プロファイル サイトマップ 更新記録 リンク集 探検・行政 探検・議会 ブログ メルマガ
トップ>散歩>子ども 2007/12/31〜2006/1/5
|
1.スペイン旅行記 〜平成 15年〜 |
|
1.スペイン旅行記 行きは米国のイラク攻撃開始、帰りはSARSの流行で随分ゆったりとした旅行になった…。まだ、書き終えていない。 3月22日(土) 成田国際空港のターミナルビルは空いていた。13時30分にJALで出発。アムステルダムに17時35分着。入国審査では係員が「こんにちわ」と日本語で挨拶。長い通路を通って乗継ゲートへ、当然時間が余っているため売店でパンを買って食べる。初めてユーロを使い、英語で話す。アムステルダム発19時35分、イベリア航空便でここはスペインの雰囲気、機内食に出た米のバターソティ風は固くて味付けも口に合わず、先が思いやられる。マドリッド22時に着、外にツーリストの案内者が待っていて、他の一組と一緒に車でホテルへ行く。車のなかでの注意、マドリッドは日本人観光客を狙った首絞め強盗がいる。なるべく地下鉄に乗らずに、タクシーを利用すること。ホテルはコンデ・ドゥケ、それほど大きくないが、ツインとしては多少ゆったりとした造り。 3月23日(日) 「From Spain with love “ What a wonder! Zidane!”」 007-441-1040 ホテルのサイバースペースから日本のホームページにアクセスして書こうとしたのだが…。どうもURLをうろ覚えだったらしく不調に終わってしまった。題名と共に若干の英文も用意したが役に立たず、まあ、ここでは日本語で書けるから、感じたことを少しでも伝えられるだろう。 春休み、暇をしている息子とスペインへ行った。息子の最大の眼目はリーガ・エスパニョールの試合観戦。事前の調べでは、夜中にスペインに着いた次の日、レアル・マドリッド対デポルティボ・ラコリューニャの好一番がマドリッドのベルナベゥスタジアムで行われる予定になっている。チケットはどうも5日前から発売で好カードを除いては売り切れにはならない。ちょっと微妙で、到着した次の日の朝、先ずはタクシーでスタジアムへ行った。どうもチケットは売り切れのようで、結局はダフ屋からの入手になった。 夜8時30分の試合は、ほぼ満員に近く、チケットが売り切れているのもやむなしの処。前半は五分五分でデポルティボのペースのように思われたが、終わり近くからレアルのチャンスが少しできはじめ、終了寸前にロナウドがヘッドで落したところをジダンがあわせて先制した。ここでデポルティボは気を落した様子、後半になるとジダンが前線に残りレアルの攻撃の厳しさが増す。10分位でレアルに2点目が入って勝負が決まり、その後はレアルの多彩な攻撃で観客が大いに沸いた。 その2点目がジダンの凄さを示して余りあるプレーのように感じた。ロベカルが左サイドをドリブルで攻め上がりながら、素早いモーションで芝生の先をかすめるような弾丸ライナーのパスをペナルティエリア付近のジダンへ、ピタッと右足でトラップ、瞬間、チョッとした足と体の動きでマーカーを惑わし、右足のアウトサイドで目の前のわずかなスペースを通してディフェスラインの裏へパス。ラウールとロナルドが並んで走り込み、ラウールがストップして自分の前をスルーさせてボールを右へ、ディフェンダーふたりがラウールの動きに釣られたため、ロナルドが全くのフリーで楽々とボールを受け悠々とシュート、GKはなすすべがなかった。 ロベカルのスピード豊かなドリブルも、ラウールやロナルドの動きも素晴らしいプレーだった。しかし、ジダンのプレーはただの好パスとは言えない、表現しがたい素晴らしさを含んでいるように感じた。ピタッとしたトラップ、チョッとした足と体の動き、右足のアウトサイドでのパス。この僅かな時間での、僅かな空間でのプレーの間に、ジダンは目の前と周りの敵ディフェンダーのチャレンジを封じ、足を出させず、金縛りにしたのだ。ジダンは華麗な足技をみせたわけでも、素早い動き出しをみせたわけでもない。敵の心理を的確に読み、間を取るからだの動きと正確なスキルで敵を木偶の坊のように、案山子のように、コーンのように、無と化したのだ。 我々は普段の練習で丹念にスキルを磨いている。しかし、ジダンによって示されたその極限は、敵をいながらにして無と化し、その間を、基本的なスキルを精確に使いこなしてボールを通す姿だ。そこへの道は果てしなく遠いようにもみえる。しかし、ジダンという実在の人物を、物語作者のように追っていく人がその道を開けていくかもしれない。 3月24日(月) 「From Spain with love “トレド、中世の都市”」 007-441-1040
マドリッドから車で約1時間、タホ川に囲まれるように、高い岡の上につくられた町、それがトレドである。スペインの古都として日本の奈良市と姉妹都市の関係にあるとのことだが、自然の要塞という点では マドリッドのはずれにあるアトレティコ・マドリッドのサッカー場の横を通って自動車道路を飛ばす。周りはともかく平原で、必ずしも田畑があるわけではない。道路にそって、たまに工場、倉庫などがあり、また、所々に、団地風のアパート群や、一戸建ての集合住宅地がみえる。聞けば、マドリッド周辺は工業化が進んでおり、マドリッドの人口も増加してその受け皿として郊外に住宅ができている。ツーリストの案内人によれば、ローンで購入する労働者、サラリーマン用である。 拡大EUのおおもとであったEEC6ヶ国は「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」によって工業化を成し遂げた。一方、カトリックのスペインは「中世の秋」を引き継ぎ、西ヨーロッパの後進国になりながらも、伝統的なキリスト教をベースに新たな文化を築いているように思える。それでも、現実の経済発展の流れの中で変貌を続けている現代スペインの姿を、車窓の風景は現しているかのようである。 トレドの旧市街地を一望に見る展望台に立つと、町全体が土色の家並みで、中世そのままの姿に維持されていることが良くわかる。町の美観を損なわないように、新しい建物でも、周囲の環境に調和するよう工夫がなされているとのことである。その落ち着いた雰囲気は、何やら田舎に帰った感覚をもたらしてくれる。おそらく、トレドに魅せられ住みついた16世紀の画家グレコも、その雰囲気にはまったに違いない。 しかし、はまったとはいえ、クレタ島出身で、身分不安定な画家であるという存在は、それなりの緊張感をもたらしたと思われる。サント・トメ教会にある傑作と呼ばれる作品「オルガス伯爵の埋葬」は伝説を主題に、キリスト教世界を描いている。しかし、それでありながら、土地の名士、グレコ自身、グレコの息子も地上の人として登場し、手が込んでいる分、どことなく奇妙な雰囲気を感じさせる。その奇妙さの中に、宗教都市トレドに対するグレコの存在証明が潜んでいるように感じた。 13世紀に着工し、15世紀に完成したスペインのカトリック総本山であるトレド大寺院。その聳え立つ塔!上方の重みを支える建築は当時、相当な困難があったに違いない。聖器室の大天井に描かれたルーカ・ジョルダノによるフレスコ画!この画法も細部にまで工夫をこらした繊細さを持つ、並々ならぬ方法である。 しかし、それらの技術もさることながら、この塔を建て、この画を描いたそのおおもとは、何よりもキリスト教徒としての意志であり、その意志を支える宗教心であり、更にそれを支えるパトロンや民衆である。今、この塔やこの画を見る我々は、当時の状況を詳しく知ることができないが、その意志だけは感じることができるのだ!それがシンボルの威力である。 中央礼拝堂の祭壇の彩色彫刻、グレコの傑作といわれる「聖衣をはぐ人」をはじめ、ゴヤ、ヴァン・ダイク、ルーベンス等の絵画作品、「トランスパレンテ」と呼ぶ大理石のバロック調の彫刻群、宝物室の金銀の財宝、これらはスペインの人々の心にカトリック信仰を永遠のものにするようにとの意志を伝えるかのようである。そして、その意志がスペイン文化の伝統を引き継いでいく礎になっているように思われる。 3月25日(火) 「From Spain with love “サッカーの殿堂、カンプノゥ”」 007-441-1040
朝、マドリッドからバルセロナへ移動した。火曜日の朝9時頃、マドリッドの街中は交通渋滞である。それよりマドリッドに着いて驚いたことは、道路の端、一車線はいたる処駐車場になっていることである。車間もおかずに並んでおり、車を出すのも一苦労であろう。それでも道路に面してアパート風の建物が並んで建っていると、やはり車の数が多く、こんな形も已むを得ないのかもしれない。 3月26日(水) 「From Spain with love “ガウディの世界”」 007-441-1040 3月27日(木) 「From Spain with love “美術館巡り”」 007-441-1040 ミロ・調和した抽象画、ゲルニカの迫力、見学の小学生、館員の対応 3月28日(金) 「From Spain with love “スパニッシュオムレツの味”」 007-441-1040 シーフード、ワイン、パエリヤ、ホテルの朝食 3月29日(土) 「From Spain with love “ガラガラのJAL”」 007-441-1040 イラク戦争の影響、バルセロナでのデモ、SARSの奔り、空港風景 |