W杯観戦韓国旅行記

PART1

 6月9日、午後1時少し前、韓国の仁川(インチョン)国際航空に到着した。W杯観戦のための旅行だが、初の韓国入国である。W杯がなければ、韓国旅行はまだまだ先になっていたかもしれない。
 W杯を迎えて韓国は、外国人客歓迎ムード一色である。飛行機を降りて入国審査までの間の通路には出場国の旗が並べられており、ソウルの街中にもあちこちに各国の旗が飾られていた。また、これはW杯とは関係ないのであろうが、ソウルへのリムジンバスに乗ると、バスの運転手が乗客に向かって直立してしっかりと(韓国語だったので何といったかはわからないが)挨拶をした。ここにも国をあげて外国人旅行者を歓迎しようという心意気が伝わってきた。それに引き換えわが日本のリムジンバス。一応、荷物を積み込んだりチケットを確認するバイトが、多くの場合はきわめていい加減な、「ご乗車ありがとうございます」という挨拶をするだけである。たまには正社員らしき係員もいて、その場合はかなりしっかりとした挨拶をするが、バイトのあのいい加減な仕事ぶりは、多くの外国人観光客の日本に対する印象を悪くさせるのではないかと気になる。
 さて、韓国である。ホテルには14時半すぎチェックイン。試合はインチョン行われ、キックオフは18時。16時半に到着すれば十分と思われる。大会の公式のパンフレットのようなものによると、ソウルからは地下鉄(地下鉄-かなりの部分が地上)で約1時間10分くらいということになっているから、15時半近くに出発しても大丈夫だ。しかし、やっておかなければならないことがある。実は22日・23日にもW杯観戦に韓国に行くのであるが、試合が行われる光州からソウルまでの足を確保しておいたほうが安全だ。そこでソウル駅へ行き、韓国一の優等列車セマウル号のチケットを買うことにした。窓口では英語はあまり通じないらしいので、紙に日付とアルファベットで光州(GWANGJU-SEOUL)と書いて、窓口のおばさんに見せた。このおばさんの対応がまた丁寧で、僕はこれで韓国ファンになってしまった。あちこちの国に旅行に行っているが、なんというのだろうか、素朴なそして誠実なホスピタリティーというものには意外と、あまり出会わない。ソウルでこんなだから、田舎へ行くと、もっと人がいいのだろうなということがうかがわれる。
 ソウル駅から乗った地下鉄は混んでいた。日曜日だから昼間から混んでいるのだろうか、と思っていたら、どうやらW杯観戦のためインチョンへ行く人たちが多いようだ。コスタリカ-トルコという韓国とはまったく関係のない試合、おまけに、その値段の高さからチケットの売れ行きが今ひとつといわれていたので、意外な感じがした。
 インチョン競技場前は、人でごった返していた。競技場へ向かう道には民族衣装の若い女性や子供たちが並んでおり、韓国語(?)で「せーの」と小声で言って「ウエルカム・トゥー・スマイル・コーリア(ようこそ笑顔の韓国へ)」と大きな声で繰り返していた。そして競技場内では、これがインチョンでは最初の試合だからなのだろうか、ちょっとしたオープニングセレモニーというか、ピッチ上で何か踊りが披露されていた。


(インチョン・スタジアムへ向かう人々)


 札幌での開幕戦も見に行ったが、札幌ドームへの道は警察官が数メートルおきに並んでおり、ピリピリムードが漂っているだけだった(札幌はフーリガン危険度NO.1ということで厳重な警戒態勢がしかれていたのだと思うが)。インチョンでの歓迎の仕方はどちらかといえば垢抜けないものだと思うが、心から歓迎しているという雰囲気が伝わって来て好ましく感じられた。

 競技場内に入り、自分の席へ行くと、カテゴリー2の席ではもっともカテゴリー1に近い席だった(席は上から順にカテゴリー1・2・3となっている)。ところが、韓国人グループが僕の席のあたりを占めていた。その中の男性に、おそるおそる声をかけてみると、幸いにして英語が通じた。そうすると何らかの事情で、グループがばらばらの席しか入手できなかったようで、僕のチケットと彼の持っているカテゴリー1のチケット(すでに半券だけになっている)を交換しようといわれた。カテゴリー1に行けるならばいいが、札幌ドームでは場内での違うのカテゴリー間の移動はできないようになっていたので、「移動可能か」と聞くと、場内の係員にたずねてくれた。するとどうやらまったく問題ないようで、あっさりカテゴリー1の席に移動できた。100ドルの席から150ドルの席に移動できるとはラッキーだったし、なかなかよい席だった。僕の手元には、ハングル文字で韓国人の名が記されたチケットが、そして彼の手には、ローマ字で僕の名が記されたチケットが残されることになった。
 
(韓国人男性と交換した席からー左コスタリカ・右トルコ)



 18時キックオフ。試合はトルコが押し気味に進んだ。韓国人観客もなぜかトルコ応援の人が多く、トルコがチャンスを迎えると場内が沸いた。僕の前にすわっているおじさんも、完全にトルコ応援の体制だ。ぼくの右にすわった若い男性グループはコスタリカの旗をもっていながら、「トルコ・トルコ」とトルコサポーターの声に合わせて、コールしたりしている。コスタリカの旗はコスタリカサポーターが大量に配ったのだろうか? コスタリカは中南米では非常に豊かな国なので、それぐらいの財力はあるかもしれない。しかし、韓国の人たちも自分の国とは直接関係のない試合のため、かなり多くの観客はどちらの得点にも声援をおくっていた。こういう楽しみ方もあるのかなと思ったが、僕はそういうことはできない。応援する国でなければ、ただのサッカーの試合として観戦に集中し、応援する国であればもちろん肩入れして見る。この試合は、トルコへしばしば旅行へ行くこともあり、親近感も感じているので、トルコ応援だ。しかし、応援コールには加わらず。ところがそのトルコ、選手はうまいのだが、みんなドリブル大好きで、相手をひきつけてパスを出せばいいものを、ひきつけすぎて、ついにはパスを出すタイミングを失してしまい、チャンスをなかなか作れない。一応先制するものも、終了間近になって追いつかれ引き分け。トルコサポーターは9割方手中にした勝利をのがして、がっくりきている。一方、負け試合を引き分けたコスタリカサポーターは沸きにわいている。

 さて、急いでソウルのホテルに戻らなくてはならない。日本vsロシアの試合を後半からでも見たい。19時50分ころ試合が終了したが、その余韻に浸ることもなく、ソウルへ向かった。21時30分ころ、ホテルの部屋に入り、テレビのスイッチを入れると後半戦は既に始まっており、まもなく日本が先制した。夕食がまだだったので、カロリーメイトをかじりながらの観戦。朝、5時起きで、かなり眠かったので、日本の勝利を見届けると、風呂にも入らず就寝。

 翌朝、9時すぎにはホテルを出た。せっかくのソウルだちょっと名所でも見て帰りたい。そこで選択したのが、李朝の離宮であった昌徳宮。ところが月曜日は休館(もし開館していても、ガイドにしたがってのみ入場できるというシステムなので時間に余裕のあるときにしか見られない)。歩いて李朝の王宮であった景福宮(こちらの建物は新しい)の前まで行き、その近くから空港行きのリムジンバスに乗った。
 リムジンに乗ると、運転手が笑顔で「アンニョンハセヨ(こんにちは)」と挨拶してきた。ここでも外国人観光客に好印象を与えようとする姿勢がうかがわれた。バスが走る通りには、ずっとW杯出場国の国旗が飾られていた。しかし、そのなかに、なかほどで結ばれている旗があった。日本の国旗である。国旗にこのようなことをするのは許される行為ではないが、韓国の人のなかに、やはり根強い反日感情があるというのも忘れてはいけないことなのだと思った。

 インチョンからの飛行機は遅れはしたが、W杯観戦ツアー第一弾は無事終了。次は22日の光州だ。15時半というキックオフに間に合わせるため、チェジュ(済州島)で飛行機を乗り継ぐが、大韓航空の規定では、乗継が保障できない時間しかないという。30分くらいの遅延ならば大丈夫そうだが、どうなることやら。


PART2

 6月22日(土)。光州でのW杯ベスト8の試合を見る日がやってきた。家を出るころには小雨だったが、リムジンバスが成田空港に近づくにつれて、雨脚が強くなってきた。韓国の天気は大丈夫そうだが、やや気になる。
 空港第一ターミナルの大韓航空のチェックインカウンターでは、予想に反して、成田-済州島だけではなく済州島-光州の便のチェックインもしてくれた。旅行会社の話だと、規定の最小乗り継ぎ時間がないため、乗り継ぎの保障はしないと言われたが、どうやら乗り継ぎの便宜は図ってくれるらしい。
 定刻9時45分発の大韓航空機は朝の出発ラッシュのためか、やはりやや遅れ気味。なかなか滑走路に出られない。
 9時25分ころやっと離陸、12時35分済州島到着。W杯期間中のプリ・クリアランス(事前に入国の審査をしてしまい到着地では専用の窓口で入国スタンプを押すだけというシステム)のおかげですぐ入国完了。国内線の搭乗口には13時前に着くことができた。出発までの間、成田で買った巻き寿司といなり寿司のセットでこの日早くも3度目の食事。一度目は家を出る前。二度目は11時すぎの機内食。こんなにせっせせっせと食べなくても、と思われるかもしれないが、試合の展開によっては夕食を食べる時間がちゃんととれるかどうかわからないのだ。
 済州からの便には、この日の試合を見に行く日本人が大勢。これだけいれば、航空会社も乗り継ぎ時間が規定どおりないからといって、切り捨ててしまうこともできまい。しかし、乗り継ぎ時間は十分で、光州への便ははほぼ定刻どおり出発し、14時25分には到着した。
 空港ビルをでるとうれしいことにスタジアムまでの無料連絡バスが出ており、それに乗り込んだ。
 しかし、スタジアムからはずいぶん離れた場所でおろされ、結構歩くことになった。バスを降りたのが15時ころ。キックオフまで30分だ。
 途中の信号で異様に長時間待たされた。なんでこんなに車を優先するのか、と思っていると遠くから黒塗りの車の集団がやってきた。誰か超VIPが来るらしい。もしかしてと思ってみると、金大中大統領であった。車の窓を開けて観客たちに手を振っていたので思わぬところで、ナマ金大中を見ることになった。

(奥の屋根は左側がメインスタンドの、右側がバックスタンドのもの。試合開始が近いこともあって人の波はそれほどでもない。)



 スタジアムに近づくと、選手紹介が始まったようで、ものすごい歓声と拍手がが聞こえてきた。
 15時20分、ようやく入場。僕の席の一角は日本人ばかりだった。韓国人の真っ只中で観戦することを覚悟してきたが、中立の観戦者としては助かった。韓国の好プレーや得点で一緒になって盛り上がらずに済む。そして何より、今度の観戦の最大の目的(?)である韓国の観客の盛り上がり方を客観的に見ることが可能である。

(僕の2列前からは韓国人観客ばかり(この中に日本人もまじっていたもよう)


 15時30分、キックオフ。最初からものすごい盛り上がりかなと思っていたが、試合同様比較的静かな感じで始まった。本当に盛り上がっているのは、ゴール裏のサポーターたちで、にわかサポーターと思われる料金の高い席の人たちは手拍子などはするが、声はそれほど出ていない。
 しかし、後半になるとスタジアム全体のボルテージが上がりだし、延長戦に入ると最高潮に達した。
 両チーム無得点で延長戦も終了。PK戦となった。韓国のトップバッターは柏レイソルのファン。実はこの選手、Jリーグでも何回かPKをはずしてるのを見ている。けっこうまずい人選なのではと思って見ていると、蹴ったボールはキーパーの守備範囲へ。キーパーがこれをうまくキープできず、ゴールイン。これで韓国は勢いに乗ったのか、結果はご存知のとおり。観客のボルテージはさらにあがった。ちょっと表現しがたい状況だ。
 彼らが盛り上がっているうちにスタジアムをあとにして、混まぬうちに光州市内へ出ようと思ったが甘かった。帰りのバス乗り場への誘導がないに等しいのだ。おまけにバス乗り場は列もつくられず、バスが来るとわっと人が集まり、まったく乗れたものではない。とにかく乗り場で客をさばく人員がいないのだ。
 そのうち韓国人観客もスタジアムから出てきて、興奮状態も外に出てきた。しばらくバスに乗れなかったおかげで、クラクションをならしまくったり、窓から乗り出して(いわゆるハコノリ)韓国の旗を振る人たち、スタジアムの外で太鼓や鉦に合わせて踊る人たち、等々珍しい光景をみることができた。
 19時すぎにやっとバスに乗り、19時45分ころ光州駅前に到着。まず、水を買って飲んだ。最後に水分をとったのは、済州島行きの飛行機の機内食のときだから既に8時間くらいたっている。スタジアムに入ったときに、まず飲み物を買えばよかったのだが、何せキックオフが迫っていたので、ますっぐ客席へ行ってしまった。ハーフタイムの売店はとてつもなく混むので最初からあきらめ。ということで喉がからからだった。水を飲んで一息ついたあとは、観光案内所で地図を入手した。ホテルはワールドカップのために設けられたインターネットのシステムで予約してあり、地図もネットで入手しているが、その地図がややわかりくいのだ。あてずっぽで歩くのはいたずらに体力を失う可能性があるので、きっちり場所を確認してから歩きはじめたい。
 ホテルはすぐに見つかった。薄暗いフロントでは、片言の英語を話す青年が迎えてくれた。韓国が勝利したからなのか、それとも普段からなのか、たいへん愛想がよい(たぶん短い韓国の経験から考えるに後者なのだろう)。

(ホテルの部屋-翌朝撮影-何となく一般家庭の部屋という感じ)


 部屋に入ったのは20時10分すぎ。延長戦にもつれこまなかったら、そのへんのレストランで韓国料理を、と思っていたが、もうすぐトルコ-セネガル戦が始まる。今大会で日本を除くと一番肩入れしているチームの試合だから見たい。ということで、翌朝の朝食用にと思って持参したカロリーメイトをかじって夕食にすることにした。
 さて、そのトルコ、先日インチョンで見た試合とは別のチームという感じ(日本戦は仕事のため見られなかったが)。個人技とチームプレーがミックスされて、セネガルが弱く見える。これはけっこう楽に勝てるかなと思いながら見ていると、猛烈に眠くなってきた。後半戦は半分以上記憶がなく、ついに延長戦ではぐっすり眠ってしまった(6月23日夜記)。

 すっかり熟睡していたが、突然電話のベルがなった。なんだ、なんだ。どうせ間違い電話だろう、と思って眠い目をこすって受話器をとると、日本語で「もしもし」の声。何だこれはと思っていると、電話の相手が「フロントで日本人が泊まっているから掛けてみろ」と言われたという。そういえば、僕がチェックインしたときも、今日は日本人があと二組泊まることになっていると、何度も何度も強調して部屋まで教えてくれた。日本人がまったくいないような旅先ならば、そしてこれからも旅を続けるなら、話したいという欲求も沸いてくるが、何せそこいらじゅう日本人だらけである。おまけに明日には帰国だ。僕はフロント氏の話には適当にうなずくだけだったが、電話の彼は律儀にもそれにしたがってきたのだ。それで少しだけ話をした。彼は大阪から釜山を経由してやってきたとのことだった。夕食時間であれば一緒に食事でも、といきたいところだが・・・。
 突然の電話で目が覚めてしまった。おまけに夕食が夕食だけに空腹を感じてきた。しかし、もう我慢するしかあるまい。しかし、早起きと韓国観客の熱狂に疲れたせいか、いつのまにか眠りに落ちていた。(6月24日記)

 翌朝は7時半すぎチェックアウトし、光州駅へ向かった。熱戦から一夜明けた光州の街は閑散としていた。ホテルから駅までの10分ほどの道に朝食を食べさせるような店はなく、駅前食堂が早朝にもかかわらず営業していた。しかし、食堂の壁にかけてあるメニュー表記はすべてハングル文字で何を食べさせる店なのか、皆目見当がつかぬ。これが本格的な旅ならば、適当に食堂にはいり、店の人に色々聞きながら何か頼むところだが、今回はもう帰国モードにはいっており、そこまでして現地の食べ物を食べるガッツはない。というか別のところでも書いたかもしれないが、僕は基本的に外国の食事は苦手だ。「はずれ」の食事はひきたくない。駅の売店で菓子パン(菓子パンしかないというのも日本と違うところ)を買って、水で流し込んだ。
 乗車予定の列車は9時発のセマウル号。先日の第一次W杯観戦旅行の際に確保したものだ。昨日、光州駅に来たときに切符売り場をのぞいてみたが、すごい行列だった。前もってチケットを買っておいてよかったと思う。

(閑散とした光州駅前。セマウル号の出発が近づくと多くの人々がやってきたが、日本人がかなり多かった。)


 車内はほぼ満席だが、若干の空席がある。どうやら昨日の予約でも十分この列車に乗れたようだ。
 定刻通り出発し、水田が続く、日本とあまり変わらぬの景色の中を走っていった。しかし、ときどき停まる駅の駅名表示がハングルであり、建物のちょっとした雰囲気も違う。やはり、ここは韓国だ。
 なんとなくボーっと車窓や車内を眺めていたら、僕の左斜め前方の席の男性二人連れの一人がトイレに立った。その男、どうも見覚えのある顔だ。まさかと思ったが、15年前の春、中国の昆明への車中で一緒になり、大理まで行った東大の学生(当サイトの旅行記「巨大遺跡へ行こう」で登場したT君の友人)ではないのか? しかし、確信は持てなかった。何せ時間がたちすぎている。
 13時10分ころ、ほぼ定刻通りソウルに着いた。僕の乗る福岡行きの便(ソウル-福岡-羽田というルートのチケットを買ってある)の出発は16時45分だから、ソウル駅を14時過ぎに出ても間に合う。駅の近所をふらついてから、空港へのリムジンに乗るということも考えられたが、今にも雨が降りそうな空模様である。ソウル散歩はまたの機会に譲ることにして、空港へのバスに乗った。座席は2列、1列の豪華バスである(空港リムジンはこのタイプが基本のようだ)。右側の一人席にすわり、駅前の雑踏を眺めていると、さっきの二人連れがやってきた。中国で出会った彼によく似た男性が、露天でトウキビを買っている。しかし、その様子を見て、この男性が中国で一緒になったT君の友人であることを確信した。あごをかなり上にあげ、ややまぶしそうな目つきで人と話すという、一度見たらなかなか忘れられない特徴をこの男性ももっているのだ。彼らがこのバスに乗ってきたら、思い切って話しかけてみようと決断した。「学生時代、昆明から大理へ夜行バスで行ったことありませんか?」と。しかし、彼らはバスには乗ってこなかった。ソウルに泊まるのか。はたまた、飛行機の出発時間が遅いのか。残念なことをした。もしその彼だったら、どういう話になったのだろうか。T君とはいまだに交流が続いているのだろうか。色々なことを考えながら、インチョン国際空港へ向かった(終)。