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1.要約
多摩市議会が来年度の予算案を修正可決した。
そのステップは以下である。
1.「共産党、ゆいの会、民主TAMAの三会派」で予算組替案を作成。
2.これを提示して予算編制替えを求める動議を提出。
3.議会で可決、市長は予算案を撤回。
4.市長は三会派の予算組替案の一部を取込み、新予算案を提案。
5.「三会派」は新予算案に対して、予算組替案とほぼ同じ修正案を提案。
6.議会で修正案を可決。
組替案の内容は主として福祉予算で見直しの対象となった部分を復活し、建設予算削減と不急と判断した用地買収の取りやめ等である。実質的な組替えと基金からの繰入も減額している。
短時間で議会としてのミッションを基本的に果たしたものであり、今の地方自治体議会としては賞賛に値すると考える。
『…最優先事項を把握している場合、決断には法則がある。もっともやっかいで、もっとも難しく、もっとも面倒な選択肢が正解ということだ。…』という村上龍の言葉を想起させる
(無趣味のすすめ(幻冬社 2009))。
多摩市民のなかには固唾を呑んで結果を待っていた方もおられたであろう。筆者も注目して結果をみていたが、そのホットな感じが消えないうちに何を学びとれるか、考えておこうという気になった。情報は十分ではなく、数値も確かめることができないのであるが、感じていたときに書いておくことも大切である。そこで簡単に3項目について以下に述べる。
なお、本稿は「三会派」所属の議員の方のブログを主として参照して書いたことをお断りしておく。特に遠藤めい子議員と岩永ひさか議員が詳しく書いている。
遠藤めい子議員 http://endo-meiko.seesaa.net/
岩永ひさか議員 http://www.iwanaga-hisaka.net/blog/index.html
また、市長の見解は市HP 市長メッセージ欄
http://www.city.tama.lg.jp/shichoshitsu/106/index.html
2.提案内容
今回の提案は具体的な項目と金額が並べられている。多摩市の予算は最終的に465億円である。組替えられた額は減額も含めて約4億円程度である。額としては1%である。
各論にもっと入っていけば不要、不急のお金はもっとでてくるように思われる。
その作業は膨大になろうが、予算が逼迫するときに、避けてとおることができないのではないか。事業の精査をおこなうためには3月議会の僅かな時間で審議をするだけでなく、予算が精度を上げていくごとにチェックするシステムが必要である。更に事業の評価をどうように実行するのかも課題となる。
また、時間的にも切迫したなかで具体的な修正案を作成する必要があり、よくできたな、という感想をもつ。行政の関連する部門からのヒアリングも含めて協力が必要であり、議会をバックアップする機構もこのような具体的問題のなかで考えるのが適当ではないか。
今後、予算委員会をどのように運営するのか、これも含めて自治体議会改革の良き手本を講じてもらいたいものだ。
3.意思決定
市議会議員が26名、13名で過半数になる。そのなかで、ひとり会派も含めて7会派あるのだから、票読みも簡単ではなく、説得によって変わる要素が大きい。当然、市長からの働きかけもあるだろう。そのなかで三会派12名という微妙な数が政治的な駆け引きを招いたことは事実であろう。
しかし、今回の三会派12名の意思決定は変わることがなかった。原則的な考え方はどのようなものであったのか。それがどのような議論のなかで維持されていったのか。次年度以降のことも考えたのか。判断基準は検証されるべきであろう。
一方、このことについては市長側も同様である。
4.説明責任
提出された予算案を多再度摩市議会が修正可決したことに対し、市はHPの市長メッセージで速報している。
多摩市市長メッセージ欄
平成21年度一般会計予算が修正可決されました(平成21年3月)
http://www.city.tama.lg.jp/shichoshitsu/106/008048.html
『当初お示しした案については、予算特別委員会における「編成替え動議」が可決されたことを重く受け止め、特に低所得の皆さんへの配慮を厚くする内容で再提案しました。しかしながら、3月27日の予算特別委員会、そして30日の議会最終日において、先の動議を提出した3会派から、概ね先の動議の内容のとおりとする修正案が提出され、僅差で可決されました。』
一方、市議会のHPには何もかれていない。議員のHPで論じられているだけである。これは、おかしいではないか!!
議会での予算案修正可決は市にとって最大のニュースである。その当事者が
市民に対して速報という形で報告をしないのは!二元代表制の緊張関係を主張するためには情報開示、説明責任は欠かせない。これを市長だけに任せておくことは極めて片手落ちである。
市議会での議決事件を議会が何も書かないことは依然として議員あって議会なしを象徴するものであろう。
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