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人形アニメーションの父として世界中のクリエイターたちから絶大な支持を受けるチェコの名匠イジー・トルンカがシェイクスピアの同名戯曲を映画化した、彼の最後の長編人形アニメーション作品。
戯曲が原作であることを考慮してか、最初は、見るからに舞台劇調の演出で幕を開けます。縮尺された空間。カメラを・・・いや、観客の方を意識し、常に一方を向いた演技。場面転換の時には舞台幕も下げられます。奥ゆきがなく、一方向的で、平面的な感覚・・・。正直、ちょっと退屈かなあと思ってしまったのですが、すぐに、これが後の展開のための布石であったことが分かりました。陳腐な痴話話が一幕終えて、森の妖精たちが登場すると同時に、映画は突如として魔術的な幻惑を発揮し始めるのです。
光と色の乱舞。小さな妖精たち、それら自身によって仕立てられた、女王のヴェール・・・。コマ撮りの人形が、生物と非生物の中間をいくような、正に妖精的な感覚を体現します。
もうこれは退屈な舞台劇などではありません。幻燈によって映し出される夢幻の世界・・・、映画的な広がりを持った世界です。この第二幕が始まると同時に、観客もまた魔法をかけられ、映画の世界に惹き込まれてしまうのです。
あの宮崎駿監督も、トルンカに魔法をかけられた一人だと分かりました。森の王が夜のとばりを引き連れて空に昇っていく様が、『もののけ姫』に登場する「ダイダラボッチ」そのものだったのです。トルンカの生み出したイメージは、時代を超越し、見る者を魅了し続けているのです。
「魔法を操れるのは、妖精だけではない。眠りに落ちつつ妖精と交わす杯・・・」。人間の夢見る力を賛美して、映画は感動的なフィナーレを迎えます。「まったくシェイクスピア殿の見る夢といったら!」と、トルンカは原作者に対する賛辞を怠りませんが、私はあえて「トルンカの見る夢といったら!」と言い換えたいと思います。なぜなら、私を魅了したのは、あくまでも<イメージ=映像>の力・・・、他でもないトルンカの<夢>だったのですから。
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| 勝手に総評 |
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