硬いものを噛むと歯が丈夫になる?
犬や猫も人間と同様、歯磨きをして口腔内を健康な状態に保つ必要があります。歯磨きをせずに何年か経過すると、歯周病をはじめとした歯科疾患にかかる可能性が非常に高くなります。歯磨きの代わりに、硬いものを噛むことによって、『歯が丈夫になる。歯磨き効果がある。』と考えている方がいらっしゃいますが、総合的に考えると、残念ながらお奨めは出来ません。犬や猫の歯をよく観察すると、人間の歯とは異なり、ほとんどが尖っており、しかも上顎と下顎の歯はすれ違い、向かい合って面と面が接触する咬み合わせ(咬合)は、ほとんどありません。したがって硬いものは、上顎と下顎の歯の隙間にはさまって、歯垢や歯石を除去する効果が多少あるかも知れませんが、それよりもむしろ、強い力がかかって歯が割れたり欠けたりする(破折)ことの方が多いと思われます。硬いものを咬むと、特に上顎の犬歯の次から奥に向かって数えて4番目の臼歯(第4前臼歯)が縦方向に平たく割れてしまう(平板破折)ことが多く見受けられます。 ちなみに、犬や猫では唾液の性状が人間と異なり、虫歯(齲歯)にはなりにくいと言われています。当院での齲歯の症例も多くはありません。
9歳の雑種犬。
昨夜より右頬が腫れて食欲がないとのことで来院。
口腔内を検査すると、左上顎第4前臼歯(矢印)は平板破折して
時間が経過したものであることがわかった。
小さいころよりケージを咬むなどの癖があったという。
生後7カ月齢のボーダーコリー。
正常な破折のない第4前臼歯(矢印) であるが、すでに歯石が付着している。
歯と歯周組織の構造
歯冠:歯肉より上部の外から見える部分。
歯根:顎骨内にあって見えない部分。歯根の先端を根尖という。
歯髄:血管・神経・リンパ管が通っている柔らかい組織。
歯髄腔:歯髄の入った腔。歯冠髄腔と(歯)根管に分かれる。
歯槽骨:歯を支えている顎の一部分。
エナメル質:生体内で最も堅い組織。欠けた場合、自己修復機能はない。
象牙質:歯髄を厚く覆う組織。損傷を受けない限り歯髄に向って形成を続けるので、加齢に伴い歯髄腔は細く狭くなる。
セメント質:歯根を覆う組織。生涯形成を続ける。
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歯が折れて出血すると…?
歯が折れる、欠けることを破折と言います。犬や猫の歯は、先端が尖っていて折れやすい形状をしているので、硬いものを噛む、交通事故や落下事故に遭う、喧嘩をするといったときに破折が起こります。歯の中心には歯髄がありますが、歯髄は象牙質・エナメル質でしっかりカバーされているので、通常は熱いものや冷たいものの刺激や細菌の侵入から守られています。しかし、ある程度大きな破折の場合、この歯髄が露出・損傷してしまい(露髄)、神経が刺激されて痛みを感じたり、血管より出血したり、炎症がおこったりします。時間が経つと、歯髄から歯根部へも炎症が拡大し(根尖性歯周炎)、あるいは破折部位に歯石が沈着して周囲の歯肉に炎症(辺縁性歯周炎)を起こしたりします。 折れた歯が露髄しているかどうかは、視診と探針による検査、レントゲン検査も行い判断します。露髄直後であれば、出血することもあり、断面中央に少し黄色みがかった歯髄が確認できます。黒ずんだ歯髄が確認されれば、それは露髄してから時間が経過して歯髄が壊死しているのかもしれません。
9歳の雑種犬。左上顎の犬歯(矢印)が破折し、露髄している。
折れた歯をそのまま放置しておくとどうなるのか?
露髄した歯をそのまま放置しておくと、歯髄に化学的な刺激や細菌感染などによる炎症がおこり(歯髄炎)、歯髄が壊死します。壊死した歯髄の分解産物や細菌の産生する毒素などからさらに炎症が拡大して、歯根管を通って根尖周囲組織にまで傷害を及ぼすと、周囲の歯槽骨などの組織をも破壊します。レントゲン検査でこの状態をみると、歯の周囲が黒く抜けて(透過性の亢進)みえます。 根尖部において、炎症により組織が壊死すると膿が貯留する場合があり(根尖周囲膿瘍)、その状況で長時間経過すると、この膿を逃がす通路が形成されてしまうことがあります。この通路を瘻管と言います。この瘻管の出口が、口腔内の粘膜や歯肉にできる場合は内歯瘻(ないしろう)、顔面や顎の下などの皮膚に出来た場合を外歯瘻(がいしろう)と言います。眼の下に出来る場合は特に、眼窩下瘻や眼窩下膿瘍といいます。
9歳の日本猫。左上顎犬歯の破折と内歯瘻が確認できる。
13歳のポメラニアン。犬歯を抜歯した後、口鼻瘻管が形成された。また、上顎の歯根は、鼻腔にきわめて近く、薄い骨だけで隔てられているので、炎症により骨が壊死吸収されやすく、口腔と鼻腔が貫通するような瘻管が形成されることもあります。この場合は、口鼻瘻管と呼び、症状としては膿性の鼻汁やくしゃみの増加があります。一方、下顎の炎症が長期に及ぶと、壊死吸収により下顎骨の厚みが無くなり、少しの衝撃で骨折したり、左右下顎骨の中央の接着(下顎骨結合部)が外れて顎が不安定になったりします。 したがって、露髄した歯を放置しておくと、その患歯を中心に歯槽骨や鼻腔、顎骨、骨髄に感染や炎症が周囲に広がり、壊死し、やがてはその組織が吸収消失します。もちろん、その患歯の両側歯にも炎症が波及します。長期的には、炎症部分の細菌が血管に侵入し、心臓や肝臓、腎臓などの全身の臓器に障害を起こすこともわかっていますので、発見され次第、早期の治療が必要となります。
12歳♀のビションフリーゼ。
右眼下より出血と排膿があった。
病変直下の口腔内は歯周病が酷い。
麻酔下にて抜去した歯。
口外法で撮影したレントゲン。赤マル内は歯槽骨が黒く抜けてみえる。
露髄した場合の治療
露髄すると、直ちに歯髄に細菌の侵入が始まります。治療方法は、細菌感染や炎症の度合いによって、すなわち露髄してからの経過時間によって、選択肢が変わります。加えて、その犬猫の年齢(加齢により歯髄腔の状態が変わってくるため)や、破折の部位、歯と歯周組織の受傷状態、根尖病巣の有無、施術後の来院回数や費用の問題などを考慮して、飼い主さんとの話し合いでどの治療方法を選択するかを決定します。 治療は、歯内治療(歯を修復して保存する治療)』あるいは抜歯となりますが、歯内治療はさらに
1.断髄法
露髄した歯髄を途中で切断し、断面の歯髄を感染などから保護して、残りの歯髄を生きたまま残す修復法2.抜髄法
歯髄を全て取り除き、根管に充填剤を挿入して修復する方法のどちらかの選択になります。発見が早く、歯冠のみの破折で歯周組織の損傷が少なければ、断髄法や抜髄法によって保存修復することが可能です。ただし、これらの施術後は、定期的な検査を実施し、根管に炎症や壊死が発生していないかを経過観察する必要があります。 露髄してからの時間が経過して治療を開始する場合、重度の損傷がある場合などは、抜歯の対象になります。露髄後、かなりの年月が経過していれば、重度の歯周病があり、歯槽骨の吸収や歯の動揺が著しく、瘻管を形成している場合もあるので、抜歯後に感染をおこしている組織をきれいに取り除くこと(掻爬:そうは)や洗浄が必要になります。抜歯後、歯槽骨に開いた大きな穴(抜歯窩)は、歯肉で蓋(フラップ)を作成して縫い合わせて塞ぎますが、抜歯直後の抜歯窩は血液で満たされているだけです。健康な身体で、感染のあった組織をほぼ除去出来ていれば、1カ月もするとその抜歯窩は骨化してします。そうなれば、以後感染の心配もなく、施術後頻繁に検査をする必要はありません。
抜歯すると固いものが咬めない?
人間では、歯を抜くと審美的な問題をはじめ、噛み合わせに障害が起こります。全ての歯が無くなると(無歯顎)、咀嚼するときに使う筋肉(咬筋・側頭筋・内側翼突筋)や歯槽骨・顎骨の顕著な萎縮・変形が現れ、それに伴って咀嚼や嚥下・発音などの機能障害がおこります。人間の臼歯は、上顎と下顎の歯が向かい合って面と面が接触し、摂取した食物を細かくすり潰して粉砕する咀嚼機能が大きいので、抜歯すると『噛む』という行為をしなくなり、使わないことによって急速に萎縮すると考えられます。しかし、犬や猫の歯には、元来このような咀嚼機能はほとんどありません。したがって、学術的な調査報告はありませんが、重度歯周病に罹り、ほとんどの歯を抜去した犬や猫でも、人間ほどの顎骨や筋肉の萎縮はないと考えられています。歯を失っても、多くの犬や猫は顎骨を使って食事を摂り、体重を維持します。もちろん、ペースト状の缶詰めや小粒のドライフードなど、すでに細かく加工された食事を準備する必要はありますが、全く歯がない犬や猫でも、ドライフードを『カリカリ』音をたてて食べることが少なくありません。 犬や猫の先祖は、四肢や口を使って小動物を捕獲し、食べていました。その関係で、歯は動物を捕捉して突き刺し、引き裂くために都合が良い形状になっています。特に、上顎第4前臼歯と下顎第1後臼歯(写真参照:これらの歯は裂肉歯といいます。)はハサミ状に咬合しており、肉を切り裂くための強い剪断力が生じるようになっています。人間の臼歯(奥歯)は、上顎と下顎の歯が向かい合って面と面が接触し、摂取した食物を細かくすり潰して粉砕する(咀嚼)のに適した形状になっていますが、犬や猫の歯には、このような機能はほとんどありません。犬や猫は、食物を呑み込める大きさに切りさえすれば、あとは丸呑みする傾向があります。
最後に
ご自分の飼っていらっしゃる犬や猫の口の中を見ることは、あまりないかもしれません。本当は毎日やっていただきたい歯磨きですが、出来る限り時間を見つけて歯磨きをしてみてください。その時に、口の中に異常がないかをみてください。痛がっていたり、腫れていたり、歯が欠けていたりするところはないでしょうか?一部分だけ異常に歯石が沈着していれば、その歯石の下には露髄した歯があるのかもしれません。また、高齢の犬や猫では、口腔内に腫瘍が発生する事もあります。口の周りや目の下(眼窩下)が腫れて膿が出てきたり、くしゃみや膿性の鼻水が出たり、血の混じった悪臭のする涎を出すようであれば、それは歯の病気かもしれません。
年齢不明の日本猫。
左眼の下を中心に腫脹した顔面。左上顎臼歯の根尖周囲膿瘍が原因であった。
文責:フクナガ動物病院










