page of Military & Aerobatic Aircrafts (08/12/28)
Favorite Fighter, F-15 Eagle -SFを超えたフォルム-
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上段2コマと下段左は新田原航空祭の南駐車場で撮影。飛行機に思いっきり近く、順光で、東西に自由に動ける、という素晴らしい環境だったのだが、2005年を最後に航空祭での南駐車場の設営は廃止されてしまった。下段右は築城航空祭での一コマ、築城のイーグルはセンタータンクを外したクリーンな形態でデモフライトすることが多く、そのためか他の航空団のイーグルよりも、よりアクロバティックな動きをしていたと思う。築城も実質駐車場が廃止されてしまい、マニアにとっては段々行きにくくなる傾向にあるのは世の流れか? (CanonT90+FD300mmF4L、KR、KL) |
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時には店番までするようになっていた行きつけの模型屋さんで、フト目に付いた\100のプラモデル(確かオータキ)のパッケージがを見た時が、F-15とのファーストコンタクト。それまで、軍用機というもののには、ずっと地方都市の街中で暮らしていた自分には目にする機会もなかったし、時々TVで見かける戦闘機=ファントムで、奇妙なだんだら模様(=ベトナム迷彩のこと)と、鼻の垂れたずんぐりしたフォルムがどうしても好きになれず(因みに、迫力はあると思うけど、今でもファントムは好きになれない)、アニメや特撮で活躍する仮想未来の機体の方が、遥かにシャープでカッコよく見えて、現実の機体に興味が沸かなかったのです。
が、そのパッケージに描かれていた、青空をバックに、今まで見たことも無い2枚の垂直尾翼を高々とかざし、だんだら模様とは違う淡いブルーを身にまとった美しい(苦笑)機体にすっかり心を奪われてしまい、わけの分からぬまま次々と同じ模型を買いあさり、インテークの横側に機番をつけて一人閲に入っていたものでした。それがUSAFの最新鋭戦闘機で、後々空自の主力戦闘機になる機体だとはつゆしらず、この機体は一体何なんだろう?と興味を持つようになり、ミリタリー系の航空雑誌も読みあさる様になっていったのでした。
自分の好きなメカ、それは愛用している車やカメラなどを含めて共通点を考えてみると、源流は子供の頃夢中になったいたサンダーバード2号なんじゃないかと思っています。言い方を変えると、曲面の中に直線というかスピードを感じさせるデザイン、とでも言うべきでしょうか。F-15のデザインにも確かにそれがあると思うのですが...。
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こちらは、ラプターを観に沖縄遠征した際、デジタルで撮ったF-15C。天気が悪く原版のカラーのままだと写真的にイマイチだったが、機体のひねりや海面からの弱い照り返しなど捨てがたい所があったので、スキャナー用のレタッチソフトでモノクローム化し更にハーフトーンを上げてみた。 |
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| 上4コマは、1979年の新田原航空祭で初めて新田原基地にやってきた米空軍のF-15C、バックには86ブルーやマルヨンが...。取り損ねたが、丁度飛来した時に滑走路端に居合わせ、見上げた主脚収納部がプラモの色指定どおり真っ白だったのには妙に感動した。 (CanonAE-1+FD300mmF5.6、FD50mmF1.8、KR) | ||
飛行教導隊
飛行教導隊は日本版アグレッサーとしてS56年に築城基地で編成され、S58年に新田原に移動してきた。この種の部隊の使用機は、仮想敵国の主力機と飛行性能が似た機種を採用するのが常であり、当初はMiG-21やMiG-23に飛行性能が近いT-2で編成されていた。しかし、その後のT-2では無理をかけ過ぎたと思われる事故やMiG-29やSu-27などの高性能機の登場もあって、複座型イーグルであるF-15DJを主体とした編成に変更され現在に至っている。航空ファン的見地からは、各機体を識別しやすいように個別の迷彩が施され、そのステータスも含めて人気が高い。特に初めの頃は、ただ色々なシチュエーションに応じた機体を提供するためとりあえず個別の色で塗った、といった感の迷彩だったが、近年は見栄えのする色やパターンが増え、以前よりおしゃれ(?)になったと思うのは自分だけだろーか?
| Age of T-2 | ||
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| Age of DJ | ||
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Gallery 【新田原航空祭2005のオンラインアルバム】
Blue Impulse - ブルーと航空写真、そして何時でも童心に帰る時 -
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(2004年,新田原航空祭 : CanonT90+FD300mmF4L,FD24mmF3.5, KR) |
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航空雑誌を読むようになってから、日本にBlue Impulseなるアクロバットチームがあるのを初めて知った。確か今のF-15選定前の国際航空宇宙ショーが近い、中学2年生ぐらいの頃だったと思う。その頃は自衛隊の航空祭の存在は知っていたが、そんなたいそうなチームが九州の片田舎の航空祭に来てくれるものとはつゆ知らず、F-104とT-2見たさに出かけた新田原基地で、青いストライプに身を包んだ5機のF-86Fが並んでる姿を見た時は正直我が目を疑ったものだ。
ブルーのアクロを初めて見た時は正にインパルス(=衝撃)だった。それまで自分の飛行機に対する興味というものは、例えば「カタチ」だとか「スキーム」だとか、モノとしての造形的な興味が主体だったと思う。だから、飛行機が実際に飛んでいなくても、実物として目の前にあり、それで写真が撮れれば十二分に満足だった。しかし、ブルーのアクロを見た時にその思考は一変した。それは正に飛行機を自在に操ること、飛行の神髄とはどうゆうものかを頭に叩き込まれた瞬間だった。自分の頭上を背後から背面で駆け抜けたF-86Fのコックピットの白い手袋は、今でも頭の中に鮮明に焼き付いている。それは、あの機体は確かに人間が動かしている!という感動だったと思う。
それから自分の撮る写真のスタンスがまず変わった。当時は航空ジャーナルという雑誌があって、特にその雑誌が趣味としての航空写真の啓蒙に熱心だったのでそこから受けた影響も大きかったのだが、とにかく地上の置いてある飛行機を撮ることが殆ど無くなった。撮るのは飛んでいる姿、それもただ飛んでるのではなく、機体がアクロなり離着陸でありなんだかの機動してる姿を撮ることが主体となっていった。
しかし、これが結構難しい。
これは、300mm以上の望遠を付けた一眼レフで、ピントを合わせながら動き回る機体を撮るという技術的な難しさもあるが、機体を大きく撮るには当然余計なもの、すなわち地面やその他余計な構造物をカットする必要がある。そうなると機体の位置関係が分からなくなるので、例えば背面飛行している写真を撮っても、下手をすればひっくり返されて、普通に飛んでいる姿にとられかねないという問題がある。すると(見てもらう側にもそれなりの目は要求されるが)、光の当たる方向や、機体のしなりや、アフタバーナーの炎や排気の航跡、そんな条件を考慮して、写真を撮るようになっていった。
以来、機体はF-86FからT-2、T-4へと変遷を続けたが、今でもブルーのアクロ見たさに航空祭へは足繁く通っている。また最近のデジタル化に伴い、ようやく自分もアクロの撮影についてはオートフォーカス化したが、それまでは当然失敗も多かったので、それが逆に「よし次回こそは!」と渋滞+大混雑の航空祭に足を向かわせていたエネルギー源になったいたようにも思う。今でも、ブルーのエンジン音が高鳴り、機体が動き出せば心が躍る。ファインダーの中から青い機体と白いスモークを見ている時が、おそらく子供のような一番いい顔をしているのは、鏡を見なくても自分でもわかる。きっと、爺さんになっても足繁く通い続けるんだろうな...。
Gallery
Blue Impulse annex : 旧HPで掲載していたT-4ブルーの写真を再デジタル化×再構成したものです。
Blue impulse oldies : セレクトしたT-2と86ブルーの写真を掲載する予定です。(企画中)
F-22 Raptor −温新知古−
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F-22のプロトタイプであるYF-22を初めて見た時「なんだこりゃ?」と思った。F-15を角張らせたような基本構成をしているものの、鼻先は上面が偏平で下部が垂れたモーターボートみたいな形状で、しかも妙に頭でっかち、全体を赤く塗ったら殆ど金魚だね、こりゃ。そんなYF-22だったが、量産型のF-22は機首が改設計されたお陰で、随分見栄えのする姿に脱皮した上、無敵とも言えるその能力の片鱗が少しずつメディアに紹介されるようになっていた。そうこうするうちに、沖縄の嘉手納にそのF-22が3ヶ月の期間限定で配備されるニュースが飛び込んできた。元々"あたらしもん好き"の性格に加え、「最新鋭」&「期間限定」という、まにあにとっては呪文のようなフレーズが並べられると、基地問題で大変な沖縄の方には申し訳ないという後ろめたさはあったものの、どうしても彼の最新鋭機を見てみたいという欲求が抑えられなり、とうとう沖縄までF-22の撮影に遠征してしまった。
初めて見るF-22のイメージは、@やっぱり.頭でっかちだが、フォルムは魚類ではなく、あくまで鳥類の猛禽類系で、実際の鳥に例えるならモズである、A横から見るとかなりのボリュームがあるが、後方から見ると以外と扁平で抵抗低そう、Bペーパークラフトの様に角々したライン、の3点に集約される印象だった。しかし冷静に考えてみると、高機動性、スーパークルーズ、ステレス、と、F-22を特徴付ける3つの特性を具現化すると、上記の@ABにそれぞれ当てはまるわけで、飛行機の形状というのは本当に素直なものだ。そしてF-22は、初めて見た時に「未来の飛行機」の印象が強烈だったF-15でさえ、何故だか古くさく見せてしまう不思議な説得力と迫力を持つ機体でもあったが、機動性を左右する機体構成はF-15以降色々な構成をもつ機体が登場したにも関わらず、F-22では再びF-15形態に戻っており、改めてF-15の設計の優秀さを認識させられたのも一つの再発見だった。
Gallery & Link
【F-22 Raptor @嘉手納 のオンラインアルバムはこちら】
NAVY's teenagers, F-14 & F/A-18 -'96年岐阜-
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かのトップガンで有名になったF-14を知ったのも、F-15同様オータキのプラモデルから。ただ、F-15が空自のFXに採用されたり、米空軍の機体が嘉手納に配備されたりしたのに対して、米海軍所属で海外展開は空母オペレーションが基本のF-14は長いこと実物を見たことがなかった。遂に実機を目にしたのは96年の岐阜航空祭。初めて見るF-14に狂喜したが、F-15と同じくらいの寸法のはずなのに、正面から見るその姿は予想以上に重量感があるのが印象的だった。
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こちらは今やE&F型の登場で、すっかり海軍の主役になってしまったF/A-18。この年の岐阜は自分にとって当たり年で、社会人になってからの航空祭見物は、ブルーの演技が終わればすぐRTBだったが、この年ばかりは学生の頃のように外来機が帰投するまで粘るに粘ったものだ。
F/A-18の前身は、アメリカ空軍LWF計画(軽量戦闘機の可能性の研究)で試作されたノースロップYF-17で、その競作機がGD社のYF-16。YF-17も元々はF-104の代替を目指して自主開発していたP530コブラがぽしゃったことを背景に、LWF計画用にP600としてスケールダウン再設計を行った機体なので、F/A-18は既に2度ほど改設計された機体であると言える。プロトタイプであるYFの段階ではYF-16の方が好きだったが、海軍型にマクダネルダグラスで改設計されたF/A-18は、機首のプロファイルに(自分の好きな)F-15のラインが反映され、量産型ではF/A-18の方がご贔屓になった。
F-16&F-2
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