| ビリディアナ | |
| Viridiana | 1961年 スペイン |
|
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 修道院で暮らしていた見習い尼のビリディアナは、長く疎遠だった叔父ドン・ハイメに呼び出されて、彼の屋敷を訪れる。亡き妻の生き写しであるビリディアナを我が物にせんと画策するドン・ハイメ。彼はビリディアナに睡眠薬を飲ませて犯そうとまでする。しかし、結局はビリディアナに拒絶されてしまい、首を吊って自殺する。広大な邸宅をビリディアナに遺して・・・ ビリディアナは、ドン・ハイメの邸宅を寄る辺の無い人たちの住み家にしようと考え、街の乞食たちを呼び集める。修道院には戻れない身になったが、そこで神の教えを実践していこうとするビリディアナ。彼女の理想は実現されていくかに見えたが・・・ |
|
| サルバドール・ダリと共作した『アンダルシアの犬』でシュールレアリストとしてデビューしながら、母国スペインの内戦を機にメキシコに渡り、商業映画監督として活動していたルイス・ブニュエルが、二十四年ぶりに故国に帰って撮り上げた作品。 「哀しみのトリスターナ」のぺレス・ガルドス原作と紹介されている場合があり、私もそう思っていましたが、インスピレーションを得ただけで、ブニュエルと脚本家フリオ・アレハンドロの手によるオリジナル脚本だそうです。 1961年のカンヌ国際映画祭でパルム・ドール大賞を受賞しながらも、バチカンから冒涜的な内容だと批判を受け、スペイン国内では77年まで上映禁止処分を受けていた問題作です。 とんでもなくイジワルな映画ですね。人間の良心というものを嘲笑うかのようなストーリー展開。修道院育ちの「ビリディアナ」という女性を主人公にした一種の受難劇なのですが、普通の受難劇では主人公がツライ目に遭っても信念を貫き通すのに対し、この映画の主人公は打ちのめされた挙句に堕落(?)してしまいます。誠意をもって接すれば、相手も必ず誠意をもって返してくれる・・・、そんなことナイナイというお話。 世間に氾濫する“道徳的”な物語のパロディーとしての側面もあるのでしょうね。そういう意味ではモダンで、とても40年以上も前に作られた映画とは思えないほど洗練されています。ブラックユーモアの傑作です。でも、これは、単にそれだけの映画ではありません。全体が奇妙な感覚に彩られています。 ドン・ハイメが亡き妻を偲び、その花嫁衣裳のコルセットやハイヒールを身に着け(笑)ているところへネグリジェ姿のビリディアナが現れるシーンは印象的です。ハッとするドン・ハイメ。実はビリディアナは夢遊病の発作を起こしていて何も見えていない(覚えていない)のですが、暖炉から一握りの灰を掴み取ると、ドン・ハイメのベッドの上へと置きます。「灰」は、「罰」と「死」を意味するそうです。性的倒錯に夢遊病、そして死の記号・・・、完全にシュールレアリズムの世界ですね。 ビリディアナに拒絶されたドン・ハイメは絶望して自殺を図りますが、その時使ったのは、彼が少女に買い与えていた縄跳び紐・・・、彼は重度の足フェチなので、足をじっくり見たいがために少女に縄跳びをさせていたのです。贖罪の死の中にさえ、歪んだ欲望が垣間見えます。 映画の終わり頃になって、この縄跳び紐が巡り巡って再び画面に現れるところは、窓から投げ捨てられた郵便配達の衣装が浜辺へと流れ着く、『アンダルシアの犬』のラストシーンを思わせます。現実が超現実の世界に侵食されてしまったかのよう・・・。この縄跳び紐は、ビリディアナを犯そうとする乞食男の腰紐として使われています。ドン・ハイメの欲望が、死して尚襲って来たようにも感じられます。 ビリディアナと乞食たちが「夕べの祈り」を捧げるシーンも印象的です。祈りの言葉を遮るように屋敷の改装作業のやかましい音が挿入されるのもイジワルで面白いのですが、この祈りの様子がミレーの「晩鐘」を連想させる点こそが重要でしょう。ミレーの「晩鐘」はシュールレアリストたちから愛された絵画で、ダリはその中に“秘められた欲望”を読み取っています。この時は真摯な態度を見せていた乞食たちが、後で聖女と称えていたビリディアナを犯そうとしたことを思うと、この祈りのシーンは、既に背徳を湛えているように見えます。 変態的で冒涜的・・・、見る者全てを挑発する映画です。この映画にパルム・ドールを与えた1961年当時のカンヌ映画祭は、本当にフトコロが深い。物語は下卑ていて扇情的、演出もまた、とても芸術的とは言えないような、取るに足らない通俗的なもの。しかし、それでいて、『アンダルシアの犬』にも匹敵するようなシュールレアリズムの精神を実践している。この感覚は奇妙にして強烈です。商業映画時代に培われた通俗趣味が、ブニュエルの批判精神をより先鋭化させたようです。 でも、この映画、ビリディアナの純粋さを全否定しているわけじゃないんですよね。寧ろ彼女の聖性を賛美している節さえあります。もっと言えば、ブニュエルは、欲望に任せて乱行に興じる乞食たちの中にさえ、ある種の聖性を見出しているように見えます。乞食たちの晩餐をキリストの「最後の晩餐」(ダ・ヴィンチ作)に見立てる冒涜的なショットも、単なるキリスト教批判では無いでしょう。生や性の純粋さの中にこそ聖性を見出そうとする姿勢・・・、いや、そんな単純な話では無いと思いますが、価値観の顛倒の中にあるエロスを提示している映画です。
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| DVDは2006年7月に紀伊国屋書店より発売された「ルイス・ブニュエル DVD-BOX II」に収録されています。他の収録作品は、『ナサリン』と『砂漠のシモン』です。予告編などの映像特典は収録されていませんが、本編のクオリティーは良好です。紀伊国屋の他商品と同じくブックレットの中身が充実しているので、そちらの方もお楽しみ頂けると思います。ビリディアナ役シルヴィア・ピナルの夫にして本作の製作者グスタボ・アラトリステが、二人の間に生まれた娘を「ビリディアナ」と名付けたエピソードなどが紹介されていて、大変興味深かったです。なかなか粋なことやりますよね。でも、この女の子は、幼くして亡くなってしまったそうなんです。呪われてますね・・・ | |
(2006/10/8)
関連作をチェック!
| 関連作品 | |