| パンドラの箱 | |
| Die Buchse der Pandora / Lulu / Pandora's Box | 1929年 ドイツ |
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| 19世紀末のベルリン。場末の踊り子だったルルは、新聞社の経営者シェーンに見初められ、今では彼の庇護の下に暮らしていた。シェーンはルルを愛していたが、その自由奔放な振る舞いにはほとほと頭を悩ませていた。ルルは昔の“保護者”だというチンピラ男シゴルヒを彼の家に連れ込んだりしていたのだ。 ルルとの交際によって社会的な信用を失うことを恐れたシェーンは、良家の令嬢と婚約し、ルルに別れを迫る。しかし、ルルは持ち前の魔性でシェーンを翻弄すると、強引に婚約を解消させ、逆に自分との結婚を承諾させるのであった・・・ 結婚式の夜、シェーンは衝撃の事実を知る。シェーンの息子アルヴァもまたルルを愛していて、彼女と駆け落ちしようとしていたのだ! シェーンは拳銃を取り出すとルルに自殺するよう迫る! しかし、もみ合いの末に銃弾をその身に受けたのはシェーンの方であった・・・ 法廷で裁きを受けるルル。それを見守るアルヴォとシゴルヒ、そしてルルの仲間たち。判事と陪審員に向かって検事は語る。 「ギリシャの神々はパンドラという女を創り出しました。この女は美しく魅力的で、誘惑の術を用います。軽率なこの女は、絶対開けてはならないと言われていたにもかかわらず、神々から与えられた箱を開けてしまいました。その箱にはこの世のありとあらゆる災いが収められていたのです。」 「この女こそパンドラです! 彼女がシェーン博士に災いをもたらしたのです!」 下される有罪判決。しかし、シゴルヒと仲間たちの手引きによって、ルルは裁判所から脱出するのであった・・・ ・・・逃亡の末にルルたちが辿り着いたのはロンドンのスラム街だった。今やパンを得るにも苦労する貧しい生活。クリスマス・イヴの夜、体を売ることを決意したルルは、街で客引きをする。しかし彼女が客に選んだ男は、あの“切り裂きジャック”だった!! |
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| 戦前のドイツ映画を代表する監督の一人であるG・W・パプストが、当時ドイツでセンセーショナルな話題を博していたヴェーデキント原作の戯曲、「地霊」とその続編「パンドラの箱」を映画化した作品。 主人公、“魔性の女ルル”を演じるのは、パプストが遥々ハリウッドから招聘したルイーズ・ブルックス。彼女はこの一作により伝説的存在となり、時代を超えたセックスシンボルになりました。 いやー、もうブルックスの魅力にメロメロですね。黒いヘルメットのようだと評されたあの有名なショートボブ、細くてしなやかな肢体、コロコロと変わる表情、パッと見開かれた大きな眼! 彼女っていわゆるグラマー女優ではないんですよね。胸も小さいし・・・(^^; でも、そのオーラはこの上もなく扇情的。男たちが彼女のために破滅していくのも納得です。男性だけでなく女性も魅了されてしまうことでしょう。 一大オーディションや草の根レベルのスカウトまで実施してルル役の女優を探していたというパプストは、ハワード・ホークス監督の『港々に女あり』に出演していたブルックスを見て、「ルルを見つけた!」と即断して電報を打ったそうです。ドイツでは、ドイツ人のルル役をアメリカ人が演じることに対して少なからず批判もあったようですが(*候補にはマレーネ・ディートリヒの名前も挙がっていた)、パプスト監督の判断が正しかったことは完成した映画によって証明されました。 これは演技を超えています。リアリストのパプスト監督は俳優にもリアルな演技を要求したため、サイレント映画によくあるような大袈裟な演技をする者はほとんどいませんが、中でもブルックスは特出しています。この自然さ、この存在感は一体なんなのでしょう? もうこれはリアルだとかリアルじゃないとかいう尺度で測れるものではありません。正にオーラとしか呼びようのない何かがフィルムに定着されています。 この『パンドラの箱』は、ヴァンプ映画の古典として知られています。『氷の微笑』のS・ストーンがレズビアンの女性と踊るシーンも、恐らくこの映画のワン・シーンにインスパイアされたものでしょう。しかし、この映画は、後続の作品とは決定的に違う雰囲気を持っています。それはやはりルイーズ・ブルックスという存在の特異性によってもたらされたものなのだと思います。 「魔性の女」は近年でも多くの映画に登場します。『白いドレスの女』のキャスリン・ターナー、上記した『氷の微笑』のシャロン・ストーンなどはその代表格です。しかし、彼女たちのようなヴァンプ(悪女)は、女優の演技の良し悪しとは関係なしに、非常に作為的に見えます。それもそのはず、彼女たちは男を操るために、自らヴァンプであろうと努めているキャラクターなのです。言わば「意識的なヴァンプ」です。それに対し、「ヴェーデキントのルル」は、「無意識のヴァンプ」なのです。彼女には男を操ろうなどという意図はありません。彼女はただ無邪気に、欲望のままに振舞っているだけなのに、男たちを(時には女も)惑わし、その運命を狂わせてしまうのです。 パプスト監督がルル役の女優に求めたこと。それは、演技が上手いとか、美人であるとかいうこと以上に、「ルルその人である」ということでした。それなりに美人の女優なら、誰でも「意識的なヴァンプ」を演じることはできます。しかし、「無意識のヴァンプ」となれば話は別です。ルルは悪女にして聖女です。この悪徳と聖性を体現する人間を探し出すことが、パプスト監督にとっての至上命題でした。ほとんど不可能とも思える課題。しかし、映画史においても奇跡は極稀に起こるのです。 パプストはブルックスに向かって言ったそうです。「君は生まれながらの娼婦だ」と。するとブルックスは「たぶんあなたの言うことは正しいけど、私は一度として何も手にしたことのない哀れな娼婦よ」と答えたそうです。まさに伝説にこそ相応しい。ルイーズ・ブルックスはイコンとなり、そして伝説となりました。 ちなみにショーペンハウエルを愛読するこの知的な女性のお気に入りの言葉は、「地獄へ通じる道を教えていただけないかしら?」というものだったそうです。なんと退廃的な! なんとミステリアスな! ヴァンプであることに無自覚であるが故に、ルルは自らの運命さえも奈落の底に転落させてしまいます。この点も後続のヴァンプ映画と異なる点です。どん底においても、健気で純粋なルル。ここまで来ると、彼女はヴァンプでなかったようにさえ思えてしまいます。この転落は、ほとんど「ダーバビル家のテス」のよう。いや、しかし、「美徳の不幸」とは言えない。やはり「悪徳の不幸」なのか!? ・・・いや、完全に善悪の彼岸にあるのでしょう。 ラストで彼女は「切り裂きジャック」と邂逅します。なぜ「切り裂きジャック」!? なぜこの運命!? ヴェーデキントの原作は、当時流行していた心理学的、精神分析学的記号をふんだんにちりばめたものだったそうです。これもその類のものなのでしょう。しかし、映像化されたイメージは、記号を超え、完全に別の地平に到達しています。解釈の必要はありません。偶然が運命の必然に変わるのです。ルルは出会うべくして切り裂きジャックに出会います。 この結末を語る言葉として、これ以上に相応しいものはないでしょう。ブルックス自身の言葉を引用させてもらいます。「クリスマス・イヴの夜、彼女は子供の頃から夢見てきたプレゼントを受け取ろうとしているのです。そのプレゼントとは、性倒錯者の手にかかって死ぬこと」。 なんと身も蓋もない言い様でしょう! でも、これがこの映画の真実なのかも知れない。この官能、この倒錯、この心の闇・・・。この言葉はブルックスの実体験から呼び起こされたもののように思えてなりません。彼女は9歳の時に近所に住んでいた男にレイプされたそうなのです。彼女はこの事件のトラウマに生涯苦しめられたそうです。ああ暗い! 暗過ぎる!! 救いはブルックスの笑顔だけ・・・。でも、そのほほえみは、彼女の命を狙う殺人鬼に対しても向けられている・・・ 霧の中に浮かぶ賭博船、殺人鬼の徘徊するロンドンのスラム・・・。リアリズムに裏付けられた映像は、時として究極の幻想へと転じます。ジャンルを跨いで行き来する物語も観客を幻惑します。愛すべきピカレスク、禍々しきロマネスク、そして美しきグロテスク・・・ この映画は本当に取り留めのない映画です。捉えどころのない映画です。解釈することを強いるような象徴性が配してある一方、解釈されることを拒むかのように観客を突き放してもいます。テーマは漠として曖昧。アンモラルにしてインモラルで、道徳的な解釈を加えることも困難です。それ故に、良識的な映画ファンからは、名作は名作でも、少々低く見られがちです。しかし、この映画の魅力は、他でもないその“捉えどころのなさ”にこそあるのだと思います。あくまでもリアリストとして仕事に臨んでいたパプスト監督は、原作が持っていた曖昧さ、その混乱した部分をも忠実にフィルムに焼き付けたのでしょう。まるで、この映画自体が一つの「パンドラの箱」であるかのように・・・ この世のありとあらゆる災いが封じ込められていたという「パンドラの箱」。その中の様子を描写するのに、「混乱」、「混沌」という言葉ほど相応しいものはないでしょう。開かれた箱の内は外の世界とつながり、“新たな世界”を形作ります。そう、私たちが生きているこの世界は、既に「パンドラの箱」へと成り果てていたのです。皮肉にもブルックス自身の体験が証明しているように、「ルル」とは「ルイーズ・ブルックス」のことであり、この映画の中に描かれた悪徳と不幸は、現実のものなのだと気付かされます。 言い伝えによれば、「パンドラの箱」の底には、ひと握りの「希望」だけが残されていたそうです。観客は、この映画の中に、一体どんな希望を見い出すでしょうか?
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| (2006/4/4) |
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