| インプリント 〜ぼっけえ、きょうてえ〜 | |
| Masters of Horror: Imprint | 2005年 アメリカ |
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| アメリカ人の作家クリスは、必ず迎えに来ると約束して別れた女郎小桃を探して、浮島にある遊郭を訪れた。そこで彼は、顔の半分が醜く崩れた女郎から、小桃は自殺したと告げられる。そんな話はとても信じられないクリスが問い詰めると、女の口からは、この世の地獄とも言える残酷な世界の有様が語られ始める・・・ | |
| ホラー映画界の大御所や期待の新鋭を起用して話題を集めたTVシリーズ「マスターズ・オブ・ホラー」の一篇。監督は、べつだん「ホラー映画監督」というわけでもない、『DEAD
OR ALIVE 犯罪者』、『ゼブラーマン』の三池崇史。海外では『オーディション』のインパクトが強烈過ぎて、すっかり「ホラー映画監督」として認知されてしまったようですね。本人もこのオファーを意外に感じたそうですが、割とトレンディーなノリの『着信アリ』こそあれど、『オーディション』以降は本格的なホラーを手掛けていなかったので、こういう機会を提供してくれた「マスターズ・オブ・ホラー」には感謝です。・・・でも、このエピソード、常軌を逸した内容にビビってアメリカでは放送自粛。「放送倫理なんか気にせず好きに撮っていいと言われたから好きに撮った」とのことですが、ま、三池崇史の面目躍如と言えるエピソードでしょう。 原作は、日本ホラー小説大賞を受賞した、岩井志麻子の「ぼっけえ、きょうてえ」。タイトルの意味は、岡山の方言で「とっても怖い」。 顔面を針でキリキリキリ! 『オーディション』が受けたからって露骨なセルフパロディー(^^;。話題になってた拷問シーンは確かになかなか凄かったです。でも、放送自粛になったのは別の理由ですね。赤ちゃんを堕ろすシーンがあるの。アメリカではこういうのにウルサイですからね。無理も無いです。赤ちゃんがゴミのように捨てられて、ユラユラと川を流れていく映像を、繰り返し、繰り返し、これでもかと映し出したりしてますから・・・。でも、これって現実に行われていたことなんですよね。形を変えて現在でも・・・。現実とは残酷なものなのです。絵空事の幸せや希望をさも真実であるかのように描こうとする映画より、よほど教育的だと思います。 女郎が語る身の上話・・・、病気の父に優しい母、父が死んで生活に困窮し、人買いに買われ、女郎に身を落とす・・・、時代劇などによくある定番の不幸話です。これだけでも映画として成立しますね。でも、実は、その不幸の物語さえ、取り繕い、美化された、ファンタジーに過ぎなかったということが明かされるのです。現実はもっと残酷で、そして異様だった・・・ 物語が二段構えの構造になっているところが面白いですね。既に暗い気分になっている観客を、更に打ちのめしにかかります。この底意地の悪さ! ここまでやってくれると、もはや痛快です。 アメリカのテレビ向けの作品のため、日本が舞台であるにかかわらず台詞が全て英語になっており、リアリティーという観点からすると難があるのですが、その程度のことではメゲナイ(?)三池監督は、明治が舞台のはずなのに女郎の髪を真っ赤や真っ青に染めるなど、象徴的な画作りを行って、「リアリティーの追求」とはまた別の、“人造の美”とでも言うか、“作られた”映像ならではの面白さを引き出す努力をしています。 まあ、開き直りと言っちゃあ開き直りですが、こういう方向性も、またアリだと思います。一部、安っぽさが際立ってしまっているところもありましたが、全体的にはかなり洗練されていました。まるでデレク・ジャーマンの映画のよう・・・。この物語のプロットからすると、台詞もきちんと日本語にして、リアリティーを重視した方が、コンセプトが明確になったとは思うんですけどね。 しかし、そうした違和感、障害を乗り越えて、観客を夢中にさせるだけのものが、この映画にはあります。写実的な意味で言うところの「映像のリアリティー」からは逸脱しながらも、世界観、物語のリアリティーはしっかりと維持されているのです。映画が最後に至るころには、台詞が英語だなんてことも気にならなくなって、すっかり引き込まれていることでしょう。そして、あのラスト・・・、観客が感情移入しているからこそ、あの展開が生きてきます。 世界観を揺るがされる衝撃・・・、あやかしの世界が現出し、魑魅魍魎が顔を覗かせます。しかし、これは、物語が絵空事のファンタジーの世界へ移行したことを示すわけではありません。寧ろ、これは、それまでに構築されていた現実感を覆さんばかりに強烈な、「リアリティー」の現出だと捉えられます。ここで言うリアリティーとは、人の背負った業・・・、苦しみ、憎しみ、哀しみのことです。その強烈さは、もはやそれが怪物の姿をとって現れることしか許さなかったのです。「マスターズ・オブ・ホラー」の中では浮いていますが、これはこれで、紛れもない「ホラー映画」です。この世と地獄の境が曖昧になります。この世は地獄とつながっている・・・、いや、この世は地獄そのものなのだという、作品のテーマが浮かび上がります。 この映画には、明らかに、制作陣の、三池崇史監督の、度を過ぎた悪趣味も投影されています。残酷さを見せびらかすような素振りもあります。それなりの常識があれば当然予想できることですから、本気で電波に乗せるつもりだったら、こんな風にはしなかったはずです。話題作りや自己宣伝のために、わざわざ「放送自粛」を狙った感さえあります。悪趣味だ・・・、しかし結果として、そうした悪趣味が、映画の完成度を上げているのです。地獄のような世界の残酷さを強調し、作品のテーマを明確にする役目を果たしています。だから、この映画は、悪趣味に撮られるべきだったのだと言えます。地獄を描くには、描く側の人間も、心に地獄を宿していなければならなかったのでしょう。上品な美意識だけで撮り上げられるものではありません。 あまりにも多忙なため、やっつけ仕事も多い三池崇史監督ですが、本作は稀に見る高い完成度を誇っています。「台詞が日本語だったら、もっと・・・」という思いは禁じ得ませんが、制約を逆手に取って見事に生かしている部分も多々あるので、総合的に見れば、プラスマイナスゼロといった印象。主人公をアメリカ人にしたのもアメリカ側の要請を受けてのことだったのでしょうが、物語のテーマを、ニッポンという国、その一地方に限定するのではなく、普遍的なものにすることに成功しています。 キワモノ的部分ばかりが取り沙汰されていますが、これは優れた映画です。ホラー映画ファンはもちろん、そうでない人も、是非見てみて下さいね。暗い気分になること確実ですが・・・
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| DVDは「マスターズ・オブ・ホラー DVD-BOX Vol.1」(角川)に収録されています。高額のBOXなので、他の参加監督にも興味のあるホラー映画ファンじゃなければ、レンタルするのがいいかも知れません。ちなみにBOXの収録作品は以下の通り。 ・『愛しのジェニファー』(ダリオ・アルジェント監督) ・『虫おんな』(ラッキー・マッキー監督) ・『ハンティング』(ラリー・コーエン監督) ・『ムーンフェイス』(ドン・コスカレリ監督) ・『世界の終わり』(ジョン・カーペンター監督) ・『魔女の棲む館』(スチュアート・ゴードン監督) |
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(2007/1/8)
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