをよくすることはあったけど、「いじめ」ということは、ありませんでした。でも三、四と、友達の関係が複雑になってきて、五年生は、「いじめ」という言葉が聞こえてくるようになりました。藤田先生のお話は、「命」の大切さを教えてもらいました。いじめで心のやまいやいのちを失う人がいるということは、いじめる方はかるく言っても、言われた方は、心が重くなるように苦しくなったり、目から涙が出て来ます。私は、自分の心の二人はやさしい心を持った自分とあくまのようにこわい心を持った自分です。いじめをされてあたりまえの人はいないから、やさしい心を持った自分をいろんな人にだせるように、自分の心のことを考えてみたいです。本当にありがとうございました。(5年女子)
●コメント●こころのなかの「二人の自分」という話が響いたようだ。「自分の心のことを考えてみたい」というのがいい。

あいさつは、言葉だけではなく、言葉と心を交わすこと。いじめはいじめられた人の心を大きくきずつけてしまうこと。いじめた人の心にも残ること。自分の中にもう1人の自分がいて、やりとりしていること。本当に大切なことを藤田先生に教わりました。自分は、深く考えていない言葉が、相手にとって深くきずつけてしまうことが私にもありました。自分では、ふざけていったつもりなんだけれど、相手にとっては、ひどいことなんだなぁと感じた時がありました。その時は、あやまれたけれど藤田先生のようにあやまれなかった時は、すごく申しわけない気持ちでいっぱいだったと思います。これから、いい自分、考えてきて生きていく自分になりたいし、いじめという、こころをきずつける行為がない学校になれるようにしたいです。すごく心にひびくお話をしてくださってありがとうございました。(6年女子)
●コメント●「深く感じ、自らを省みる」ことができる生徒さんらしい。この人の魂が健やかに成長することを祈りたい。


岐阜県関市立洞戸(ほらど)中学校
「人権講演会」(06/10/19)感想文から

ふじた先生の話を聞いて─はじめにおもしろそうなおっちゃんが来たなあ、と思った。そのおっちゃんが、ぼくの姉ちゃんの名前を知っていて、なんでやろう、すごいなあと思った。おっちゃんの先生の話で、「死ね」ということにわらった子と、「わらうことじゃないだろう。」と言った子の話だよ。ぼくもわらいそうだったけど、その子のことばを聞いて、ああ、そうか、と思った。おっちゃんが、みんなにあてていったとき、ぼくは、沖縄と言おうと思ったけど、その名前が思い出せずに、ぬぬぬぬ、と言ってしまった。しまったなあ。おっちゃん先生のお話は、むずかしかったけど、がんばって、さいごまで聞いたよ。おっちゃん、ありがとう。(1年男子)
●コメント●ほんとに1時間、よう聞いてくれた。終わったら両手を上げて大きく背伸びをする姿が忘れられない。感謝したいのは、わたしのほう。感想文には「ふじたのおっちゃん」と題された似顔がはってある。これは記念として大事に残しておくつもりだ。なお、「ぬぬぬぬ」は、「点字ブロックを発明したのは日本の何県の人?」という質問への答え。

じいさんに見えた先生へ─「あいさつは、大事だよ。ちゃんと心をこめて言おうね。」と白髪があった先生が言っていたよ。じいさんに見えたよ。あの先生は、藤田先生だよ。藤田先生にきかれて、「朝のあいさつは、おはよう。」と答えたよ。きんちょうしたよ。ぼくは、いつも、ちゃんとあいさつをするようにしているよ。おうちの人や、先生や、学校の友達にもしているよ。これからもちゃんと目を見てあいさつをするよ。(2年男子)
●コメント●「じいさんに見えた先生」か。14歳と67歳。そら無理もないよなあ。一所懸命書いてくれた感想文には真実のこころが宿っている。あだやおろそかにしていいわけがないと心底思う。

話を聞いているときでも過去の暴言を言った場面が何度も何度も頭をかけめぐりました。今思うとなぜ暴言を言う必要があったのかと考えました。藤田さんの話を聞き終わったときには、聞く前の今までの気持ちとは全然違うものになっていました。そして自分を見つめることができました。話を聞いてほんとによかったです。(3年男子)
●コメント●自己の内部でもう一人の自分と対話することが大事だよと訴えている。この人は、わたしの話を聞きながら過去にさかのぼって自らを見つめている。大切なことが伝わった喜びを味わう。


知多市立東部中学校
「校内人権啓発講演会」(06/10/20)の感想文から

「今日は、すばらしい話を聞かせてくださって、有難うございました。僕は、あの夜回り先生こと、水谷修先生の講演を聞いたことがあります。水谷先生は、少年の非行を主に話されますが、本日の藤田さんの講演と、かぶるところがいくつかあるな、と思うことがありました。藤田さんの言われたように、いじめをしている人間は、自分では軽い気持ちで行っていることかもしれない。しかし、それが、被害者にとってどれほど辛いことかを教えてくれる講演でした。水谷先生は、非行なんてものは、最初の軽い気持ちで打った一本の注射で一生の人生を無駄にしてしまうとおっしゃいました。今日の講演と、この講演を思い出して考えてみると、人間って弱いんですね。軽い気持ちでやったことが、一生を無駄にしてしまうなんて。注射一本で、シンナー一瓶で、体も心もボロボロにされるんですから。でも、人間って、いいところもたくさんありますよね。それは、人を愛することが出来ることです。人を愛することで、心って癒されますよね。人を愛して、その人に真剣になっている自分が好きです。人間は、弱さ、強さ、美しさ、色々ありますね。僕は、この、色々な感情を持っていて、色々表現できる人間が好きです。その人間が、助け合い、生き合うことが、人権ですね。今日の講演を聴いて、人権と言うものの大切さを、再度学ぶことが出来ました。本当に有難うございました。お時間があれば、返信してください。どうぞ、お体を大切にしてください」(1年 男子)
●返信メール●「そう、人間のなかにはいろんなものが詰まっている。だから一色で塗り潰してはいけないんですよね。他者も自分も。彩り豊かな人間を『丸ごといのち一杯』の存在として受けとめたいのです。それが『生き合う』ということ」。

「私は、最近友達にさけられていて悩んでいたんですが、そのトモダチが、先生の講演をきいた後、私に謝りにきたんです。それで、きちんと話し合えました。これも先生のおかげです!! 本当にありがとうございました。もう私、今すっごく幸せですよ♪♪ 先生さまさまです((笑い もしよければ、メル友にしていただけませんか?? また何か相談したいコトがあったら、頼りにしたいんですっっ お返事ください」(2年 女子)
●返信メール●「すごくうれしい。ヤッホーと叫びたい気分です。『和解と関係の修復』が実現できて、よかった。その人もあなたも、心を開いて、心を向け合ったわけだ。『メル友』、大歓迎です。『生き合う』仲間になろう!」。


豊田市立若園小学校
「人権を考える集い」(06/9/28)の感想文から

「『私は、自分が言われていやな事は、人に言わない』と言うことを決めました。今日はふだん聞けないことをたくさんきけてよかったです。私はケンカをした時に『ウザイ』とかいってしまったことがあります。いわれたその子の気持ちを考えてみたらとてもいやなことをいってしまったと思います。私はそのほかにも、ふざけて人の気持ちをきずつけたこともあります。その時の自分が大嫌いです。とてもこうかいしています。私のきょうだいは5人で、よくお兄ちゃんとケンカします。少しこわいけど、すぐに仲直りします。でもそういう時に『死ね』といってしまいました。先生の話しをきいてけっしていやなことがあったとしても、『死ね』なんてぜったいいません。生まれてきた命に『死ね』なんていえない。藤田先生もお体にきおつけていろんな人にこのすばらしいお話しをしてあげてくださいね! 今回は本当にたくさんたくさんお話しをしてくださってありがとうございました! 会った人にはかならずあいさつをしたいと思います! では…また!!」(4年 女子)
●コメント● 「とてもこうかいしています」という言葉に、こころが揺さぶられる。

「わたしが、一番心にのこったのは小三からずっといじめられてる少年のことです。わたしも、ようちえんのときいじめられていました。いつも一人ぼっちでした。一番心をきずだらけにした言葉は『ドッカイケ。』『きもーい。』『バケモノ。』と言うのでした。小三からいじめられている少年も、そんなふうに毎日生活をおくっていたのだと思います」(4年 女子)
●コメント●幼稚園時代の自分の体験を、「遺言書」を書いて自殺した愛媛県今治市の少年の思いに重ねる。そこには大切な想像力が働いているということ。

「人をいじめて、いじめられた子が、いやでいやで死んじゃうことがあるなんて、はじめて聞きました。わたしは、人のわるぐちを、言ったことがあります。でも、今日の話しを聞いて、本人には、言っていないことでも、そうゆうふうに、言って、わるぐちを言うのは、やめよう。わるぐちを、いっぱい言ったまま、5・6年生になったら、ほかの子がどんないやな思いをするか。そう考えると、もうぜったいに、わるぐちをやめよう。と思いました」(4年 女子)
●コメント●わたしの話で、いじめによって自殺する子がいることをはじめて知ったという。親も教員も、子どものことを心配して伝えないのだろうか。


豊田市立平井小学校
「人権を考える集い」(06/9/22)の感想文から

「ぼくは小さいころからうでや足にいっぱい毛がはえていてしかもはだが黒いからゴリラ・マントヒヒ・黒人などといわれてつらくて泣いたことがなんかいもありましたが、藤田さんの話をきいて心に楽というもじがうかんできました。ありがとうございました。藤田さんは人間はみんなちがうということをおしえてくれましたよね。ぼくも悪口をなくすようがんばります。いろんな所で藤田さんこうえん会でがんばってください」(4年 男子)
●コメント●「心に楽という文字が浮かんできた」とはおもしろい表現だなあと感心。

「藤田先生の言葉で心に残ったのが『一回きりの人生・命をむだにしないでほしい』という言葉です。私も2対1でいじめをされて死にたいと思ったことはありました。でも前の学校の子に相談したら『死んでもいやなことは一生忘れないよ』と、その言葉を聞いて『そうか』と思いました。その子の言葉で私は死ぬことからのがれたと感しゃしています。そしていつもつらい時、なぐさめたり元気づけたりしてくれる人が『家族や、信じられる友達』だと思いました。そして最後にあくしゅした時の私の手の体温は、つめたかったけど心の中の手は温かかったです」(6年 女子)
●コメント●最後に握手した女生徒の感想文にちがいない。ちょっと恥ずかしそうに握ってくれた手の感触を覚えている。

「『人間について考える』を聞いて考えた事は、たくさんあります。まず、1つめは、2年生が、『ちがっているから、楽しいんだよね。』と言う感想だったけど、私も、そう思います。1人ひとりがちがっていないと、人が人らしく生きて、自分の個性を引き出すことができないからです。あと、私は、すごく前だけど、1年生の時に1つ上の子達にいじめられていまた。今の私だったら、言いかえせると思うけど、前の私では、言いかえすことがでませんでした。前の私のままだったら、引きこもりになっていると思います。私は、成長できるから、人間が人間である意味があるんだと思いました」(6年 女子)
●コメント●自らの成長を確認し、そこに「人間であることの意味」を見出す。すごいなあ。



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