センチネル
The Sentinel
1977年アメリカ

93分


製作: マイケル・ウィナー
ジェフリー・コンヴィッツ
監督: マイケル・ウィナー
原作: ジェフリー・コンヴィッツ
脚本: マイケル・ウィナー
ジェフリー・コンヴィッツ
撮影: ディック・クラティナ
特殊効果: アルバート・ホイットロック
特殊メイク: ディック・スミス
編集: テリー・ローリングス
音楽: ギル・メレ
 
出演: クリスティナ・レインズ
クリス・サランドン
エヴァ・ガードナー
ジョン・キャラダイン
イーライ・ウォラック
デボラ・ラフィン
クリストファー・ウォーケン
ジェフ・ゴールドブラム
バージェス・メレディス
マーティン・バルサム
ビヴァリー・ダンジェロ
シルヴィア・マイルズ
トム・ベレンジャー
ホセ・ファーラー
アーサー・ケネディ
ジェリー・オーバック
ハンク・ギャレット


ストーリー
 基本的にネタばらししていますが、これは予告編を見ても分かる程度の内容ですし、映画本やHPなどでも普通に開示されている情報なので、あえて記述しておきます。一応、結末だけは黄色で書いておきますので、そこさえ読まなければオチは知らずに楽しむ事ができるでしょう。まあ、たいした事ない予想通りの展開なんですが・・・
 
ニューヨークでモデル業に勤しむアリソンは、恋人のマイケルとの関係も円満だったが、父親の死に際して、気持ちの整理をつけるために、自分だけの時間を持てる手頃なアパートを探していた。仲介人の紹介で、少々古いが、広くて格安の物件を手に入れたアリソンだったが、アパートの住人は変わり者ばかりで、何か妙な雰囲気だ。

 最上階に住む神父のハリランは、盲目だと言うのにいつも窓から外を眺めていて気味が悪い。老紳士のチェイズンは、少々厚かましいくはあっても付き合いやすい人物であったが、下の階に住む二人の女性は羞恥心がないレズビアンで、もう一組の老夫婦もどこか奇妙な風体であった。
 住人たちを招いての歓迎パーティー兼“チェイズンの飼っている猫の誕生パーティー”に招待された夜、アリソンはすっかり気分を滅入らせて悪夢にうなされた。その上、上階から一晩中足音が響いていたせいで充分な睡眠がとれず、彼女はすっかり具合を悪くしてしまった。

 騒音被害に悩まされたアリソンは仲介人の女性に相談したが、彼女の口からは驚くべき言葉が!? なんと、あのアパートにはアリソンと神父のハリラン以外の人間は住んでいないと言うのだ。確認のために各部屋を見て回ったアリソンだったが、そこには塵と埃が分厚く積もっていた。すっかり混乱してしまうアリソン。しかし、その夜も上階から不審な物音が響いてきた!
 この辺が「ネタばれ限界」です。ご注意下さい。
 懐中電灯と包丁を手に取り、上の部屋へと向かったアリソン。闇の中には確かに何かがいる!! 彼女のすぐ横を白い人影が通り過ぎていった。その人影は部屋の向こうの隅で壁の方を向いたままじっとしている。
 「誰なの!?」、慌てて懐中電灯を向けたアリソンが見たものは、腐敗したような爛れた皮膚を晒した彼女の父親の姿であった!! 襲いかかられたアリソンは、とっさに包丁を振りかざして彼をメッタ刺しにすると、半狂乱のままアパートを逃げ出した・・・
(目を突き刺したり、鼻を削ぎ落としたり、結構ゴア描写に気合入ってます。)


 警察が捜査を始めるもアパートからは死体も血痕も発見されなかった。警察はアリソンの証言から、彼女が会ったという住人の事も調べるが、その名前の人物たちが既に故人であり、その上、全員が殺人犯であった事を突き止める事しかできなかった。

 アリソンに相談を受けたマイケルは、ハリラン神父の事を訊くために教会を訪れ、そこでフランチーノ神父からハリラン神父の生涯について説明を受けた。しかし、彼の態度にどこか釈然としないものを覚えたマイケルは、深夜、教会に忍び込むと、厳重に保管されていた秘密の書類を調査して、そこに驚くべき事実を発見した!
 ハリランという名前は偽名で、それどころか彼は神父でもなんでもないただの一般人だったのである。一般人としての彼は既に死亡した事になっており、その時点からハリラン神父としての人生が始まっていた。そして、この書類は一枚だけではなかったのである! 死亡した一般人と同じ顔をした神父の、尼僧の記録が何百年にも及んで蓄積されていた! 一体なんのためにこんな事を!?
 書類を戻して立ち去ろうとしたマイケルは、引き出しの奥の方にあった未整理の書類を手に取って震撼した! そこにはアリソンの名前に並べて、「シスター・テレーズ」という名前が記載されていたのである。さらに驚くべき事に、アリソンが明日死亡する事になっていたのだ!!

 明晩、マイケルはアリソンを自宅に引き留めると、一人アパートへと向かった。懐中電灯片手に捜索を続けた彼は、まるで何かを隠すように封をされた壁面に目を留める。封印を引き剥がした後には石に刻まれた碑文が・・・

 「我を通りて、汝、悲しみの街に到る、
  我を通りて、汝、永遠の苦しみに到る、
  我を通りて、汝、死せし人々の中に到る・・・
  この門をくぐる者は希望を捨てよ!」

 「“地獄の門”だ!」、マイケルの背後に迫っていたハリランが告げる・・・

 以下、結末にまで言及しています。
 マイケルの家を飛び出してアパートへと向かっていたアリソンは、無事マイケルと再会するも、彼の口から驚くべき話を聞かされる。
 アリソンが知り合った隣人たちは皆、地獄堕ちした者の化身、つまり「悪魔」であり、ハリラン神父は地獄から悪魔が溢れ出すのを防ぐために選ばれた“センチネル(番兵)”だったと言うのだ! 教会は死期の迫ったハリランに代わり、アリソンを新たなセンチネルにスカウトしていたのである!

 今夜、ハリランは役目を終えようとしていた。アパートの中を“異形の者”たちが徘徊し始める。彼らはアリソンがセンチネルになるのを妨げるために、彼女を追い詰めて自殺させようとするが、そこに黄金の十字架を携えたハリランとフランチーノ神父が現れる。
 悪魔たちを掻き分けてアリソンのもとに辿り着いたフランチーノ神父は、彼女に神への忠誠を迫る! アリソンが十字架を手に取ったのを見て、悪魔たちはしずしずと退却するのであった・・・

 それからしばらくして、新築されてモダン建築へと生まれ変わったアパートに新たな入居者が訪ねてくる。住人について尋ねられた仲介人の女性は告げる。
「最上階に住んでいるのはテレーズという名のシスターですよ」
 そこにはすっかりと年老いて、盲いた両目で窓の外を見つめるアリソンの姿があった・・・
レビュー
 『狼よさらば』など、骨太なアクション映画に才能を発揮した名匠マイケル・ウィナー監督が手がけた唯一のホラー映画。『ローズマリーの赤ちゃん』、『エクソシスト』に始まったオカルト映画ブームの只中で制作された作品で、キャスト陣の豪華さでは他の追随を許しません。亜流作品のレッテルは逃れ得ないと思いますが、現在でも根強い支持を受けているホラー映画の隠れた傑作です。

 ちなみにこの映画、とある理由から国内では発売不可能と言われている作品でして、発売中の海外盤をずっと気にしていたのではありますが、今回、ユニバーサル・ピクチャーズから良質のバージョンが発売されたのを機に、購入に至った次第であります。

<『エクソシスト』?>
 まず、本編を見る前に予告編から鑑賞したのですが、あんまりにも『エクソシスト』チックなので苦笑させられてしまいましたよ。「THE SENTINEL」っていう字の出し方からして似てるんですよね、フォントとか。締めの部分のナレーションの台詞、「最期の希望・・・、それは“センチネル”」っていうのも『エクソシスト』の予告編からのモロパクリです。これだって結構立派な映画をキドってるクセして、よくもまあ恥ずかし気もなくやってくれるものです。
<『ローズマリーの赤ちゃん』?>
 でも、いざこれが本編が始まると、『エクソシスト』っていうより、かなり露骨に『ローズマリーの赤ちゃん』なんですよ。引っ越してきてホニャラララとか、隣人がホニャラララとか。主人公が何やら具合悪くなってしまうところまで一緒なんですが、翌日になって隣人の部屋を訪ねたら、そこは埃だらけの空き部屋だったんなんていう怪談話の定番ネタでもって早々に「怪奇モノ」としてカミングアウトしてしまうので、『ローズマリーの赤ちゃん』みたいな切実な不安感は表現できていません。よって、結構時間が割かれている、モデル業に勤しむ主人公の日常生活の描写が映画の中で機能しておらず、どの映像も丁寧に撮られてはいるにもかかわらず、どうしても散漫な印象になっているんです。恐らく、コンセプトの段階で失敗してしまったのでしょう。これでは『ローズマリーの赤ちゃん』がいかに良くできた映画であったのかを証明をしてくれてるようなものです。これまた露骨なパクリである事が見え見えの「夢」のシーンなんか、見るのも恥ずかしかったですね。

 まあ、でも、ああいう稀代の傑作と比べたらどうだという事でして、普通の基準で言ったら充分に面白い作品です。教会の秘密を巡る謎解きですとか、説明不足の点も多々あるのですが、寧ろ、色々と推測を働かせて楽しむ事ができますし、大都会の片隅のアパートを異形の者たちが徘徊するという設定はやっぱり美味しいです。

 中抜きして読むならココから飛ばして(^^;

<異形の者>
 ラストではこの幽霊(?)たちが大挙して現れる事になるのですが、合成などの特撮は一切用いずに、ただ普通に突っ立たせたり、歩かせたりしているだけのところが、ジャパニーズ・ホラーにも通じるような、ある種独特なムードを醸し出していましたね。主人公の前に現れても、特に何もしないで通り過ぎて行ってしまうんですよ。これは寧ろ怖いですよ〜(笑)。
 いわんやこの幽霊さんたち、特撮どころか特殊メイクさえしていない人たちが大多数だったんですが。特殊メイクもしないで、この顔、この体型って・・・・・!?
「立つんだ、ロッキー!!」
今は亡きミッキー・トレーナーも降臨(中央)

 そう、本作に出てくる幽霊さんたちって、「奇形」の人たちだったのです!(゜O゜) いいんですか、こういうのって?? 小人さん始めとする奇形の人たちが映画に引っ張りダコなのは分かりますが(『SW』のR2D2とか・・・)、この映画の場合、「悪魔」なんでしょ、悪魔! 地獄堕ちした人たちって設定なんですが、それってちょっとマズくないですか? 顔面が肥大してたり、足がなかったり、体が小さかったり、醜い者は地獄に堕ちるとでも言うつもりなのでしょうか!?(←こういう人たちの容姿を「醜い」と言う事自体が身勝手な美意識の顕れなのですが、便宜上、あえてこう言わせていただきますのでご了承下さい。)
 これは解釈の仕方によって微妙になってきますよねー。醜いから地獄に堕ちたのか? それとも地獄に堕ちたから醜くなったのか? まあ、仮に後者の方だったとしても、「醜さ」の基準として、奇形の人たちを引っ張ってくるってのはやっぱり問題アリ。西洋社会に内在する差別意識、ひいてはキリスト教が内包する選民思想の事を意識せずにはいられません。

 確かに西洋には「奇形映画」の伝統というものが存在しますよ。古くはトッド・ブラウニングの『フリークス(1932年米)』とか。しかし、『フリークス』が奇形の人間を主人公に据える事で、寧ろ健常者の奇形性を浮かび上がらせる意図を持った作品であったのに対し、本作は奇形の人たちを「地獄の亡者」として、醜さの象徴として描いてしまっているのです。
先程、「日本では発売不可能」と言っていた事の意味が分かってもらえたと思います(^^;。

<“健全”な社会>
 ナチスドイツが政策として身障者の去勢手術を行っていたのは有名な話ですが、その他のヨーロッパの先進各国においても、第二次大戦以降も恒常的に身障者の去勢が行われていた事実が公表されて論議を醸した事も記憶に新しいです。人道主義を掲げてクリーンなイメージを打ち出しているスイスのような国でさえも、こうした政策が実施されていました。彼らの言う「クリーン」というのが如何ほどのものか良く分かりますね。正にそれは民族を「浄化」する事を意味していたのです。
 こうした思想の背景にはキリスト教が深く根ざしている事は言うまでもありません。聖書によれば、「神は自らの姿に似せて、人間をお作りになった」のです。その姿とは、とりもなおさず「“健全”な成人の白人男性」のそれの事を指すのであり、その姿に似ていない者・・・、ブラウン、ブラック、イエロー、様々な皮膚の色をした者たち、そして肢体が不完全な者たちは神から忌み嫌われているのです。
 つまり、異人種や身障者は、彼らにとって本質的に「異端」なのです。そしてキリスト教は、異端を排除する事を奨励している宗教なのです。ナチスドイツもヒトラーも、歴史の中に忽然と登場した突然変異的なモンスターでは無しに、こうした思想的な土壌の中から生まれてきた必然の存在だったのでしょう。

 話が逸れてしまいましたね。しかし、本作に登場する奇形の人たちを見てキリスト教的な差別意識の事を意識してしまうのは、地獄から現れた異形の者たち姿形が、露骨にキリスト教の「七つの大罪」のメタファーとして対応させられているせいでもあるのです。
 ある者はぶよぶよに肥えた体で肉を貪り、ある者は肉欲に狂って快楽に溺れる。もちろん殺人者だって混ざっています。そんな人間たちと一緒に奇形の人たちが配されているのです。あえてどれとは言いませんが、何某かの罪と対応させられているような印象も受けますし、「醜さ」=「罪」とする構図が透けて見えて来ない事もありません。

<地獄>
 これを言っちゃ元も子もないんですが、本作に登場する「悪魔」って、べつだん何の悪さするでもなし、怖くもなんともないんですよね(^^;。そりゃ元殺人犯は別ですが、他の人たちはホントにそんなに罪深いんですか? この程度の連中が巷に溢れたところで、世界の様相にはなんら変化は起こらないですよ。大食いや色狂いなんて普通にそこらに溢れてますって(←殺人者もね)。それで世界が滅びるのなら、世界なんてとっくに滅んでます。この映画を見ていて怖いのは、寧ろ、任務の追行のためには犠牲も厭わない「教会」の非情さの方なのです。

 本作は『エクソシスト』とは似て非なる映画です。『エクソシスト』に登場する神父は、別に世界の破滅が迫っていたわけでも、教会が危機に瀕していたわけでもないのに、一人の少女の魂を救うために命を捧げました。そこには宗教の愛情豊かな側面が描かれていたのだと思います。救われた少女が神父に抱きつくラストシーンに象徴されるように、寧ろ人間愛を描いた映画だったと言ってもいいでしょう。
 しかし、本作の場合、教会は「世界の平和」を守るために・・・、いや、これは「教会」を、“「教会の価値観」を守るため”と言い直したいところなのですが・・・、無関係な一人の女性を人柱として担ぎ出すのです。その態度は非情にして、その手段は狡猾です。
 いつだって助けに来れたであろうに、フランチーノ神父(+ハリラン)は、アリソンが悪魔たちに追い詰められて限界ギリギリになったところで、やっとこ御登場と相成ります。この状況だったら大抵の人間が十字架に手を伸ばすと思いますよ。「地獄」か、「十字架」かの二択を迫られているわけですから。
 これってキリスト教のやり口ですよね。「キリストを信じない者は地獄に堕ちる」、「最後の審判で裁かれる」というわけです。アリソンを脅し上げるバージェス・メレディス扮する悪魔の首領も、寧ろ教会の手先のように見えてきてしまいます。

 ラスト、「シスター・テレーズ」となっては窓辺に佇むアリソンは、盲いて、老人のような顔になっています。「盲目の老人」・・・、その姿は宗教にとり憑かれた人間の本質を表現しているのではないでしょうか?

使用後
 私はこの時点で、本作の演出と構成が確信犯的なものである事に気付きました。『センチネル』はレッキとしたホラー映画ですが、作り手たっちが描き出そうとした「恐怖」とは、悪魔がもたらすそれの事ではなく、人間が作り出した教会という組織の非情さに起因するものだったのです。通りで今ひとつ本作に登場する悪魔たちが怖くなかったわけです。
 ここまで言ったら言い過ぎでしょうか? しかし、これがハッピーエンドに見えますか? この映像のどこに救いがあると言うのでしょう? そりゃあ確かにホラー映画のラストというものは、往々にして不安感を煽るような余韻を残そうとするものですが、本作の場合、恐怖の余韻を引き摺っているのは、「悪魔」ではなく、明らかに「教会」の方なのです。
 そもそも「地獄」とはなんなのでしょうか? 「地獄」は悪魔が作り出したものではありません。地獄とは教会の司祭たちが、異端者を幽閉するために作り上げた牢獄です。そこには教会の価値観にそぐわない者たちが、奇形者たちが送られるのです。悪魔に扮した奇形者たち・・・、彼らは観客を怖がらせるためではなく、観客たちの立脚する道徳観を攻撃するために登場したのでないのでしょうか?


 脱線した上に海に落ちて難破したようなとりとめのないレビューになってしまいましたが、ここら辺で話を映画そのものに戻しましょう。


<「ヴィーを通せ!」>
 『エクソシスト』、『ローズマリーの赤ちゃん』などなど、色々とパクってきた『センチネル』ですが、ラストに到っては、なつかしの名作『魔女伝説ヴィー』になってしまいます(笑)。地獄から沸き上がってきた亡者たちがアパートの中に溢れかえるのですが、ゾロゾロと這い出してきて主人公を追い詰める様子なんてそっくりです。小人さんのような奇形の人が混ざっているところもおんなじですね。明らかに影響を受けていると思います。でも、ここまで忠実だと、もうオマージュとかリスペクトとかいうレベルだと思うので、そんなに悪い気はしませんね。寧ろ面白いです(^^)。
『センチネル』 『魔女伝説ヴィー』


 大きいんだか小さいんだかよく分からないスケールの物語のせいもあってか、キャストが豪華なわりにコジンマリとまとまってしまっている印象の映画ではあるのですが、見所も多彩で、水準以上の満足は保障してくれていると思います。奇形マニアの人たちだけのお楽しみにしておいては勿体ない! ホラー・ファンの方は是非、話のタネに押さえておいて下さい(←なんか微妙なススメ方ですが(^^; )。
ソフト
 レビューの中でも触れたように、とある理由から国内では発売不可能と言われている作品なので、出るかどうかも分からない国内盤を待つよりも、とやかく言わずに北米盤を購入してしまった方がいいでしょう。ユニバーサル・ピクチャーズの発売で、特典はオリジナル劇場予告編のみですが、品質は保証されています。
 さり気なく大きいのは、仏語、スペイン語字幕の他に、英語字幕が収録されている点でしょう。聴覚障害者用の字幕なので、セリフ以外の効果音などにも表示されてしまいますが、鑑賞の助けにはなります。
 $14.98と、価格も良心的なので興味のある方はチェックしてみて下さい。ちなみにこれはリュージョン1ディスクなので、対応プレイヤー以外では再生できません。

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