『こぺる』の編集に追われています。しばらくお休みします。
2012年の年頭にあたって
年賀状の冒頭に、「謹賀新年」というおきまりの文句がどうしても書けず、考えたすえ次のような「挨拶文」に落ち着きました。
生き合う力の回復のために─新年を迎えて
昨年三月十一日午後二時四十六分、わたしは東海道新幹線品川駅上のビルで講演中、地震に遭遇しました。あれから十か月。「かりそめに死者二万人といふなかれ親あり子ありはらからあるを」(長谷川櫂)の一首がこころの深いところから繰り返し聞こえてきます。
人は、人や生きもの、自然と生き合うなかで生きる力をもらっているのだとあらためて教えられました。これからも「東日本大震災後を生き合う」と題し、「あわてず、あせらず、あきらめず」の三つの「あ」を肝に銘じて語りつづける所存。
二〇一二年 壬辰 元旦 藤田敬一
●いただいた賀状から
★東京に移住した元同僚からの賀状には「無事です」との添え書きあり。一瞬、三月十一日以降、ラジオで流れた「緊急連絡」を思い出し、「言い得て妙」と納得。「無事」の二文字が、一切の夾雑物の混入を許さず、健在を凛として伝えてくれたのがうれしい。
★「賀正 千秋万才 あなたさまも御達者で」。九十二歳になられた小学校時代の恩師から。かすれがちな筆跡にこめられた先生のおこころづかいに感謝。「暗いニュースのなか、みなさんに会えたのは最高でした」。八十三歳になられる中学校時代の恩師から。今秋、先生を山小舎にお迎えして、一夜を過せるはず。
★「あけましておめでとうございます。また みゆき森小学校にきてください」。大阪市生野区御幸森小学校三年生のNさんから。お兄ちゃんの卒業式のときに出会った仲。Nさんの希望が実現できるよう念ずるのみ。
★「私は小学生のときに藤田先生のお話を伺い、生きることについて、考え方が前向きになりました。高校1年生となり、物の考え方や見方が以前と比べて大人になりましたが、藤田先生のおっしゃった言葉が、『生きている』ということに対する喜びが、考え方の支柱となっていると思います。授業で『日本の差別』について学んだのですが、藤田先生のお話ででてきた『京都の差別』を思いだし、またそれに対する考え方など、他のクラスメートよりも深い理解を得られました。藤田先生、ありがとうございました。寒いので、おからだにお気をつけてお過ごし下さい」。横浜市の小学校で出会ったとき、彼女は五年生。読書好きだと校長から聞いた。成長した姿を想像する。
★元ゼミ生から。「昨年度は、教員になって初めて、保護者への説明会を開かねばならない事態が起こり、心身共に大変でした。今年は、かわいい2年生です。でも、休む暇もない程、仕事が降りかかってきます。何とかふんばってはいますが…」。悲鳴に近い訴えに応える術がない。嗚呼。
★「夜間部勤めも2年となりました。学校から見える社会に学びの時を深めています。夜間部はこれから生徒にも教員にも厳しくとも春を迎えるための熟成期となります」。数年前、ある県の教育委員会主催の研修会で出会い、勤め先の高校に招かれて以来のつながり。山田洋次監督作品『学校』が描く「夜間」のようにはいかないだろうが、人生と向き合う教育実践にエールを送りたい。
★岡山県で小学校の教員をしている卒業生から。「『ハレの日よりも、ケの日が大事。日々の実践を大切にしなさい。』大学卒業時に、はなむけの言葉として恩師からいただいた言葉(『藤田先生からの言葉です』と注記)。十年経ち、ようやく言葉の意味、言葉の重みが分かってきました。日々の実践があってこそ、子どもは育つ。目の前の課題から逃げずに、日々精進です。今年度は五年生七人の担任です」。「ハレの日」とは特別な日、「ケの日」とは日常の日々。十年前に、そんな言葉を贈ったことはすっかり忘れていた。公開授業や研究授業になると、やたらに張り切る教員がいるが、そういう人にかぎって通常の授業は手抜きが多いように思うなあ。
★「労務・人権に不安を感じます」「私自身は元気にやっていますが、会社はどんどん暗くなっています」「家族のために働こうと思えばやりがいも出てくるのですが、我が事業のためにとは到底思えないきょうこのごろです」。郵政省時代の「職場内同和研修」で知り合った人びとから。漂流する「郵政改革」のもとでの苦悩が滲み出ている。
★中国近代史の専門家から。「信頼できる私の中国人の友(少数民族)が『今の中共の腐敗は国民党よりヒドイ』と言っていました。かつて残っていた中国人留学生が『国民党は腐敗がひどく人心を失っているから清廉な中共が勝つ』と言っていました。今昔の感があります」・「辛亥百周年で大忙しでした。中国の多くの友人が『民権未尚成功』、『憲政未尚実現』と発言していたのが印象的です」。辛亥(しんがい)革命(1911年)、中国革命(1949年)、文化大革命(1966年)を経てたどりついた中国の今日の姿を、国際政治や世界経済からではなく、人権・人間から見たらどうなるか、とちょっとだけ考えてみた。
★『こぺる』終刊まであと一年ということでいただいたコメント。「カウントダウンと思うと、何だかさびしいです」(箕面市)。「『いい出会い』で成長させて頂いています。『いい出会い』の『こぺる』が…」(岐阜県北方町)。「もうじき『こぺる』が無くなってしまうとのこと。残念ですが、お疲れ様でした」(岐阜市)。「僕の方、薬を飲み飲み、何とかやっています。今は『こぺる』の濃水飛山記で藤田さんの言葉と触れることができますが、来年3月以降はどうしたらよいのか─何か不安に思っています。平易な言葉であって深い意味がある─僕にとってもある意味『薬』ですから」(米子市)。「『こぺる』の終刊、残念に思います。『こぺる』からは立場の違う方のものの考え方、見方を教えていただいております。それが自分にとって、人と接する時の振る舞いに役立っているように思っております。それは自分自身の枠を広げることにもなっています。人とつながることの礎の一つです。終刊まで、毎月『こぺる』の届くのを楽しみに待っております」(香川県さぬき市)。「『こぺる』ってスゴイなあ!!このごろになって(?)、そんなことを思いながら読ませてもらっています」(岐阜県神戸町)。「コペルの終刊式(イベント)するのですか」(大阪市)。
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●『こぺる』
年末までメイン論文や連載文の編集・筆者校正・再編集・筆者再校正・最終稿編集に追われました。2月号メイン論文を戸田写植に送信したのは大晦日。目下、「自分史のこころみ」と「部落問題とわたし」を二本柱としてメイン論文(10頁)を編集中です。筆者には、「『人間と差別』をテーマに、自己言及的に書いてほしい」とお願いしています。つまり、「自分はどうであったか。どうであるか。どうであろうとしているか」が大切で、自分を抜きにした大上段からの評論はいらないのです。中村大蔵さん・坂倉加代子さん・長谷川洋子さんによる好評の連載エッセーと小林茂さんの「写真と文章」は2013年3月号までつづけてもらいます。なお今後の予定ですが、この3月31日(土)に合評会と総会を、12月15日(土)に合評会を、そして2013年3月30日(土)に合評会(研究会)と総会を開きます(いずれも午後2時から。京都府部落解放センター3階)。「終刊式(イベントするのですか」とお尋ねがありましたが、そのつもりはありません。総会後の懇親会が、みなさんとの「お別れ会」になるはず。もちろん、会計の処理が残りますので、「ホナ、サイナラ」というわけにはいかない。いずれにしても、「あと一年」。体調維持に注意して乗り切る覚悟。(2012/1/7記)
お知らせ
●『こぺる』最新号はこちら
月刊『こぺる』
●『「同和はこわい考」の十年』(私家版、98/11)が、『同和はこわい考通信』インターネット版(
http://www.geocities.jp/kowaikou/)に載っています。
●人権教育教材ビデオ『君の勇気を待っている』(21分)

→詳しくは「
こちら」をご覧ください
おきばりやす
仕事などで外出する家族や店員さんにかける京都弁。気遣いが感じ取れるやさしいことばです。NHKの朝の連続テレビドラマでお聞きになった方もあるはず。おふくろもようつかってました。いまでは、J2が受けついでおります。さあ、お好みのコーナーにおでかけください。それでは、「おきばりやす」。