| 顔のない眼 | |
| Les Yeux sans visage / Eyes Without a Face | 1959年 フランス/イタリア |
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| 若く美しい娘クリスチーヌは、悲惨な事故のために、その顔のほとんどを失ってしまった。高名な医学博士である父親のジェネシュは、そんなクリスチーヌを郊外にある屋敷へ閉じ込める一方で、画期的な皮膚移植手術を成功させ、娘の顔を取り戻すために、助手のルイーズに命じて街で見付けた若い女を誘拐させてきては、顔面の移植を決行する。しかし拒絶反応のために、そのたびにクリスチーヌの顔は剥がれ落ちてしまうのであった・・・ 危機は間近に迫っていた。警察は若い女の謎の失踪事件を捜査し始め、その疑いの目をジェネシュ博士に向けていた。また、軟禁生活と度重なる手術によって疲弊したクリスチーヌの精神も、遂に限界に達しようとしていた・・・ |
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| 『獣の血』(1949年仏)を撮った異能の映画作家にして、シネマテーク・フランセーズの創設者の一人としても知られるジョルジュ・フランジュの初の長編映画。 本作は、事故で顔を失った娘のために医師である父親が若い娘を誘拐してきては顔面移植を試みるという臆面もないゲテモノ映画で、ユーロ・トラッシュの雄ジェス・フランコ監督のヒット作『美女の皮をはぐ男』(1961年スペイン/仏)の元ネタになったことでも知られる猟奇映画の古典です。特殊メイクを駆使して描かれた手術シーンのドギツさは、当時としてはかなりのもの。白黒映画でなかったら正視に堪えないほどです。 でも、そのキャストは、『天井桟敷の人々』の主役の一人であるルメートルを演じたピエール・ブラッスール、『第三の男』のヒロイン役で御馴染みのアリダ・ヴァリと、なかなかの充実ぶり。後に『ハスラー』も担当した撮影監督ユージェン・シェフタンの手になる映像を、『アラビアのロレンス』などで知られる名匠モーリス・ジャールの叙情的な旋律が彩っていて、名作としての風格も充分です。 背筋を寒くさせるような恐ろしい場面がある一方、うっとりさせてくれるような叙情性も湛えている。そんなアンバランスなところが、時代を経ても色褪せない本作の魅力となっているのでしょうね。 ピエール・ブラッスールの役どころは、高名な医学博士である「ジェネシェ博士」。娘のために尽力する父親と言えば聴こえはいいけど、要は怪しげな実験に勤しむ「マッド・サイエンティスト」。ジャンル映画の定番キャラクターですが、感情を表に出さない抑制された演技が陳腐なキャラクターにリアルな存在感を与えています。 アリダ・ヴァリの役どころも、マッド・サイエンティストの手先になって悪事に手を染める助手という、これまたジャンル映画の定番キャラクター。ルキノ・ヴィスコンティ監督の『夏の嵐』などで主役を演じ、名女優としての地位を確固たるものとしていたヴァリも、歳をとるごとに顔が怖くなっていって(失礼)、本作に出演したことが契機となったわけでもないでしょうが、後年は『レディ・イポリタの恋人/夢魔』や『サスペリア』など、ホラー映画への出演が相次ぎ、すっかりホラー映画の常連になってしまった感がありますが、そこはやっぱり大女優。さすがの風格を見せてくれていました。その風格は本作でも充分堪能できますよ。往年の美しさもまだまだ健在でしたし。 でも、この映画の中で一番光っているのは、悲劇のヒロイン「クリスチ−ヌ」を演じるエディット・スコブです。ほとんど全編、顔をすっぽりと覆う仮面を被っているにもかかわらず、繊細な演技で魅了してくれます。その存在感は、詩人コクトーから「妖精の軽やかさ」と評されたほど。表情のない仮面を被ったスコブが広い屋敷や秘密の実験室の中を彷徨い歩き、モルモットにされている犬たちを親しげに抱擁する姿は心を揺さぶります。 彼女の顔を怖がらないのは動物たちだけ・・・。実験のモルモットにされ、檻の中に閉じ込められた動物たちに、彼女は自分の境遇を重ねて見ているのでしょう。 そう、この映画は残酷です。フランジュの功績は、低俗なホラー映画の世界にしっかりとしたドラマを持ち込んで、ありふれたキャラクターに深みを与えたことだと言われていますが、彼がこの映画の中に加味した「人間味」は、観客の感情移入を誘うようなものではありません。それは寧ろ観客を突き放します。 ベットで泣き伏せるクリスチーヌを父親のジェネシェが慰めるシーン。彼は傷心の娘に向かって優しい言葉をかけますが、彼女がその顔を上げると、思わず眉をしかめて、「マスクをつけろと言っただろ!」と言って顔を伏せさせます。 なんという残酷さ! 親子の情とはこんなものなのか! 生々しい映像で描かれる顔面切除のシーンなどより遥かに残酷な描写です。 手術の失敗によって幾度も顔を失っていくクリスチーヌもまた、その人格を破壊されているように見えます。彼女は自分のために犠牲になった娘たちのことよりも、父親が自分をモルモットにしていること、父親が自分を愛していないことを嘆くのです。 フランジュは冷徹な視点で人間を見つめています。この映画では本当に人の生皮が引き剥がされて、その下にある強烈なエゴイズムが曝け出されるのです。 映画の最後に、クリスチーヌは閉じ込められていた動物たちを解き放つと、自らもその後に続いて外の世界へ飛び出していきます。動物たちを伴って、夜の森へと消えていくクリスチーヌ。この幻想的な映像は、観客たちをおとぎ話の世界へといざないますが、同時に深い闇の中に連れ去ります。 私たちは決定的な破局が訪れてしまったことを既に知っているのです。凄惨な死を遂げた父親の亡骸を見ても、クリスチーヌは動揺した素振りひとつ見せませんでした。彼女の中の残されていた人間性は、完全に崩壊してしまったのでしょうか!? ・・・いや、本当は泣いていたのかも知れない。でも、分からない。彼女には顔がないのだから・・・ 恐らく、この映画を見ても、登場人物の誰にも同情できないかも知れません。この映画に描かれているドラマはそのくらい冷たいです。でも、その悲劇性には、誰しもが少なからず感じ入ってしまうことでしょう。なぜなら「顔のない眼」とは、真っ暗な劇場でスクリーンに見入っている、私たち観客のことでもあるのですから・・・ 最後は例に倣い、ジャン・コクトーの映画評論をまとめた「映画について」から引用させていただいて、レビューを閉じたいと思います。 「久しくわれわれは暗い詩に出会わなかった。死の影や、不吉な館や、画面の中の架空の怪物たちの醸しだす催眠に出会わなかった。 すばらしい『獣の血』においてもそうだが、フランジュは跳ぶのをためらわない。彼は潜る。そして神経の耐える限界まで、われわれを容赦なく連れてゆく」
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| DVDはIMAGICA(販売:エスピーオー)より2003年7月に発売されました。特典は、文章による映画解説、キャスト・スタッフのプロフィール、フィルモグラフィー紹介のみで、予告編さえ収録されていませんが、画質は悪くなく、それなりに満足できる商品だと思います。でも、このDVDは2005年12月現在、残念ながら廃盤中なんですよね。 というわけでオススメしたいのが、2004年10月にアメリカのクライテリオンから発売された「Eyes Without A Face: Criterion Collection」というDVD。高画質の本編はもちろん、特典の「ジェネシュ博士の実験室」(笑)には、フランスのテレビ番組から抜粋されたジョルジュ・フランジュへのインタビュー、脚本を手掛けたピエール・ボワローとトーマス・ナルスジャックが出演するドキュメンタリー、スチルやレアなプロダクション・フォトのギャラリー、そしてオリジナル劇場予告編が収録されています。本編にも特典にも、ON/OFF可の英語字幕が付いていますし、かゆいところに手の届く至れり尽くせりの逸品です。 でも、これだけで驚かないで下さい。このDVDには、フランジュが監督した幻の短編映画、『獣の血』まで収録されているのです! やっぱり凄いぞ、クライテリオン! 国内盤を持っている人も必買です!!! |
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(2005/12/05)
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