戦艦大和とタイタニック号

 ここでは2隻の船に注目してみたいと思います。旧日本海軍超弩級戦艦「大和」と英国ホワイトスターライン社の豪華客船「タイタニック号」です。共に悲劇の艦船として有名ですが、当時共に世界一を目指した二つの船には何か不思議な共通点があるように思えて取り上げてみることにしました。
 大和は1937年11月4日海軍呉工廠で建造が始まりました。当時条約によって戦艦保有数が制限され数で上回る米英が大艦巨砲主義で来るなら、日本は超大艦巨砲主義で行くという信念のもと、敵戦艦3〜4隻に匹敵する性能の戦艦を目指しました。日本の造船技術の結晶となる大和はそれまで最大であった戦艦長門の41cm砲を越える世界最大の46cm砲を搭載しその強力な防御力とあいまって世界最大&最強の戦艦となりました。そして大和には当時考えられる最高の防御が施され「不沈戦艦」と言われるようになったのです。大和の姉妹艦には武蔵、信濃がありました。
 タイタニック号は、1909年3月31日から建造が始まりました。当時ライバルのキューナード社に対抗してホワイトスターライン社が世界最高&最大の豪華客船を目指したものです。1912年4月1日タイタニック号は試験航海に出ます。当時としては珍しい2重船底やブリッジから電動スイッチ一つで閉めることができる自動防水ドア付の15の隔壁を持つ船は、1911年夏発行の「シップビルダー」誌に、”殆ど沈まない船” とまで言わしめました。この言葉を受けた新聞各紙がセンセーショナルに取り扱いだし、タイタニック号の不沈伝説が出来上がっていったのです。姉妹船にオリンピック号、ブリタニック号がありました。

昭和16年10月30日、公試運転中の「大和」
戦艦大和の主要目(武装・菊水作戦時)
起工1937年11月4日
竣工1941年12月16日
沈没1945年4月7日午後2時23分
公試排水トン6万9594トン
全長263.2メートル
最大幅 38.9メートル
最大速力27.46ノット(時速50.9km)
主砲46センチ3連装砲塔3基(9門)
副砲15.5センチ3連装砲塔2基(6門)
高角砲12.7センチ2連装12基(24門)
機銃25ミリ3連装50基(150門)、25ミリ単装6基(6門)13ミリ連装2基(4門)
馬力153553馬力
機関艦政本部式蒸気タービン4基4軸
乗組員3332名
生存者数276名(生存率8.3%)

1912年4月2日 試験運転中のタイタニック号
タイタニック号の主要目
起工1909年3月31日
竣工1912年4月1日
沈没1912年4月15日午前2時20分
総トン4万6328トン
全長268.8メートル
最大幅 28.2メートル
最大速力23ノット(時速42.6km)
馬力56000馬力
機関レシプロ・タービン混成3軸
乗員・乗客総数2223人
生存者数706人(生存率31.8%)
※総トン(客船など)とは船体の容積を表すもので船の重さではありません。
排水トン(軍艦など)とは船の喫水線から下の容積で、船の重さに等しくなります。


大和に搭載されていた零式水上観測機11型と零式水上偵察機11型です。大和には合わせて6機が搭載されていました。
零式水上観測機11型
零式水上観測機11型(通称、零観。2人乗り)。砲戦時の弾着観測機として開発された機体だが運動性が良く、爆撃・対潜哨戒・空中戦もこなした優秀機。
零式水上偵察機11型
零式水上偵察機11型。3人乗りのため通称、零三座水偵と呼ばれる。大航続力を備え索敵・哨戒を主任務とするが攻撃、輸送、救難等にも多様された傑作機。
竣工時の「大和」

ZEKE653製作 1/700 男たちの大和