父ありき
1942年日本
94分


監督: 小津安二郎
脚本: 池田忠雄
柳井隆雄
小津安二郎
撮影: 厚田雄治
美術監督: 浜田辰雄
衣裳: 斎藤耐三
編集: 浜村義康
音楽: 彩木暁一
演奏: 松竹交響楽団
音響効果: 斎藤六三郎
 
出演: 笠智衆
佐野周二
津田晴彦
佐分利信
坂本武
水戸光子
大塚正義
日守新一
西村青児


ストーリー
 中学教諭の堀川周平(笠智衆は、妻の亡き後、男手一つで息子の良平を育ててきた。つましいながらも幸せな生活を送っていたが、突如、トラブルに見舞われる。修学旅行の引率で箱根の芦ノ湖を訪れていた時、ボートが転覆して生徒の命が失われてしまったのだ。

 責任を取って辞職した周平は、生まれ故郷の信州に退く。豊かな自然の中での新しい生活。幼い良平とって、父親と連れ立って釣りに出掛ける事が一番の楽しみになった。
 しかし、親子一緒の楽しい日々はそう長くは続かない。良平を上の学校に行かせるためには安定した収入が不可欠だ。周平は息子を中学の寄宿舎に預けると、商社マンになるために上京した。


 父親の支えの中、学業に励んだ良平
(佐野周二)は、大学を卒業した後、父と同じ教師の道を歩み、仙台の学校へ着任していた。
 ずっと離れ離れだった父の事を想い、共に暮らすために職を辞して東京に帰ろうとも考えたが、父から「自分は続ける事は出来なかったが、教師を天職だと思って頑張ってほしい」と諫められて思い直す。温泉で束の間の邂逅を果たした親子は、いつかのように川で釣りに興じた。

 時代に戦争の影が差していた。徴兵検査を無事通った坊主頭の息子の姿を見て、周平は妻の仏前に手を合わせる。
 良平は立派に成長し、縁談話もまとまった。もはや思い残す事もない。引退して、これからは親子一緒の平穏な暮らしが送れると思っていたのだが・・・
レビュー
 小津安二郎監督の最高傑作とも目される日本映画史上屈指の名作。戦時下の日本が生んだ奇跡の一本です。

<笠智衆
 老け役で有名な笠さんが、黒々としたヒゲを蓄えて登場するので、当初は違和感を禁じえませんが、なるほど、これは後半での「老い」を強調するためだったんですね。数十年の歳月を体現する笠さんの肉体が、物語に一貫した実在感を与えています。言うなれば、この映画のタイトルは『笠ありき』でもいいのでは?(笑) 初主演にしてこのような大役を仰せつかったとなれば、役者冥利に尽きなかった事でしょう。笠さんが小津監督に対して、生涯の忠誠を尽くしたのも分かります。

<河>
 父と息子が時を隔てて川辺で釣りをするシーンがありますが、まさしくこの映画こそ、真の意味での「大河ドラマ」。小さな支流には違いありませんが、これほどまでに「流れ」を感じさせる映画はありません。時間を隔てて、二度に渡って映し出される小川の映像は、観客に対して、この「流れ」が常に映画の根底に存在していた事を意識させます。これはもちろん、距離を隔てても変わらずに通い続けていた、親子間の愛情の暗喩でもあるのです。
 再会した父子が一緒に温泉に浸かっている場面もいいですが、むしろ、お互いがバラバラに過ごしている時の、何気ない日常の中に垣間見える信頼感の方に感じ入ってしまいますね。


 「流れ」を感じさせるために、長い映画を見たかのように錯覚させられてしまうのですが、実際は二時間にも満たない上映時間。なんと濃密な映画体験でしょう。情感溢れる豊かな映像に耽溺する至福の94分です。

 *以下、ヒマな方だけ御読み下さい。

<「静かな反戦」>

 ラスト、若い二人の門出は希望に満ちているわけではありません。観客たちは佐野周二の坊主頭から目を逸らす事は出来ないのです。二人を乗せた夜行列車は、暗い時代へ向かって突き進んでいきます。

 この幸せな時間、美しい映画の最後の場面が、戦争の記号に侵犯されていた事は偶然ではないでしょう。教師になっている佐野が、兄弟を戦争で失った生徒の母親に同情を寄せる場面もありましたが、この映画は戦争というもの中にある「負」の部分を浮かび上がらせます。父親の死は、一つの時代の終焉を象徴しているのです。

 戦時中の製作である本作の事を「反戦映画」とは呼べないでしょう。しかし、この映画に備わっている普遍的な良識は、今を生きる私たちの心にも訴えかけてくるはずです。

<空虚な妄想>
 本作の中で描かれた親子関係の事を、生涯家族を持つ事がなかった小津監督の空虚な妄想だと言って断じるのは簡単です。親バカだ、ファザコンだと言って腐らす人もいます。しかし、重要なのは情愛の深さよりも被写界深度の方です。映像の力こそが、映画の真実なのです。
 小津監督は一つのイコンを作り出そうとしています。理想像ではなく、聖像です。そういった意味では、彼はリアリストですらありません。ヴェンダースの言葉が思い起こされます。

「二十世紀に“聖なる場所”があるとすれば、それは小津の映画に他ならない」

 これほどまでに感動的な賛辞を、私は耳にした事がありません・・・。ヴェンダースにとって小津の映画は、映画というよりも、むしろ宗教なのかも知れません。
 しかし、小津監督は倫理や規範を示す事だけに終始しているわけではありません。そこにはもっと東洋的な宗教観が、アニミズム的な視点があります。全ての事物に神が宿るのです。愛情は画面の隅々にまで注がれています。それ故に小津の映画は紛れもない“聖地”と為り得るのでしょう。
1 5 10
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ソフト
 本作のDVDは松竹より、『小津安二郎 DVD-BOX 第三集』に収録される形で発売されました。
 レストアされた映像は以前のものに比べて格段に画質が向上していますが、本気出してフレーム単位で修復すれば、もっといくらでも綺麗になったように思われるので残念です。でも、音質は思ったより良好で、視聴に字幕を必要とするような事はなかったので総合的には好印象でした。まあ、雑音は入りますけど古い映画ですからね。

 ちなみにこのボックスには他に
・『出来ごころ デジタルリマスター修復版』
・『母を恋はずや デジタルリマスター修復版』
・『浮草物語 デジタルリマスター修復版』
・『東京の宿【音響版】 デジタルリマスター修復版』
・『一人息子 デジタルリマスター修復版』
・『淑女は何を忘れたか デジタルリマスター修復版』
・『戸田家の兄妹 デジタルリマスター修復版』
・『長屋紳士録 デジタルリマスター修復版』
・『風の中の牝鶏 デジタルリマスター修復版』
・特典ディスク「まほろば」

が収録されております。2004年6月現在、まだどれも単品での発売はされていません。予定があるのかどうかさえ定かではないので、ファンなら思い切って買っちゃいましょ(←かなり思い切る必要がありますが・・・)


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