マクベス
Macbeth
1971年アメリカ
製作 アンドリュー・ブラウンズバーグ
監督・脚本 ロマン・ポランスキー
脚本 ケネス・タイナン
撮影 ギルバート・テイラー
音楽 ザ・サード・イアー・バンド
原作 ウィリアム・シェイクスピア
出演 ジョン・フィンチ、フランセスカ・アニス、マーティン・ショウ
上映時間 140分


ストーリー
 猛将マクベスとその友パンクォーは勝ち戦からの帰路に四人の魔女に遭遇し驚くべき予言を告げられる。マクベスは王に、そしてパンクォーの息子も王になるというのだ。喜ぶマクベスにパンクォーは釘を刺す。魔女は人心を惑わして不幸に陥れると・・・
 戦功を称えられ新しい領地も賜ったマクベスであったが、あの予言を聞いてしまったがために現在の境遇に満足できない。妻にそそのかされた彼は遂には王ダンカンの暗殺を謀る。そして王の息子を暗殺者に仕立てて自ら王の後釜に座るのであった。

 権力の頂点に立ったマクベスであったが不安の種は尽きない。まず心配なのは共に予言を聞いていたパンクオだ。彼は王の暗殺事件以来マクベスに不信の目を向けている。そして何よりも「パンクオの息子が王位に着く」という予言が気懸かりだ。彼は親友であるパンクオの元にも刺客を差し向けた。

 心配の種を一つずつ排除していくマクベスだったが、疑心暗鬼と不安は日増しに強くなるばかりだ。宴席に現れたパンクオの幻に恐れおののき、一堂の前で失態を演じてしまうマクベス。このままでは頭がおかしくなってしまう! 彼は不安と決別するために再び魔女の元を訪れ予言を仰ぐ。
 「バーナムの森が動き出すまでマクベスは滅びない」、「女から産まれた者にマクベスは殺せない」との予言を受けたマクベスは意気揚々と帰還する。しかし彼の妻は罪の意識に苛まれ自ら命を絶ってしまう。孤独な王位に君臨するマクベス。そんな彼のダンカン王の遺児を中心に結束した反マクベス同盟が迫りつつあった・・・
レビュー
 ポーランド出身の名匠ポランスキー監督が『ローズマリーの赤ちゃん(1968年米)』に次いで手掛けた血みどろシェイクスピア映画。
 恐らく映画史上最も出血量の多いシェイクスピア作品で、ほとんど文学的スプラッターという低落になっていますが、それ故に私は傑作だと思います。暴力と悲惨に満ちた中世という時代を鮮烈に浮かび上がらせていて、その意味では傑作の多い「マクベス」映画化作品の中でも出色の出来栄えです。


 本作は彼が愛妻シャロン・テイトをマンソン一家に惨殺された直後の映画であり、一般にその影響から血生臭い内容になったと言われていますが、実際のところは分かりません。以前から別段血生臭くない映画撮っていたというわけでもないですし。しかし演出する上で、当時の心象が反映されたのは事実かも知れません。後にも先にもこれほど暴力的な映画は作っていませんから。

<「シャロン・テイト事件」>
 他で触れる機会もないでしょうから、ついでながら御存じない方のためにこの場で「シャロン・テイト事件」について簡単に紹介しておきたいと思います。

 あるところにシャロン・テイトという名の若くて美しい女優がおりました。彼女はポーランドからやってきた(ナリはチンケだが)若手の実力派映画監督ロマン・ポランスキーと恋に落ち結婚しました。
 彼の監督作『吸血鬼(1967年英/仏)』というホラー・コメディーで夫婦共演も果たしました。吸血鬼となったシャロンに咬まれるポランスキー監督は幸せそうでした。
 彼は妻のためにトーマス・ハーディ原作の『ダーバビル家のテス』を脚本化して彼女を国際的に売り出す準備をしておりました。そんな折に彼の元にハリウッドから仕事が舞い込みます。新機軸のホラー映画『ローズマリーの赤ちゃん』の監督をどうかと言うのです。『テス』を作るにしてもどうせならビッグになってからがいいと、夫妻は快諾してニューヨークへ向かいました。
 かくして『ローズマリーの赤ちゃん』は好評の上大ヒット、シャロンは赤ちゃんを妊娠し、二人の未来は輝いているように見えました。しかしそんな時、事件は起きました。
 ある夜、ベルエアーの高級住宅街にあるポランスキー宅にヒッピーの教祖チャールズ・マンソン率いるカルト集団がなだれ込んできました。その時、妊娠九ヶ月のシャロンは一人で留守番をしていました。
 「赤ちゃんが欲しいの、お願いだから殺さないで!」と泣きながら懇願した彼女に対し、マンソン配下のスーザン・アトキンスは「見たかメスブタ! お前に慈悲などない!」と言い放ち、彼女の腹部にナイフを十一回突き刺しました。シャロン・テイト、享年26歳。
 彼らは壁に「PIG」と書き残すと去っていきましたとさ、おしまい。

 以上が「シャロン・テイト事件」の略説です。この衝撃的な事件は当時様々な憶測を呼びました。
<事件の真相>
 『ローズマリーの赤ちゃん』がオカルトネタだった事から、音楽やセックスやドラッグの他にオカルティシズムにも傾倒を見せるヒッピー連中の怒りを買ったのだとか。確かにその壮絶な殺され方はオカルトチックな想像を誘いますし、彼女の死んだ赤ちゃんがあの映画の内容と奇妙な符合を見せていました。
 酷いものになると、実はシャロンの赤ちゃんはポランスキー監督の子供ではなく、彼が裏で糸を引いて妻を殺したのだとか、根拠もない事も色々と言われました。傷心の中、好奇の目に晒されたポランスキー監督の心痛は相当なものであった事でしょう。

 また今日でも多いマンソン信者たちは、「社会の腐敗の象徴」である映画スターを“マンソン世直し部隊”が成敗したのだと主張していますが、真相はと言えば、自曲を発売してくれない音楽プロデューサー、テリー・メルチャーを痛い目に遭わせてやろうと乗り込んで行ったら既に引越し済みで今はポランスキー宅。盛り上がってる信者が成り行きで殺しちゃったので、黒人グループに罪を擦り付けようと偽装をして逃げ出したという情けないものだったようです。(「PIG」というのは黒人が白人を蔑視した言い方ですね。)

 その後マンソン・ファミリーは逮捕され、主犯格チャールズ・マンソンは死刑を宣告されるが、十一ヶ月後カリフォルニア州では死刑制度が廃止され、現在に至るまで彼は獄中より信者を教化し続けている・・・
 獄中にて作られたマンソンの曲がヨーロッパを中心にヒットした事は、彼が「シャロン・テイト事件」に至った経緯から考えて皮肉と言う他ないですね。

<暴力と流血の映画>
 本作、『マクベス』は冒頭の場面から禍々しい血の色で塗り尽くされています。歩いてきた兵士が倒れている敵兵をフレイル(鎖の先に鉄球を付けた鈍器)で打ちのめすと鮮血が吹き出し、戦況を報告する兵士は腫れ上がった顔面から流血。絞首に処刑、暗殺と、そのおどおどろしいイメージと必要以上の流血度に圧倒されるはずです。

 この映画はある意味でポランスキー監督によるセルフ・セラピーなのかも知れません。暴力を描く事で暴力を克服し、血を流す事で血を克服しようとしているように思えてなりません。
 話によるとポランスキー監督は、本作の撮影中に「もっと血を! シャロンの流した血はこんなものじゃなかった」と叫んだそうですが、これはちょっと出来すぎな話(^^; 本当なんですかね?

<重厚な殺陣>
 臣下に見放され、たった一人になったマクベスの終盤の立ち回りも見応えがあります。『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』などに見られる「ただ適当に剣を振り回しているとバッタバッタと敵がなぎ倒されていく」というようなものではなく、鎧の重さを感じさせる重厚な殺陣で、中世ヨーロッパの騎士たちは本当にこう戦っていたのだろうと想像させる迫力があります。長剣で打撃を加えて怯ませてから「鎧通し」のような短剣で首の動脈を掻き切るなど、小技をきちんと見せるところがなんともいい味出してます。

 マクベスは魔女の予言によって無敵を宣告されているので、たった一人で敵方を圧倒しますが、これが非常に微妙な感じに描かれているところが巧いです。見方によっては確かに彼が「魔法の守り」で本当に無敵になっているように感じられるのですが、また同時に、気持ち的に無敵になっているマクベスの迫力に兵士たちが圧倒されているだけのようにも見えるのです。
 一度はマクダフを圧倒していたマクベスが彼の言葉を聞いて「憎い舌め、その言葉が私の心を挫けさせた」と吐露する場面がありますが、実はハナから予言された運命などというものはなく、マクベスは魔女の言葉に踊らされていただけなのかも知れません。まあ、結果的に予言通りになりますし、それを運命と呼ぶのかも知れませんが・・・

<マクベスの最期>
 マクダフに首を切り落とされたマクベスの胴体からはピューピューと血が吹き出します。これまたスプラッター映画ばりの描写で、彼の血塗られた人生の最後を飾るのに相応しいです。
 その切り落とされた首から王冠が取り上げられ新王に捧げられます。そこで映画が反マクベス陣営側のハッピーエンドの視点で終わるかと思われた矢先、突如不可解な映像が飛び込んできて観客を混乱させます。
 九十度傾けられたカメラが嘲笑う兵士たちの中を疾走していく。その無音の映像の合間に一瞬間ずつ挿入されるのは目を見開いたマクベスの顔。
 そう、この視点は槍に突き刺されたマクベスの生首のものだったのです。嘲笑の顔の中を疾走したマクベスの生首は空高く掲げられ、そこに歓声が被さります。

 死人の視点から自身を嘲笑う者たちを捉えるなんて前代未聞です。私たちはその不幸のどん底において彼と視点を共有します。これはポランスキー監督がそのフィルモグラフィーを通して一貫して取り続けているスタンスと言えるでしょう。彼の映画は常に裁かれる側の人間、不幸な者の立場であり続けています。
 このシーンには心底ぞっとさせられますが、それは映像がグロテスクなせいではなく、演出が鮮烈であるが故です。

 数あるポランスキーの名作群の中においては影の薄い感のある『マクベス』ですが、私はこの暴力的で魅惑的な映画を紛れもない傑作だと思います。
ソフト
 残念ながら国内ではまだDVD化されていません。レンタルビデオを探すかBS、CSでの放送を待つしかありませんね。現在放送され得るものも以前のビデオと同じマスターで粒子が粗くコントラストのない映像なので、強くニューマスターでの発売を期待する次第です。


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