函館競馬研究会は管理者S、その仲間K、N、そして現毎日新聞記者Oが中学校時代に通う塾の名にちなんで名付けたものである。そもそもは週刊ギャロップの馬券の達人という企画のために立ち上げたのが始まりで、その当時一時期とは言え全国トップの位置にその名を刻んだ、私の記憶が確かならば、そのトップに立ったレースは福島メインの吾妻小富士賞、ダイゴウソウル→エーピードラゴンで8000円強の馬連を取ったものであったはずである。しかし短期間ではあったが全国誌ギャロップに中学生の団体が名を刻んだのは紛れもない事実である。そして管理者は同時に中学校の同級生であるN、T、そしてリンクしている裏ウマの管理者Hとともに競馬新聞『ホースニュース猿』を刊行した。校内で配布した事が一時期問題になったこともあったが成績優秀な生徒の行動という事もあり大きなお咎めもなくその発行部数は高校に入っても増えていった。同じ高校に進んだメンバーは土曜の授業が昼で終わるとすぐに学校を出、坂をチャリで下ると正面に現れるJRA函館競馬場に直行し修行に励んだものだった。そして馬券術、相馬眼はもちろん、高校の教師の隣の窓口で馬券を買うことで精神力までもを鍛えていった。。。卒後は全員が【ちょっとしたミス】で札幌に居を移すことになる。当然主戦場はJRA札幌競馬場に変わる事になった。しかし札幌の競馬ファンは函館のファンとは一風違った。何が違うのか・・・それは明らかに函館よりおとなしいのである。我々はGTレースになると必ずファンファーレにあわせて新聞を丸めて叩き、勝負馬券を買ったジョッキーの名を叫ぶというのが恒例であったが札幌のファンには異様な光景に映ったようである。いつしかGTレース発走直前になると我々が陣取るターフビジョン前の内ラチ沿いのファンが我々の登場に備えスペースを開けるようになったのである。時に、我々に共感して同じように振舞う者達もいたが、我々のような函館での修行がない彼らの叫びは決して中山、府中、仁川、そして淀のターフに届くようなものではなかった・・・・・・当時の記憶の中ではメジロド−ベルが勝ったエリザベス女王杯だったろうか、Kが発走直前に叫んだ名前は「ラティール!」周りで「そんなん来るわけないじゃん」と嘲笑う愚かなハエ供には眼もくれず叫んだKの叫び、そして現実に4コーナーですごい勢いで上がって来たラティールを見て、さっきまでKを飽きれた目で見ていた彼らの目が今度は「マジッ」とKを驚きの表情で見た時の目が私は忘れられない。結果ラティールはそこまでの見せ場で終わったのだが彼のパワーある応援こそ真の競馬ファンであるように思えた。札幌時代は私の競馬人生の中でも最も楽しく有意義な一年であったと思っている。そして数年の空白の時を越えてここに再び函館競馬研究会を復活することができたことはたいへん喜ばしい事である。今回より新メンバーも3人加えて新たにスタートする。しばらくはPOG中心の構成になると思いますが、今後はうちの精鋭の狙い馬などを掲載していけたらと思っております。ただし我々の馬券は決して金銭的な配当はもちろんだが先ほどのラティールの例でもあったように外れても「精神的な配当」を得られるような魅力あるものであるということである。競馬を経済的なものに考えている方は参考にされないことを付け加えておきます。今後も難解なレースをサクっと切る我々の予想にご期待ください。 文責:編集長