「川向こうから」。あの世からのメッセージではありません。わたしの住んでいるところが川向という地名で、それにちなんでつけただけのこと。「『同和はこわい考』通信」のあとがきと併用します。
 このコーナーは、いってみればわたしの身辺雑記。日々の出来事と感想を気ままに書き連ねます。「そんなことをホームページに載せてどうするんや」といわれると、ちょっと困る。しいて答えるなら、「わたしという人間をまるごと知ってもらうため」ということかなあ。「お前さんをまるごと知ってどうなるんや」と畳みかけんといてくださいね。人は誰しもいくらかの自己顕示欲があるもんですから。
各地からのメッセージ
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読書の周辺
各地をまわる─郡上(ぐじょう)高校教員研修(11/1)からJR東海人権研修(名古屋市。12/19)まで、「東日本大震災後を生き合う」を主テーマに語りつづけた。とりわけ11/28(岐阜県笠松小学校)からの3週間は、「激動の」と表現したくなるほどのスケジュールだった。自治体や企業主催の企画もいくつかあったが、大半は小学校・中学校で、人権教育・啓発の取り組みを学校が担っているというか、学校に任せているようで、それでいいのかと疑問を抱いた。

★ある中学校で出会った「道徳教育」の光景─2年生と3年生の11クラスで行われた「道徳」科の公開授業を参観したときのこと。生徒に配られた「命についてのアンケート」用紙を見てびっくり。そこには、「@あなたは、蚊を殺せますか?Aでは、ゴキブリは殺せますか?牛は?あなたの大切な人を殺した殺人犯は?Bあなたの大切な人の命に値段をつけるとします。いくらにしますか?」とあり、黒板には「蚊○○」「ゴ○○」「牛○」と、「殺せる」と答えた生徒の人数が書かれている。「蚊を殺せるか」「ゴキブリを殺せるか」まではまだいい。しかし「牛は?」となると、話は変わってくる。たいていの人にとって「牛を殺す」というのは現実味がない。それなのに、どうしてこんな質問をするのか。回答させて、どうするつもりなのか。後日、その学校の道徳教育推進教師なる人物に電話で尋ねたら、回答へのフォローは全くしなかったという。「大切な人を殺した殺人犯は?」「大切な人の値段はいくらにしますか?」にいたっては話にもならない。教員たちはどこかから「アンケート」を手に入れ、十分な検討をしないままに使ったらしい。お粗末きわまりない。「忙しくて、教材を吟味する時間がない」ではすまない。いかにも安直に「いのち」を取り扱っている実状が透けて見える。
 そこで、講演の冒頭に、「わたしは蚊に刺されれば、夜中でも起きて、壁に止まっているヤツをタオルで必死と叩き潰す。ゴキブリは、ホイホイに任す。一頭の牛が枝肉にまで解体されるのにかかる時間はわずかに25分。そこには牛のいのちを人間のいのちに橋渡しする人びとがいる。そういう仕事の現場を見ることなく、白いトレーに薄切りにして並べられた牛肉しか知らない生徒たちに、こんな質問をする意図がわからない」と話す。
 教員たちは東日本大震災のさい、宮城県南三陸町で「六メートルの津波が来ます。高台へ避難してください」と放送し続け、津波に流されて亡くなった南三陸町防災課の職員遠藤未希さん(24)についての文章(「天使の声[命に代えて、まっとうした責任]」)を読ませたうえで、「亡くなった未希さんは、天国で自分のとった行動をどう思うだろうか。(あなたが未希さんなら)」と尋ね、「正しかった」「自分の安全を優先すべきだった」を選ばせてもいた。こういう教員による、こういう「道徳」教育がまかり通っている現実に愕然とする。しかし、わたしの講演もまた同じ轍を踏んでいるかもしれない。大事なことは、児童・生徒が人間について深く感じ、広く考えるきっかになるような授業(講演)展開になっているかどうかだろう。キーワードは「葛藤」。葛藤なしに手ごろな「感想」を書かせて、お茶を濁そうとする教員は教育者ではない。(この項、『こぺる』2012年1月号のあとがき[濃水飛山記]と一部重複)
まぼろしの暴投─岐阜県中津川人権擁護委員協議会の肝いりで進められてきた生徒対象の「人権問題講演会」は一年二校の規模で数年つづいている。今年は、中津川市立落合中学校と恵那市市立東中学校(11/29)が受け入れてくださった。落合中学校校長の山内さんとは旧知の間柄。落合中学校が校長初任地だという。生徒140名がコの字型に座っていてくれている。後ろには、民生委員さんなど市民が二十人ほど。話が進んで、「野球部のキャッチャーは?」と尋ねると、3年生が手を挙げてくれた。「俺がボールを投げる格好をするから、捕る格好をしてくれ」と頼み、モーションを起こした。展開したかったのは捕手の構えのこと。中学校時代に野球部に属したわたしは、左手のミットに右手を副える姿勢をとるように教えられた。おかげで、チップにより右手薬指の支骨が砕け、手術の結果、右手薬指が曲がらない。このように野球は失敗するスポーツだと言い、そこから「人は失敗したり、間違ったりするものだ」と説きたかったわけ。ところが、その「捕手」は、わたしが投げた「まぼろしのボール」を見上げて、あたかもわたしが「暴投」したかのようなしぐさをした。「なんでやねん!」と思わず叫んだ。会場は爆笑の渦。しかし、「捕手」のしぐさが示す「暴投」が正解だった。それにしても、このとっさの反応には感嘆した。終わって、校長室でいただいた給食もおいしかったが、あの「捕手」のことが忘れられない。
「生きているから…」─最近、講演で、「お片づけしなさい」と叱られた3歳の女の子が、突然、「ぼくらはみんな生きている/生きているから怒られる」という替え歌を歌ったことを紹介したあと、やなせたかし作詞・いずみたく作曲の「手のひらを太陽に」を出席者のどなたかに歌ってもらうことにしている。岐阜県可児(かに)市「子育て講演会」(12/1)では、指名した前列の女性が照れないで、すくっと立って歌ってくださった。今年最後の講演(JR東海。名古屋。12/19)では、後ろで聞いていてくれていた東海鉄道事業本部管理部長のTさんにお願いした。Tさんは部下の青年を呼び寄せ、一緒に歌うと、出席者60人も唱和してくれるではないか。ああ、うれしい。東日本大震災後、「いのちとつながり」が基本だと再認識されつつある。「生きているから」こその喜怒哀楽。谷川俊太郎さんの作品「生きること」を紹介することもある。「生きているということ/いま生きているということ/それはのどがかわくということ/木もれ陽がまぶしいということ/ふっと或るメロディを思い出すということ/くしゃみする/あなたの手をつなぐということ」。そう、わたしの講演活動は、みなさんが「生きていること。生き合っていること」の再確認への窓口になればいいと思った。
自動車運転免許証高齢者講習─近くの北方自動車学校で講習を受ける(12/20)。受講者は、普通車3人、バイク3人の計6人。わたしを除いて、みんな70歳代前半のおばさんたち。いろんな検査を受けたあと6人でフリートーキングをする。「わたしの住む村の道では、交差点ごとに止まる必要はありません」と言い張る人がいる。たしかにその通りだ。見晴らしのいい村の道で、いちいち止まっていたらきりがない。道路交通法は都会向きにできているのだなと納得。3時間、5800円の受講料を支払っての講習だったが、おばさんたちの「常識」に脱帽する。別れしなに、手を振って挨拶。もうお会いすることはないだろう。「ごきげんよう」とこころのなかでつぶやく。
最近の読書から─講演と『こぺる』の編集に忙殺され、村木厚子『あきらめない─働くあなたに贈る真実のメッセージ』(日経WOMAN)、尾木直樹『教師格差─ダメ教師はなぜ増えるのか』『バカ親って言うな!─モンスターペアレントの謎』(いずれも角川ONEテーマ21)がやっとで、ドナルド・キーン『百代の過客』(中公文庫)も『日高六郎セレクション』(岩波現代文庫)も読みさしのままだ。そんな状態で鬱々としていたとき、朝日新聞の広告(国境なき医師団)の池澤夏樹「木を片づける男」が眼に止まった。「昔の日本では、一人前の大人がしなければならないことが二つあった。『かせぎ』と『つとめ』。前者は言うまでもなく生計の維持だが、後者は世間ぜんたいに対する責務のようなもの。/二十年前、サハリンの山の中で、川の流れをじゃましている倒木を黙々と片付ける男を見た。そこにあるべきものではない、というだけの理由で彼は力をふるっていた。道にゴミはあるべきではない。そう思って家の前の道路を掃くことと、被災地に行って瓦礫を片付けることはつながっている。国境を越えて病者や負傷者の治療に赴く医師たちは、不運な人々を本来の姿に戻そうと力を尽くしている。/ここ何十年か、日本だけでなく世界全体が『かせぎ』に傾いた。そちらが行き詰った今は『つとめ』を取り戻すべきではないのか。」三省堂『新明解国語辞典』第7版によれば、「つとめ─『勤め』(略)『務め』(社会的・道徳的に)当然のこととして、そうすることが求められている行為」とある。問題は「求められてやるか、それとも自発的にやるか」だ。そこで、わたしが負うべき「世間ぜんたいに対する責務(つとめ)」とは何かを考える。2013年3月までは、何としても『こぺる』の発行に務め、幼児園・小学校・中学校・高校の幼児・児童・生徒に「いのち・生き合う」をテーマに語りかけたい。しかし『こぺる』が終刊を迎えたあとはどうするか。まだ結論が出せないでいる。焦る必要はない。いまは、『こぺる』の編集に集中しようと思い定める。
最近の購読書から─新年早々、北方町の寺島書店に寄り、池澤夏樹『春を恨んだりはしない─震災をめぐって考えたこと』(中央公論新社)、『朝日新聞縮刷版 東日本大震災 特別紙面集成 2011.3.11〜4.12』(朝日新聞社出版)、『河北新報 特別縮刷版 3.11東日本大震災 1ヵ月の記録 2011・3・11〜4・11紙面集成』(竹書房)などとともに、上野千鶴子『ケアの社会学─当事者主権の福祉社会へ』(太田出版)も思い切ってゲットする。

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