お姑さん

 最愛の一人息子を失ったこの女性は
これから何を生き甲斐に暮らして行くんだろう

主人の葬式の記憶はあまりないのだが

遠くをボンヤリ見つめ参列者に挨拶することも忘れ
涙さえ忘れてしまってる姑の横顔を見てそう思ったのだけ覚えてる

「ちいちゃんと産まれてくる子供がいるけん寂しくない」
そう言って気丈に微笑むお姑さんを毎日見てた
この人を幸せにしたいと心から思った
この人を泣かすような全ての事からこの人を守りたいと思った
自分の人生なんてどうでもいいと思った
この人の役に立つ為だったら命なんて惜しくないと真剣に思った
大好きな主人を産んでくれた人
大好きな主人を育ててくれた人
愛しい想いが次から次へと沸いてきた
この人を幸せにしたい・・・・
心の底からそう思った

 どうすれば人を幸せに出来るのか分からなかった
どうすれば愛してるという想いが伝わるのか術を知らなかった
幸せとか愛してるとか本当はその時点で分からなかったのかも知れない
お姑さんを守りたい
産まれてくる子を守りたい
何をしたら喜んでくれるんだろう
何をしたら笑ってくれるんだろう

何をしたら・・・何をしたら・・・

 朝日を受けてお姑さんが洗濯物を干してる
お姑さんのエプロン
私のマタニティドレス
お姑さんの白いシャツ
私の靴下
次から次へとお姑さんは籠から洗濯物を取り出して干していく

 でもその中に主人の洗濯物はもうない
私は縁側にペタリと座り主人の影を探す
「おかあさん・・・」声が出ない
「おかあさん・・・」胸が苦しい

 「お前はこの家の疫病神」
両親にそう言われ続けてきた
私は疫病神としてこの世に生を受けた
私は疫病神として大きくなった
疫病神を産み育てなきゃいけなくなった母はお酒にはまっていった
疫病神を食わす為に働かなきゃいけなくなった父は博打にはまっていった
疫病神が一人家の中にいると何もかもが滅茶苦茶になる

 私がこの家に嫁いで来なかったら
もしかして主人は死なずにすんだかも知れない
私がこの家に嫁いでさえ来なければ
お姑さんは息子を失わずにすんだのかも知れない

 「ちいちゃん、腹帯巻こうか」
お姑さんの声がする
「ちいちゃん、なんね?泣いたりして」
お姑さんが笑う
お姑さんに抱きついた
お姑さんが抱きしめてくれた
「おかあちゃん・・・」小さな声で呼んだ
「なんね?・・・」小さな声で答えてくれた

 離れたくないと思った
離れるものかと思った

 永遠の別れがその後来るとは思わなかった

 「おかあちゃん・・・」「おかあちゃん・・・」何回も何回も呼んだ
ずっと、ずっとこの人の娘でいたい 心からそう思った
その為だったらなんだってする 心からそう思った

 お願い 私を嫌いにならないで・・・・

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「いってきます」
靴をはく
上がりかまちに座って
丁寧に靴ひもを結ぶ
 
「ちいちゃん」
お姑さんが小さな声で呼ぶ
「なあに?」
「なあに?おかあちゃん?」
靴ひもを結びながら
顔だけ振り向きお姑さんを見上げる
 
「何かして欲しい事ないか?」お姑さんが言う
「なんでも言っていいんよ」お姑さんが言う
 
して欲しい事なんて何一つない
ただずっと私の傍にいてくれるだけで
それだけで私は本当にそれだけでよかった
 
「じゃぁ、保育所のお迎え行って欲しいな」
「今日の晩ご飯 この家で一緒に食べさせて欲しいな」
少し考えて私は答えた
 
「ちいちゃん」
お姑さんが私を呼ぶ
「いってきます」
玄関のドアを開け
車にエンジンをかける
窓を開ける
「早く帰ってくるからね」
見送るお姑さんに声をかける
ベビーシートに座った娘の頭を
そっと撫でるお姑さん
いつもの朝だった
いつもの朝だと私だけが思ってた
毎朝近所に住むお姑さんの顔を見てから職場に行く事が
毎朝お姑さんの顔を見ながらコーヒーを飲む事が
私の一日の始まりだった
 
バックミラーに映る姑の姿がだんだん小さくなる
角を曲がったところで姑の姿も映らなくなった
「今日はおばあちゃんがお迎えに来てくれるよ」
隣の席に座る娘に声をかけた
「ダーダー」とお喋りしながらおもちゃを振り回す娘
仕事が終わったら花を買って帰ろう
お姑さんが一番好きなしゃくなげの花を買って帰ろう
 
どうしてあの時気付かなかったんだろう
決していつもの朝ではないことに
どうしてあの時気付く事が出来なかったんだろう
最愛の一人息子をある日突然失った姑が
少しずつ変わっていく事実に
どうして私は気付くことすら出来なかったんだろう
 
あの朝だって
そんなに職場に急ぐ必要なんて本当はなかった
もう一回靴ひもをほどいて
もう一回家に入って
姑の話を聞く時間くらい本当はあったのに
どうして寂しそうな姑を独りぼっちにしたんだろう
 
家族を幸せにしたいから
家族に快適な生活をさせたいから
家族の為に仕事をする
 
表向きはそうだった
 
でも
仕事に全てを
私の全てを
私は仕事にはまり込んでいた
仕事をしてる時だけが
価値のある存在の人間に自分がなれたと思えてた
やればやるだけ成果の出る仕事の魔力に
私は溺れきっていた
家族を養うための手段として仕事を捉える事が出来なかった
仕事を仕事として捉える事が出来なかった
仕事をしてる時だけが生きてていい資格をこの手で掴んだ気がしてた
 
仕事への依存が始まりかけていた
 
どうして気が付かなかったんだろう
一緒にそばにいることが
なにより一番大切だということに
どうして私は気付かなかったんだろう
どうしてあの時何か話したそうな姑の
どうして私は話しすら聞くことが出来なかったんだろう
 
必要とし
必要とされる
それが全てだと
他に何もないんだと
どうして私は気付かずに
依存の対象物をコロコロと変えてははまっていく
そんな生活を繰り返して生きてきたんだろう
 
お姑さん
私ね
断酒会って所に
今、入ってるんだ
ここでもう少し頑張ってみるから
おかあちゃんの所へは
まだまだ行けそうにもないけど
一生懸命頑張るから
おかあちゃん
もう心配しないで・・・
 
あなた
私があの朝
聞くことの出来なかったお母さんの話を
私の代わりに 
あなた 聞いてあげて
 
最後まで
きちんと
聞いてあげて  
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 静止

 門灯のやわらかな色が
今晩は灯っていない

 職場での競争に嫌気がさして
そんな競争に足を突っ込む自分に嫌気がさして
勝つとか負けるとか仕事ってそんなもんじゃないって
もっと、なめらかに職に関わればそれでいいのにって
本当は解ってるはずなのに
どうしても勝ち負けでしか全てを捉える事が出来なかった
私にとって負けるということは
そのまま「死」につながっていた
反面、もろくて気弱な所もあった
自分さえ我慢すれば全てが丸く収まると、損する事ばかりしてた
バランスが取りにくかった
一貫性がない性格だった
そんな自分が大嫌いだった

 いつも点いてる門灯が
玄関の灯りが
部屋の暖かい優しい灯火が
何一つ今晩はない

 靴を脱ぐのさえ忘れた
娘の泣き叫ぶ声が玄関の戸を開ける前から聞こえてた
靴を履いたまま家の中に入った

 月明かり
細い街灯の灯りに
ボンヤリ映し出される
お姑さん
足元で
娘が泣き叫ぶ

 娘を抱き上げて
「ただいま」と
「もう大丈夫だよ」と
隣の部屋に連れていく
私の腕に抱かれて
安心した娘は
寝息を立てる
この子は何時間泣き叫んでいたんだろう
布団に寝かせ寝顔を見つめながら
不思議と心は静かだった

 車に戻って
小さな脚立を取り出した
家に運ぼうとして
もう一度車に戻った
腰袋を取り出した
ベルトを腰に巻いて
脚立をかついで
姑の家に入った

 この家はこんなに静かだったのか
いつも家中灯りがついてて
食事のいい匂いがしてて
娘の笑い声が玄関まで聞こえてて
「ただいま」って言うと
「おかえり」って
「ちいちゃん、おかえり」って
娘を抱いたお姑さんが笑って出迎えてくれる

 私と娘がいない時
この家はこんなに静かだったんだ

 姑の部屋に入り
主人の遺影に手を合わせる
脚立に登る
腰袋から一番大きな刃物を取り出す
腰に巻いた工具の袋がガチャガチャと音を立てる
震えてるのか、今 私は
時間がかかる
早くお姑さんを
床に降ろしてあげなくちゃ・・・
器用に手が動かない
少しでも早くお姑さんを
床に降ろしてあげなくちゃ・・・

 ドサっと大きな音を立てて
お姑さんが床に横たわる
首に食い込む綱をはずしてみた所で
もうお姑さんは動かない

 「どうして、こんな事になった?」
「どうして、すぐに通報しなかった?」
「どうして、二日間も遺体のそばにいた?」
警察で繰り返される尋問
二日間も私はお姑さんの側で何をしてたんだろう
「黙ってちゃ解らないだろう?」
私の目をのぞき込む知らない男の人
解らないのは私の方だ
「どうして?」と聞きたいのは
あんたなんかじゃない この私だ
もう嫌だ
もう本当に嫌だ
もう何もかもが嫌だ

 叫び声が耳の奥で張り裂ける
腕を押さえ込まれる
体を押さえ込まれる
この叫び声は私のものなのか
叫ぶ声は止まらない
何人の人に私は押さえ込まれてるのか
椅子から転げ落ちる
暗く小さな部屋
叫び声が響き渡る

 パパがいて
私がいて
赤ちゃんがいて
お母ちゃんがいてて
お父ちゃんがいてて
暖かいご飯がいつもあって
電気は明るくいつも点いてて
みんな仲良しで
みんな笑ってて
みんな幸せで
私、大きくなったら
そんな おうち作るんだ
日本一優しいママになるんだ

 叶えてあげられない
小さな子供の頃の
小さな私の願い

 もう嫌だ
もう本当に嫌だ
もう全部全部嫌だ

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ママ探検に行こう
ママ宝物を見つけに行こう
ママお弁当作ってね
ママ一緒に探検に行こう
 
私の目をのぞき込み真剣な顔で娘が言う
ワクワクしてる表情だった
未来を信じてる瞳だった
探検に出かければそこには必ず宝があると
探せば必ず幸せは見つけられると
信じて疑わない娘の瞳だった
 
ねえ、貴女にとって宝物って何なの・・・?
ねえ、貴女にとって幸せって何なの・・・?
娘の目をのぞき込み問いかけたい思いで一杯だった
 
おにぎりを作って卵とハンバーグを焼いて
可愛いお弁当が出来た
小さなリュックにお出かけセットを詰めた
早く早く、とせかす娘
小さな靴を左右逆に履く娘
可愛い・・・その思いしかなかった
二人でベビーカーを押した
 
探検に行こう
宝物を見つけに行こう
幸せを探しに行こう
二人で歩こう
 
小さなスコップを持って
小さな山に登った
 
鳥の声
木や草の匂い
線として差す太陽の光
土を踏む音
静かな山
カタカタと小石を踏むベビーカー
少し前を歩く娘
小さな後ろ姿
小さな歌声
振り向く笑顔
私の大事な一人娘
 
このまま時が止まればいいと思った
 
現実から離れた小さな山の小さな探検
本当に幸せが土の中から宝として掘り出せるかも知れない
 
息子をある日突然亡くした時から少しずつ精神をわずらっていってるお姑さん
酒浸りのお母さんと借金だらけのお父さんの毎日続く殴り合いのケンカ
 
この山をおりたら、探検が終わったら
すぐに現実が始まる
 
でもね、ママね だめなの
貴女の事どうやって愛していいか分からないの
 
「貴女を幸せに出来ないかも知れない」
 
愛してるのに愛し方すら分からない私
幸せも宝物も何なのか本当はちっとも分からない私
 
それでも娘と私の幸せという名の宝物を見つける探検は続く
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