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Compilations&Others  Column


#14 僕のディラン遍歴(2

 前回は僕が初めて買ったディランのレコードについて書いたが、これにはいろいろないきさつがあった。そのいきさつを語るのに少し遠回りな話が続くことになる。

 僕はディランを聞き始めるまで、ずいぶんいろいろなアイドルを通過してきたが、僕にボブ・ディランへの道筋をつけてくれたのは吉田拓郎であった。
 余談だが、僕が初めて音楽に目覚めたのは、皆川おさむの歌った「黒猫のタンゴ」を聞いたときだったのではないかと記憶している。今でもこのシングル・レコードが家にある。その後、沖縄出身の兄弟グループであるフィンガーファイブなどを経て、なぜか中村雅俊のファンになった。ちょうど中村雅俊と松田優作が主演のTVドラマ「俺たちの勲章」のテーマ音楽を作曲していたのが吉田拓郎であった。そして拓郎を聞くうちに、拓郎が影響を受けたというボブ・ディランに興味を持ったのだと思う。

 中学校に入ると英語を習いだすが、僕はそれまで英語の歌、いわゆる洋楽にはまったくなじみがなかった。せいぜい音楽の時間に習ったビートルズのイエスタデイを知っているくらいで、当時はもっぱら拓郎をはじめとする日本のフォーク・ソングを聞いていた。もっとも、1975年頃はフォークというよりニューミュージックと呼ばれる音楽になっていたが・・・。

 拓郎を通じてボブ・ディランという人の名前だけは知っていたが、中学生の僕にとってはLPレコードを買うのは結構大変なことで、ディランよりは拓郎が優先されていた。したがって、吉田拓郎に影響を与えたボブ・ディランがいったいどんな声で、どんな歌を歌っているのかはほとんど知る由もなかった。
 そんな状況の中で、僕がボブ・ディランの歌を初めて聞くきっかけを作ったのはTVだった。

 はっきりした記憶はないが、1976年の終わりか1977年の初めだと思うが、例のローリング・サンダー・レヴューを収録したTVスペシャル「激しい雨」が放映されたのだった。僕は東京に住んでいたので、当時は東京12チャンネルが放送した。
 このTV番組こそ、僕にとって衝撃的なディランとの出会いであった。

(続く)


【執筆:2004年2月1日】