バルタザールどこへ行く
Au hasard Balthazar 1966年 フランス/スウェーデン
スタッフ/キャスト
製作: アナトール・ドーマン
マグ・ボダール
監督: ロベール・ブレッソン
脚本: ロベール・ブレッソン
撮影: ギスラン・クロケ
音楽: ジャン・ウィエネル
 
出演: アンヌ・ヴィアゼムスキー
フィリップ・アスラン
ナタリー・ショワイヤー
ヴァルテル・グレーン
ピエール・クロソウスキー

96分
ストーリー
 一匹のかわいいロバの子が、子供たちのいる農場にもらわれてきました。彼はバルタザールと名付けられ、子供たちから可愛がられます。優しい女の子マリーと仲良しになるバルタザール。でも、マリーはお父さんの都合で農場に行けなくなり、バルタザールと会えなくなります。愛の誓いをするほど仲良しだった男の子ジャックとも離れ離れになってしまうマリー。
 数年後、人手に渡り、重労働を課せられていたバルタザールは、美しく成長したマリーと再会します。マリーに引き取られ、昔のように可愛がられるバルタザール。でも、幸せな日々は長くは続きません。マリーに思いを寄せるジェラールというチンピラが、強引にマリーを我が物にしたのです。すっかりジェラールに付き従うようになったマリーは家に寄り付かなくなり、バルタザールにも構わなくなります。人手から人手へと渡っていくバルタザール。彼は理不尽な暴力に晒され、不幸な運命を辿ります。それはマリーも同じでした。ジェラールに捨てられて農場に戻って来たマリーは、ジャックと、そしてバルタザールと再会するのですが・・・
レビュー
 なんと悲しい映画でしょう。バルタザールという名の一匹のロバは、不幸な運命に翻弄されていきます。そしてまた、人間の世界で起こる様々な悲劇を目撃していきます。
 映画はまるで、お伽話のような幸せな光景で幕を開けます。牧歌的な風景の中で子供たちと遊ぶバルタザール。彼は心優しい女の子マリーから愛されます。しかし運命が二人を引き裂き、バルタザールは人手へと渡ってしまうのです。
 何年も経って、無慈悲な飼い主のもとから逃げ出したバルタザールが荒れ果てた農場にやって来る場面は涙を誘います。そこは彼が幼き日に、マリーと過ごした場所なのです。誰もいない飼育小屋で悲し気な鳴き声を上げるバルタザール・・・、するとそこに、あのマリーが現れるのです!
 成長したマリーが再び農場にやって来ただけなのですが、まるで時空を超越したかのように感じられます。神秘的なオーバーラップが紡ぎ出す奇跡のような瞬間・・・。しかし幸せは長くは続きません。マリーから愛されるバルタザールに嫉妬して、マリーに思いを寄せるジェラールというチンピラがバルタザールを虐待するのです。
 その後もバルタザールは理不尽な暴力に晒され続けます。病気になって殺されそうになっていたバルタザールを拾ったのはアルノルドという男。彼は粗暴だが純朴な男で、どこかバルタザールにシンパシーを抱いている節もあるのですが、酒を飲むと豹変し、理由も無くバルタザールを痛めつけます。

 この映画には受難劇としての側面があります。悲運の主人公バルタザール。・・・いや、彼は本当に主人公なのか? 最初の内は、物語はバルタザールを中心に進んでいるように見えます。しかし、彼は次第に物語の外周部へと追いやられ、だんだん登場人物たちから顧みられなくなっていくのです。
 マリーがジェラールに襲われる場面は印象的です。マリーはバルタザールの周りをぐるぐる回って逃げ惑いますが、バルタザールはただ立ち尽くすのみ・・・。その瞳のうつろさは、彼が状況を理解すること、事態に関与することさえ出来ていないことを物語っているかのようです。
 ジェラールに付き従うようになったマリーが、どんちゃん騒ぎが催されているバーの外で、今はアルノルドの持ち物になっているバルタザールと再会する場面も印象的です。この再会は偶然です。マリーは、あんなに好きだったはずのバルタザールに一瞥もくれません。家に帰るよう諭しに来た母親を振りほどいてジェラールのところへ戻るマリー。しかしジェラールは、そんなマリーに構わずに別の女性と踊り続けます。この場面でもバルタザールは、ただ立ち尽くすのみです。
 ロバは、西洋ではバカを表す動物とされています。見てるとそれも分かります。一度立ち止まるとポケーっと立ち尽くし、鞭打たれるまで動こうとしない愚鈍な生き物。感情を表さず、何を考えてるのか分からないその瞳・・・
 ある面で、バルタザールは、主体的に動くキャラクターとしてではなく、周囲にいる人間の心を写す鏡であるかのように見えます。無垢であるが故によく映る鏡です。彼が暴力に晒されるのはそのせいかも知れません。ジェラールは、バーでのどんちゃん騒ぎの時に、執拗に鏡を壊します。鏡を壊すという行為は、現実への不満、自己への嫌悪を示すものでしょう。マリーに対してもジェラールに対しても、バルタザールは自己嫌悪を引き起こしているように見えます。
 またある面では、バルタザールの視点は観客のそれと同化しています。為すすべなく悲劇を見つめる傍観者の視点です。底知れぬ無力感・・・、私たちは、うつろな目をした愚鈍なロバなのかも知れない・・・

 おっとっと、文章が、思考が錯綜としてきてしまいましたね(^^; この映画について語ろうとすると、どうしてもこうなってしまいます。しかし、それは、この映画が“曖昧な映画”だからではありません。シナリオも映像も明晰で、その意図は明確です。しかし、それでも尚、漠とした印象を与えるというのは、映画のテーマと言われるようなもの、メッセージと言われるようなものが、それぞれのシーンにおいて異なっていて、時には矛盾しているようにさえ感じられるためです。
 恐らくこれは、人生の有様を表しているのです。人生に不変のものはありません。人の心も変わっていきます。あのマリーの変わり様・・・。人生は行き当たりばったり・・・、この映画の原題は、「行き当たりばったりのバルタザール」という意味なのだそうです。でも、本当に行き当たりばったりに話を進めるわけにもいかないので、一つ、この物語を読み解く上でキーとなるであろう核心的な台詞を挙げておきます。ジェラールに捨てられて農場に戻って来たマリーが、バルタザールと、そして幼き日に愛を誓い合ったジャックと再会する場面で語られる台詞です。ジャックの求婚を受けてマリーは言います。

あなたは私たちとバルタザールの思い出を見ている
 でも、現実は・・・、現実は違うの・・・
 私たちの愛の誓いは、想像の世界の出来事・・・


 悲しい・・・、悲し過ぎる台詞です。バルタザールという存在が何を象徴していたのか分かります。バルタザールは、マリーの無垢な心そのものです。失われてしまった思い出、失われてしまった純粋さです。・・・しかし、それは本当に「失われてしまった」のか?
 私にはそうは思えません。なぜならバルタザールが生きているのですから。人生の悲劇的な瞬間、バルタザールはいつもマリーの傍らにあって、じっと彼女を見詰めています。ある意味で、彼はマリーの良心なのかも知れない。いや、寧ろ「希望」と言うべきか・・・
 マリーは堕落してしまって、絶望の中にいますが、最後は希望にすがろうとします。過去を捨てて、ジャックと共に新たな人生を歩もうとするのです。しかし彼女は裏切られます。ジェラールに辱められたマリーは泣き崩れますが、彼女を襲った真の絶望は、ジャックに見捨てられ、最後の希望を失ったことだったのでしょう。
 マリーが失踪した後、バルタザールに非業の死が訪れます。今度という今度は、マリーは・・・マリーの純粋さは、本当に死んでしまったのかも知れません。悲しい・・・、悲し過ぎます。本当に悲しいのは、人の死ではなく、人の心の死なのだと、この映画は教えてくれます。

 私は「核心的な台詞」を挙げると言いました。でも、本当に核心的なのは「映像」です。映像が持つ力です。この映画、この物語がこんなにも悲劇的に感じられるのは、冒頭に映し出される“幸せな日々”の映像が、あれほどまでに美しいからなのです。あれは単なる映像ではなく、観客の心にも深く刻まれる思い出です。オーバーラップで綴られるバルタザールとマリーの再会の場面も、奇跡的なまでに感動的です。マリーを演じるアンヌ・ヴィアゼムスキーも奇跡的なまでに美しい・・・。この映画は奇跡的なまでに美しいです。そしてこの映画には暗黒もある。人の心の暗黒が、死を湛えた暗黒が、しかとフィルムに焼き付けられている!
 一時間半の宇宙・・・。その広さと深さにおいて、この映画は宇宙的です。この宇宙の中で、私たちは星たちの瞬きに胸を打たれ、漆黒の闇に窒息します。
映画の印象
/
降水確率10%
勝手に総評
1 5 10
私が愛している度
私が評価している度
一般人気度
マニア人気度
オススメ度
ソフト
 DVDは2000年にIMAGICAより発売されました。特典は無しですが、本編のクオリティーはそこそこなので、充分満足して頂ける商品だと思います。・・・が、しかし、2006年11月現在、残念ながら廃盤中。ニューマスターでの再発売が待ち望まれるところですが、とりあえずはレンタル店で探してみるのが良いでしょう。

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